第28話 静かな夜 その2

 この沈黙は気まずい。どうしよう。でも信長さんは特に機嫌が悪そうには見えない。よし。


「あの配信、結構反響があったんじゃないですか?」


「さあのう、儂は知らぬ。次郎がそのあたりは把握しておる」


「面白かったですよ」


「そうか」


 ……んー。だめだ。全然会話が続かない。


「して、雪女よ」


「は、はい」


「儂を許してくれるか?」


「え?」


「配信を観たのであれば儂がお主に対し詫びたというのは伝わったのであろう?」


「ま、まあ。はい」


「で、どうなんじゃ?」


「許すも何も、その……さっきも言いましたけど謝るべきは私の方で…。だから私は信長さんに怒っていません」


「で、あるか。それはよかった」


 よかった……か。さっきと比べるとホッとしたような顔つきになっている。


「では抱くぞ。よいな?」


「は?え、えーっと。なんでそうなるんですか?」


「なぜ…とな。今儂はそなたから許しを受けた。だから抱くぞ…と。それの何がおかしい?」


「おかしすぎます。それとこれとは全然違います。結局信長さんは私を性的な対象でしか見てないってことですか?もしそうならそれは傷つきます」


「そなたとの子を作りたい。それだけじゃ。これがお主の言う性的な対象として見ているということになるのか?この世はなんとも窮屈な場所よのう」


「子を作りたい!?いきなり何を言ってるんですか!まだ私達付き合ってすらもいないのに順序が無茶苦茶です!それに、その発言こそセクハラですよ!」


「ふむ、では付き合えばよいのか?」


「え?な…何を言ってるんですか急に!」


「急に?お主から申したではないか。この世では順序が大事なのであろう?じゃから儂はお主の道理に従うと言っているまでよ」


「な…な…なにを言って」


「はぁー雪女よ。もう顔が赤くなっておるではないか。だから酒は程々にと言ったであろう」


「違います!これはお酒のせいで赤くなってるんじゃありません!」


 本当にこの人は何を言ってるの。美しいとか抱くぞとか子を産みたいとか。やばい、心臓がドキドキしてる。お酒のせい?それとも私……いやいや違う。ありえない。この織田信長っぽい口調と勢いに飲まれそうになってるだけ。うん、大丈夫。落ち着け私。


「私はまだあなたのことをほとんど知りません。まだ名前しか。それに、織田信長って言ってますけど本当の名字はなんですか?もしかして…名前も偽名ですか?」


「……」


「え、どうしたんですか急に黙っちゃって」


「儂はこの世の者ではない。気づいたときにはこの身体であった。こやつの身体に転生した…とでも言えば伝わるのかのう。この者の名前は多田野信長。見た目は多田野でこやつの記憶も少し混じってはおるが、儂は多田野ではない」


「あの……すみません。私…まだ話に全然ついていけてないです」


「よい。そのまま聞け。ある朝目が覚めた時、そこは異なる世であった。儂が知っておる世ではない。が、次郎はわかる。賢き本の使い方も聞かずともわかる。なぜなのかはわからぬ。儂は、元の世に戻るためのすべを探しておったが、次郎の勧めでまずはこの世にとどまりこの世に生きる民の道標になることにした」


「……道標?」


「うむ。この今の世は儂がおった世とは違い、戦がないと聞いた。じゃが混沌としておる。何を目的に生きていけばよいか、どこに向かって進むべきなのか。皆、道に迷うておるとな」


「はあ」


「儂は嘘をついておらぬ。が、信じろというのも無理があるであろう」


「信じるも何も……」


「儂がそなたに興味があるというのも本当じゃ。この気持ちは多田野の気持ちではない。元の世には帰蝶という正室が儂を待っておる。あの女もいい女じゃ。そなたからはあやつと似た何かを感じる」


「それって……浮気ですか?」


「ふん、なぜそうなる。まあそなたにはわからぬ」


「ちょっと待ってくださいね。ふぅー」


 深呼吸、深呼吸。落ち着け私。この人何か変な薬をやっているとかではないよね。転生?織田信長?こんなのいきなり言われて信じる事なんてできる?そういえば、次郎さんも信長様って呼んでいた……同級生なのに。同級生が演技でそんな事する?

