第7話 うしうし

「さて、次郎。儂は腹が減ったわ。天下統一を果たした記念に焼肉にでも行こうかのう」


「……いや。たった今知らないおじさんにお金を取られたばかりなのに。よくもそんな呑気なこと言えますね。正直、信長様があんな奴に屈して金を渡すなんて思ってもみませんでしたよ」


「その件はもうよかろうて。儂の金じゃ。好きに使って何が悪い?」


「もういいですよ。で、焼肉でいいんですか?この近くだとUshi-Ushiウシウシが開いてますね」


「うむ、お主に任せる」


「はぁー」


 やっぱりなんか納得がいかない。まさか信長、ただビビっただけなのか?でもそんな感じには見えなかった。むしろ何かに怯えていたのはおじさんの方だった。今思い出しても不思議な光景だった。最初はおじさんのほうが勢いがあったのに信長がお金を渡すと言い出した途端、形勢は逆転したかのようにおじさんの勢いが弱まっていった。当の信長は終始楽しんでいた。にもかかわらず結果として信長は大金を失う形となってしまったのだが。


 _______________



「いらっしゃいませ〜何名様ですか?」


「2名です」


「テーブル席にご案内します」


 俺達はパチンコ屋から徒歩5分圏内のUshi-Ushiという焼肉店に到着し、奥のテーブル席へと案内された。食べ放題がメインのチェーン店ではあるが、食べ放題の肉にしては質がよく値段もお手頃だ。俺と信長はパチンコで勝つと必ずと言っていいほどUshi-Ushiにはお世話になっている。


「とりあえず俺は生で。信長様もビールでいいですか?」


「たわけ。かるあみるくじゃ」


「……わかりました。カルアミルクも一つください」


 多田野信長の織田信長像は一体どうなっていやがる。俺は適当に肉と野菜を注文し、飲み物が来たので乾杯の合図とともに、どうしても解決しておきたい問題を信長に問いただすことにした。


「信長様。一つよろしいでしょうか。さっきの件です」


「次郎…お主もしつこいのう。なんじゃ?」


「やっぱり俺は納得できません。どうして信長様があの男にお金を払う必要があったんですか?」


「必要?そんなものはない。あれは儂の意思で払ったまでのこと。それ以上でも以下でもないわい」


「だったらなおさらわかりません。ってことは信長様の意思で払いたいから払った?ですよ」


「まあ。お主やあの大男にはわかるまい。次郎よ、では聞こう。お主にとってかねとは何じゃ」


「え?急にそんな事言われても…。お金、お金。んー、価値?信用?みんなが欲しい物?って。なんですかこれ?俺が聞きたいのはこんな哲学的なことじゃなくて…」


「水じゃ」


「え、水?」


「うむ。水と変わらん」


「いや。すみません、全然意味がわかりません」


「大うつけが。なにがわからんのじゃ……まあよい。よいか、水は何にでも変化する。喉の乾きを潤すため。身体を冷やすため。衣類を洗うため。用途は様々じゃ。じゃが、水とは何かと聞かれるとお主はなんと答える?」


「え、急にそんな事言われても」


「水は時に恵みを、時に害を。善にもなり悪にもなる。水とは何かと聞かれると人によって捉え方、答えは様々じゃ」


「まあ、たしかに。でも…なんでお金は水と同じなんです?」


「金は時に幸を、時に不幸を。金を稼ぐことを善と思う者もおればその行為を悪だと思うものもおる。金のために奪い、騙し、人を殺めるものさえおる。が、金とは何かと聞いても人によって捉え方、答えは様々じゃ」


「…確かに。水とお金はそういう意味では似てますね。でもそれと今回のお金を渡したのと何が関係が?」


「あの男は乾いておった」


「え?」


「何かに乾いておった。その乾きは金がないことによる乾きなのか。自分でもわかっておらなんだ。乾いておるから余裕がない。余裕がないから怒り、威圧し、物や人に当たる」


 信長がカルアミルクを啜る


「だからくれてやったまでよ。儂は乾いておらん。あやつは乾いておった。ただそれだけじゃ」


「ただそれだけって。いやいや、それでもお金を渡すってやっぱり変ですよ」


「次郎よ。お主はのどが渇いておる童が目の前におったら水を分けてやらんのか?」


「いや、それは分けてあげますよ多分。でも。それとこれとは話が」


「一緒じゃ。人によって金や水の本質の捉え方が違うとお主も認めたではないか。儂にとっての金は水と大差ない」


 多田野信長の発言とは思えない。毎日のようにお金を欲しがってたのに


「じゃあよ。って意味はどういう意味だったのか教えてくれよ信長様よ」


 隣りの方から図太い声でこちらに話しかけてくるこの男。え……なんで。なんでおじさんがこんなところにいるんだよ






















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