私が断罪王妃になった理由～自称聖女サマに幼なじみ勇者を寝取られ仲間に裏切られたので離脱した結果「魔王」に見初められました～

第20話 愛故に前を見る～花嫁衣装は誰がために～

「……私に、私が愛している御方を殴れと？」

　ストレリチアの言葉に、アザレアは驚いて顔を上げた。

　少しだけ頬が赤い。

　顔は少し反らしている。

　時折ちらっとこちらに視線を向けるがすぐさままた反らしてしまう。

　雰囲気的に勇気を出して言ってみたものの、多分気恥ずかしいのだ。

　けれども、何処か怯えているようにも見える。

　何故そこまで気恥ずかしいのか、そして怯えているのかアザレアは疑問に思った。

　アザレアはまず何故恥ずかしがるのか問う事にした。

「リチア、何故そのように恥ずかしがるのだ？」

「……その……あまり、こういうのは言い慣れていないのです……申し訳ございません」

　ストレリチアの言葉に、アザレアは内心驚いた。

　恋人がいたのに、慣れていない、あまりそういうのを元から言うのが上手くできぬ女性なのかとアザレアは思った。

――まさか――

「リチア、もしや――」

「……ええ、あの男にもあまりそういう言葉を言うことが得意ではありませんでした……何故だろうとずっと気になってましたが……なんてことはない、実母が父を裏切り、私達を捨てたあの時から『愛』という言葉を口にするのが、怖かったんです……自分の愛が、捨てられるのが怖くて……」

　アザレアが最後まで言う前に、ストレリチアが「怯えている」理由を口に出した。

――ああ、なんてことだ――

――リチアは、ずっと裏切られた事だけでなく、捨てられた傷もあって、愛する事が怖かったのだ――

――口にして壊れるのを、裏切られるのに無意識に怯えていたのだ――

――それができないからこそ、その分、必死にあの男に尽くしていたのか――

――上手く口にできなくても愛を返した男の愛に応えようとして――

――裏切られた――

　先ほどの言葉はストレリチアにとって、どれほど勇気のいる言葉だっただろうかと、アザレアは思った。

　愛されたい

　愛したい

　愛を捨てられる事が怖い

　愛を裏切られるのが怖い

　そう言った感情を抱えながらも、彼女なりにあがき、そして言葉にしたのだ。

『貴方を愛している』

　そういう意味合いの言葉を。

　ストレリチアの赤かった顔は少しずつ青くなっている。

　おそらく、口にしたことで拒否される恐怖を感じてしまったのだろう。

　ストレリチアは再び拒否される事に「裏切られる」事に怯えている。

　アザレアは立ち上がり、ストレリチアの傍に向かう。

「……アザレア、さま？」

　不安げな彼女を抱きしめる。

「あ、アザレア様?!」

「本当に、其方は……どうしてそう我慢ばかりする、無理するのだ」

「わ、私は無理も我慢もしては……」

「……何処が我慢をしてないと、無理をしてないというのだ」

――無理をさせた私が言える言葉ではないが、この際無視だ――

　アザレアはストレリチアを抱きしめた。

　その体は酷く華奢に感じられ、そしてわずかに震えていた。

「リチア……愛している、私は其方を何よりも愛している。其方が私の顔色を気にし、怯え、我慢しなくても良くなるよう、何度でも伝えよう。いや、何度でも伝えよう、愛している、リチア。私の最愛の妻よ――」