わからない。でも次郎さんも冗談で演技をしている可能性も…


「……あの。やっぱり急にそんなこと言われても…その。信じるとかは難しいです」


「で、あるか」


「でも……。私も今は少しだけ信長さんのことを知りたいなとは思います」


「ほう」


「だから……その。いきなり付き合うとかはできませんけど、またこうやって食事をしたりできればなって」


「それが付き合うということではないのか?」


「え?違いますよ。だって今はただ食事をしているだけですし…しかもこれが初めての二人での食事ですよ?」


「では何度目からお主の言う付き合う状態になるのじゃ?」


「え…いやだから回数とかは関係ありません。付き合うっていうのは彼氏と彼女になるお約束?をするという状態であって…」


「ならばそれでよい。儂が彼氏という者になってやるからそなたも彼女になれ」


「な、なんでそんな簡単に告白とかしちゃうんですか!こんなのおかしいです。私もまだ何も心の準備とか、その……。信長さんのことも全然知らないですし」


「はぁー雪女よ。なかなか面倒よのう。儂のことは話したではないか。で、儂はそなたとの子を作りたいと。じゃがお主は順序が大事だと申した。だから儂は付き合うという状態になってやると言っておる。これ以上何をすればよい?」


 え、だんだんわけわからなくなってきた。私が間違ってるの?っていうかなんでこんなに偉そうなの?彼氏になってやる……こんな告白ってある?絶対こんなのっておかしい。でもなんで私、信長さんのペースに飲まれそうになっているの。


「えーっとですね…。あ、そうだ。付き合うというのはお互いが好きになって初めて成立するものじゃないですか?お互いまだ知り合ったばかりだし、信長さんも私のことを興味があるとは言ってはくれてますけど、それは好きとかそういう気持ちではないですよね?」


「いや、好きじゃ」


「………え?」


 やばいやばいやばい。胸が苦しくなってきた。こんな直球はいきなり取れっこないよ。深呼吸、深呼吸よ斎藤雪。落ち着いて。


「あのですね、そ、そんなはずないじゃないですか。信長さんの好きはきっと違う気持ちだと思います。だってまだ私のこと全然わかってないと思いますし」


「うつけめ。わからないからこそもっと知りたいのじゃ。なぜ好きになるために全てを知る必要がある?全てを測れてしまう程の浅い女になぜ興味が湧く?儂はお主と会うてから毎日お主のことばかり思うておった。なぜ怒っていたのか。どうしたら許してもらえるのか。知りたいと思う気持ち、そなたへの乾くことなき興味。何度でも鮮明に思い出せるその美しい肌の色。この世ではそれを好きというのではないのか?」


「……でも」


「儂は目が覚めても、ふとした時も。そなたが頭に浮かんでくる。お主はどうじゃ?」


「私は……」


 ……。


 確かに、この人のことは頭に浮かんでくる。起きたときもふとしたときも。この人の過激な発言や態度。そして、配信を観ているかどうかわからない私に対して、とても美しかったあの謝罪。好きって……なんなんだろう。


 ふふ。なんか……考えるのがバカバカしくなっちゃった。


 あーあ。今日課長にあんだけ堂々とネカフェに行きますって言った私は何処に行ったのやら。結局私って……押しに弱い。


「じゃあ……ひとつだけ。一つだけお願いがあります」


「なんじゃ?」


「雪女と呼ぶのは今日からやめてください」


「……相わかった」


 こうして、まさかまだ会って二回目の織田なのか多田野なのかよくわからない信長さんと、今日からお付き合いをさせていただくことになりました。(でもまだ私は好きって気持ちではないし。その……うん、まずはお友達からってことでいいよね)












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