第32話 第二回信長ちゃんねる生配信 その2


「儂や猿が本物かどうか……か」


「なんたる無礼な者。こんな者の質問に答える必要はありませぬぞ殿」


「たわけ。うぬが選んだのであろう」


「やややっ!!それがし一本取られました」


「ふむ……やはりこの世の者たちは面白いことを申す」


 面白い?信長、急に何を言い出すんだ。


「お主らは、本物と偽物をどうやって区別しておる?それを先に教えよ。試すか。では次郎」


 え、俺?


「お主は本物の次郎か?」


「なんですか急に?」


「たわけ。いいから答えよ」


「あ、すみません。えーっと、はい。もちろん本物ですよ」


 カメラを回している俺と話すのはいいのか?生配信中だぞ。


「ほう、お主は本物の次郎なんじゃな。では、もし目の前にお主とまるで瓜二つの者が現れたとしよう。そやつは名を次郎と申し、友人や親まで全てが同じ。声まで同じときた。つまり今のお主と何もかもが同じじゃ。さて、ではそやつは本物か?それとも偽物か?」


「そんなの、急に現れたそいつが偽物に決まってるじゃないですか」


「どうそれを証明する?」


「証明?だって、俺はここにいるし…その。俺という自覚があるというか」


「ほう、自覚か」


「っていうかそんなことはそもそもありえませんよ。この世には全く同じ人なんて存在しません!」


「なぜあり得ぬと言い切れるのじゃ?」


「だって、普通にありえないじゃないですか」


「なんじゃその道理は。まあよい。ではさらに聞こう。お主、さきほど自覚があると言ったな?では次郎、お主がもし猿と入れ替わってしまったらどうする?」


「え、猿ってつまりヒデと入れ替わるってことですか?」


「いや、じゃ。そこらへんの森におる猿どもの内の一匹と入れ替わった場合、本物のお主はどこにおる?」


「そんなの……入れ替わってしまったんなら猿が本物の俺なんじゃないですか?」


「ほう、じゃがその猿は人の言葉を話すこともできん。さて、その猿になったお前はどうやって本物の次郎であると証明できる?」


「どうやってって言われても……」


「不可能じゃ。そもそも、本物と偽物という言葉自体まがい物である。この世の誰もが本物とはなにか、説明できぬ」


「そんなことないですよ。だって本物っていうのは……そう、偽物ではないということです!……あれ」


 待てよ。本物って何だ?


「くっくっく。なんじゃそれは。次郎よ、なんの言葉遊びをしておる?じゃあ偽物とは何かと聞けば、本物でないものが偽物だとでも申したいのか?」


「……うーん」


「この問を出した者、そしてこれを観ておる全ての者よ。お主らも考えよ。そしてお主らなりの答えを書いてみよ」


 こんなこと考えたこともなかった。そもそも本物っていう言葉はいつの間にか使っていたけど、言葉の意味をここまで深く考えたことはない。


「儂は、神や仏など全てはまがいものであると思うておる。坊主の説法など聞く想像をするだけで虫酸が走るわ」


「神や仏?どうしたんですか急に?」


「じゃが……仏の教えの中にこの答えがあると聞く」


「え!この答えっていうのはつまり、本物とはなにかっていうその答えですか?なんだ、答えあるなら最初から教えて下さいよ」


「答えはこうじゃ。そんなものはない」


「はぁ?え、どういうことですか?今答えあるって信長様が言ったじゃないですか」


「たわけ。だから答えたであろう。本物か偽物か。そもそもそんなものこの世に存在せぬ。ないのじゃ」


「え、ない!?そんなこと……」


「そうじゃ。そんなものはない。本物などないし偽物もない。何がまことで何が偽りであるか、そんなものは測れない。神仏にも無理であろう。神仏にできぬことが人にできるはずもない。本物と偽物。所詮はよ」


「すみません、えーっと……混乱してます。つまりどういうことですか?」


「言ったままよ。本物か偽物か。それは他者によって勝手に判断され、それぞれ一人ひとり違う尺度や価値観で区別される。さきほどの例もそう。いくら猿になったお主が本物の次郎であると思ったところで、周りからすればただの猿。逆に、見た目が次郎である猿が猿みたいな動作や仕草をしたところで、それも周りから見ればただ頭がおかしくなった次郎。捉える者によって本物か偽物かが変わる。お主と全く同じ見た目と記憶の持ち主が現れた場合でもそう。共に自分が本物であり、相手が偽物であると思うであろうな」


 本物と偽物なんか存在……しない?嘘だ。そんなこと。


「ところで次郎よ。お主は儂が本物だと思うておるか?」


「え?」


 心臓の鼓動が早くなる。


「多田野信長が自分を織田信長だと思い込んでいるだけ。そう思っているのではないか?」


「……え」


 嘘だろ……。俺がそう思っていたことを信長は気づいていたのか。


「次郎よ。儂は織田上総介信長じゃ。どう信じる?儂は本物か?それとも偽物か?」


「急にそんなこと言われても……」


「くっくっく。うつけめ。何度も言わせるな。。ないのじゃ。儂は儂。それ以上でも以下でもない。人によって何をもって本物とするか、偽物とするかはそれぞれ測る物差しが違う。お主らが思う本物とはまことの事なのであろう?真というものは人の価値観や尺度によって変わるものなのか?そんなのは真理でない。ゆえに、本物など存在せぬし、偽物も存在せぬ」


 ……なるほど。わかったようなわからないような。でも、実際この信長の見解に対し、コメント欄もざわついてはいるがこれといった説得力のある別の答えは見つからない。


「もうよいか?儂や猿が本物かどうか。そんなもの、お主らの勝手な価値観で好きに判断するがよい。儂は戦国の世から魂だけこの世に来た者かもしれぬし、多田野信長の思い込みなだけかもしれぬ。が、それが本物であろうがなかろうが儂は儂。儂は織田上総介信長である。猿よ、次にゆけ」


「ははっ!では…そ、それがし。次に…ひっく…参りたいと……ひっく、思いまするぅぅぅぅぅ」


 ヒデ、なんでお前はまた泣いてるんだよ。



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