孤高の発明家

博士は、山の中の小さな研究所で暮らしていた。

 というのも、その博士は物心が着いた頃に見たSF映画に魅入られ、それからとある発明品を作るという夢にその人生を捧げてきたのだ。

 学生の頃から友人関係や恋愛、部活動など一切の娯楽を断ち、ただひたすらに勉学と研究に向き合い続けてきた。


 その生活は、博士が腰を伸ばして歩けない歳になってからも続いた。起きては研究をし、気付けば日が暮れ、食事を取って寝る。生活費がなくなると、適当な発明品を作って売り、当面の生活費を稼ぐ日々。

 孤独に気が狂いかけたことも、自らの人生の意味を考えて眠れない日もあった。


 そして、山に住む動物も随分少なくなってきた頃。


「遂に、できたぞ……」


 博士は小さな研究室で天を仰いだ。


「やっとだ、やっとこの研究が光を浴びる時が来たんだ。なんとか私が死ぬまでに間に合った」


 感動して涙を流す、それは彼の人生で初めての経験だった。


「あなた、遂にできたのね」


 研究を支えてきた妻が、博士の背中を優しく撫でる。


「ああ、後は明日にでも学会に発表するだけだ」


 その夜は、長く深い眠りについた。



 そして翌朝、


「おはよう」


「あなた、おはよう」


 長年の研究生活のせいで、ほとんどリビングとは呼べなくなっていたその部屋に入ると、妻がトーストとコーヒーを用意していた。


「朝食を食べるのも、いつ以来だろうか」


 トーストを齧り、数年ぶりにテレビを付ける。

 朝というものが、これほどに落ち着いていて優雅なのだと、初めて知った。


 時刻は六時半。テレビには朝のニュースが流れている。


 そこで、博士は言葉を失った。


 たった昨日、自分が完成させた発明品とほとんど同じものが、画面に映っていたのだ。


 先週にようやく論文が認められ、特許も取得することができたのだと、開発者の男は話していた。


「これまでの、私の人生はなんだったんだ。楽しそうに遊ぶクラスメイトを尻目に、ずっとずっと勉強をして良い大学に入り、そこでもただひたすらに勉強だけをして、卒業してからはずっとこの研究に取り組んできた。それが、こんな形で終わるのか」


 男は、研究資料が散らばる床に倒れ込んだ。

 老いて衰弱した体を再び起こす信念は、もう男には残っていなかった。


「あなた、元気だして」


 駆け寄る妻の脚部から、ネジが一本落ちた。

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