第6話 不条理

 まずい状況になった。店内で揉めるわけにはいかないのでひとまず外の駐車場に出てきた。さっきまでいたギャラリー達は一人もいない。二人の間に入って仲裁しようとしたものの


「次郎よ。この者は儂に用件がある。お主の出る幕ではないわっ!」


 と、すごい剣幕で怒鳴りつけられたのでとてもじゃないが俺には止められない。結局少し離れたところで二人を見守るしかなかった。流石に暴力沙汰にはならないとは思うが。何かあったらすぐに店員さんに止めに入ってもらおう。


「さて、ではうぬの用件を聞こう」


「何様だお前?その気色悪い喋り方、まずはやめろコラ」


「今日の儂は機嫌がいい。うぬの失礼極まりない態度、水に流そう。して、用件は何じゃ。はよう申せ」


「お前、マジで俺のこと舐めてるだろ?お前が騒がしくしてたせいで全く集中できなかったんだよ。なあ、どうしてくれるんだ、おい。」


「うむ。なるほどのう、儂がやかましかった…とな。お主の言うとおりじゃ。これについては詫びよう。すまなかった」


 えっ!?……意外だ。信長が普通に謝った。あの信長が……


「儂がやかましくしたこと、さぞ不快に思わせたのだろう」


「なんだお前?まるで反省してないな。俺があの台にいくら突っ込んだと思ってんだ?俺の負けた分どうしてくれるんだコラ」


 このおじさん。たちが悪い。信長が非を認めたことで弱みに付け込もうとしてるただの輩だ。


「座ってすぐに当たるだけならまだしも、あんだけ連チャンさせやがって。ふざけるなよ」


 おじさんがイライラしていたのはわかる。信長がうるさかったことでイライラが爆発したのもわかる。でも、これだとただ自分が当たりを引けなかったから勝った信長に八つ当たりしているだけに過ぎない。もういいよ信長、謝ったんだから帰ろう。そう言いかけたとき信長の信じられない発言に俺は耳を疑った。


「相わかった。では儂が天下統一で得たこの金。お主にすべてくれてやろう」


「な、なんだと?」


「おいおいちょっ、信長様!それはあんまりですよ。なんでお前がそのお金を渡す必要があるんだよ!?」


 流石に俺も口を出した。やばい、興奮して「お前」って言ってしまった。でも…おかしいだろこんなの。


「黙れ次郎。お主が出る幕ではないと言ったはずじゃ。さて、名も知らぬ大男よ。どうする?」


「どうする…だと?なんでお前がその金を俺にくれるんだよ。意味不明だわ」


「意味不明…か。ほう、面白いことを言う。うぬの用件はこうじゃ。儂がやかましかった。そのせいで集中できなかった。多くの金をあの台に貢いだ。とな。一つ聞くが…儂がやかましかったこととお主が金をあの台に貢いだこと。何の因果関係がある?意味不明じゃ。そんな意味不明な事を申しておるお主に、儂はただ金をくれてやると言っているだけのこと」


「い…いやだから、なんでお前が俺に金をくれるって言い出すんだよ。それが意味わかんねーって言ってんだよ!一体何のメリットがあるんだよ」


「お主の道理に儂は付き合っているだけであろう。一種の余興じゃ。そもそも、わけのわからぬ道理を押し付けてきたのはお前じゃ。その道理に対して、儂もお主では理解できない道理で返したまでのこと。儂はこんな端金はしたかねよりも、道理から外れておるそのお主の思考に興味がある」


「だ、だから…意味わかんね−って言ってるだろ!じゃ、じゃあ、これはお前が俺に迷惑をかけたって事に対する、そ、その……慰謝料ってことだな!?」


「好きに解釈せい」


「なっ………。」


 おじさんは考えた挙げ句いかにも何か疑うように、いや、後ろめたそうに信長からお金を受け取った。こんなの、絶対おかしいよ。傍から見ればただ恐喝されてお金を奪われたようにしか見えない。


「…なんか、悪かったな」


「ほう。面白い」


「…は?」


「なぜ謝る?何か悪いことでもしたのか?その金はお主の意味不明な道理を儂に押し付けたことで得た対価であろう。いや、儂がうぬに迷惑をかけたことに対する慰謝料…じゃったか?」


「いや……」


「なぜ黙る?答えよ。たった今お主が得た金はあの台に貢いだ額以上なのではないか?よかったではないか。その金はお主の力で、お主の実力で得た金じゃ」


 信長は何か駆け引きをしているのだろうか。いや、多分違う。この男、本当にこの金を端金だと思っているようだ。このおじさんの反応、行動、言動すべてをただの一興として楽しんでいるように見える


「お前、俺のこと……見下してんだろ?」


「仮にそうだとしたら。うぬはどうするつもりじゃ?」


「俺は…同情されたり見下されるのが大っきらいなんだよ」


「で、あるか。で、どうする?」


「この金はありがたく慰謝料としてもらうがな。後悔すんなよ?」


「後悔?………こうかい……くっくっ」


 急に信長は腹を抱えて大笑いし始めた。え、そんなに面白いこと言ったか?

しばらく笑い続けていたので落ち着くまで俺もおじさんも無言で待った


「ふぅー。笑わせるな大男よ。儂は充分楽しませてもらった。この金を渡したところで御釣りが来るぐらいじゃ。それより、後悔する可能性があるのはむしろお主のほうぞ」


「なんだと?」


「あぁ今のは忘れよ。大男よ、最後に一つだけよいか?」


「な…なんだよ」


「うぬの不条理な話、怒り。織田上総介信長、しかと受け止めた。儂が必ずこの世に生きるすべての民衆の道標となるゆえ、それまで待っておれ」


「何言ってんだ…こいつ。気持ち悪い」


 こうして、暴力沙汰にはならずに済んだが、信長は本当に今日勝った金を全て渡してしまいそのままおじさんは去っていった。


 なんで、なんでだよ信長。こんなの全然納得できない





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