　アザレアはストレリチアの唇にそっと唇を重ねた。

　その言葉を境に、ストレリチアは少しずつ、アザレアの顔色を伺うような行動や、自分を抑圧する仕草を少しずつ改善していった。

　どこかぎこちなく微笑んでいるのが、少しずつ自然に笑うようになっていった。

　野に咲く愛らしく可憐な花のような笑顔を、浮かべる様になっていった。

「御后様、こちらのドレスはいかがですか？」

「私は御后様にはこちらのドレスの方がお似合いだと思うわ」

「私はこちらのドレスの方がお似合いだと思いますわ」

「え、えっと……」

「「……」」

　式の為のドレスをメイドや王宮専属の職人達などにあれやこれや見せられ、言われて困り果てているストレリチアを、アザレアとアカシアは少し離れて見つめていた。

「……モルガナイト陛下。こういう時、夫としてというか王として意見を言うのがいいと思うのですが」

「うむ、それも一理あるのだが……まぁ、それはストレリチアが言ったらにしよう。と言うより、今あの輪に入ったら面倒な事になるだろうしな」

「そういうものなのですか??」

「そういうものだ。所で――」

　アザレアはちらりとアカシアの鞄を見た。

　普段持ってきている鞄よりは大きい鞄、だが武器は入っていない。

　入っているのは――

「アカシアよ。其方、何を持ってきた？」

「……花嫁衣装です。もし、あの男と妹が結婚するならと……あの男の母親が見せてくれた衣装です……妹が持ってきて欲しいと、どうしてか私には分かりません」

「ふむ……」

　アザレアも気になった。

　刑の内容を決めた時、話したいから時間が欲しいと言われたことをアザレアは思い返す。

　ためらっているのではない、何かを待っているような雰囲気だったのが気になった。

「その衣装、余に見せてくれぬか？」

「え？　は、はい……」

　アカシアは鞄の中から、取り出したそれは真っ白な、綺麗な刺繍が入った露出のないドレスだった。

　保管状態や元の質も良かったのだろう。

　綺麗な白いドレス、そして花の刺繍の入ったヴェールもあった。

「……余に少し預けてみてはくれぬか？」

「え？　畏まりました」

　アカシアは困惑しつつも、アザレアに花嫁衣裳の一式を渡した。

　アザレアはそれを手に持ち、ストレリチアの所へと向かった。

「陛下、どうなさいました？」

「余は妻と少し話がしたい。お前達、少々客人と共に部屋を出てはくれないか？」

「――畏まりました」

　メイド達はアカシアに声をかけて、部屋を出て行った。

　部屋はアザレアとストレリチアだけになる。

「リチア、其方この衣装を何に使うつもりだ？」

「ああ……」

　アザレアはストレリチアに白い花嫁衣装を見せると、彼女は先ほどのような困りつつも嬉しそうな笑みではなく、仄暗い微笑みを浮かべた。

「……おば様にはきっと軽蔑されてしまうかもしれないけど、私はどうしても必要だったのです」

「どういう意味だ？」

「アザレア様、私の衣装を一瞬で着替えさせる事等はできますか？」

「できるが、それがどうした？」

「――あの男がこれを見て何というか反応を見たいのです、絶望するのかそれとも罵るのか――どちらでもいいんです、その上であの男があの女の虜になったように、私の心が陛下の傍にあると、見せたいのです」

　ストレリチアの仄暗い、憎悪の炎を目に宿した微笑み。

「……こんな私を軽蔑いたしますか？」

　彼女はふと気づいたように少しばかり不安げな顔を見せた。

「――否、どこに軽蔑する要素がある？」

　アザレアは笑みを浮かべてストレリチアの頬を撫でた。

「リチア、其方には復讐する権利があると私は言ったではないか」

　アザレアはストレリチアの手を取り、手の甲に口づけをする。

「其方の思うように復讐せよ、其方の献身を、愛情を、信頼を裏切った罰を与える権利が其方にはあるのだからな」

「有難うございます、アザレア様。それならば、お願いがございます」

「よい、申せ」

「貴方様の望むドレスを、ヴェールを、飾りを、私に選んでいただきたいのです」

「――ああ、成程」

　アザレアはストレリチアの言葉の意味を理解して笑った。

「よかろう、では私が其方の衣装を、飾りを全て選ぼう。私の『色』で其方を染めよう」

「有難うございます、アザレア様」

　ストレリチアは安心した様に笑った。

　ストレリチアは、覚えていていようと、忘れていようと、裏切った男に傷をつける為に約束の花嫁衣装を纏って男の前に姿を見せるつもりなのだ。

　約束を忘れ去った男――同時に、己の父母を傷つけた愚者として、男に「お前の帰る場所は何処にもない」と告げた後に、その花嫁衣装から違う衣装に着替えるのだ。

　アザレアが選んだ花嫁衣装に。

　その後、どのような言葉をかけるかは分からない。

　だが、その時のストレリチアの笑みは悍ましい程に美しいだろうと、アザレアは想像した。

　私の花嫁衣装が決まった。

　二つ。

　一つは兄と祖母の願いで、式での衣装は白い花嫁衣装を着ることになった。

　どうやら、私の村では色付きの花嫁衣装は二度目の結婚の時で、一度目は「互いの色に染まり合い、そして始まりを祝福する」と言う意味で両方が白い衣装を身に着けるそうだ。

　アザレア様はそれを面白いと言い、式では私とアザレア様は純白の衣装を身にまとうことになった。

　そして飾りは、互いの目や髪の色の飾りをつけるのがいいと言うことでそうすることにした。

　そしてもう一つは、アザレア様の目の色の花嫁衣装。

　赤紫の美しいドレス。

　透き通るような赤紫のヴェール。

　アザレア様の髪の色の、金色の刺繍、黄金の飾り。

　あの男の前で、見せる為だけのドレス。

　アザレア様の色に染まった、私を見せるの。

――ほら、私、幸せになれたの――

――貴方のような薄情で親不孝者と一緒にならなくて、ああ本当良かった――

　そう言うの。