第19話 より深く落ちてぶれて欲しい~やきもきされてる二人~




「では、話を続けよう」

 アザレアは、ストレチアの頬から手を離した。

「他の種族の神官などはアルストロメリア神の言葉を今はロクに聞くことができぬ。まぁ精々、アルストロメリア神が残した証のある神殿で、治りづらい病などを治す位だろう」

「……ダチュラもそうだったのですか?」

「その通りだ。神殿から離れた後は――其方の加護で自分の無能さを知らぬまま過ごし、そして今に至る――と言いたいところだが」

「何か、あったのですか?」

「……リチア、其方の加護は、とんでもないものだった」

「はい?」

「――以前私は、力等を上げる加護だと言ったな」

「は、はい」

 アザレアの問いかけにストレチアは自信なさげに頷く。

「まぁ、正解なのだが――その加護、基其方と離れた場合の状況がよくない場合つまり其方を裏切ったりした場合は――加護を今まで受けていた連中の技量、力、その他全てが底辺まで落ちる」

「……え?」

 ストレリチアは意味を飲み込めていないようだったが、アザレアは続けた。

「――其方の加護は、其方に不誠実であった者へは呪いと化すようだ。それを本人が知った時はな。言ってしまえば――其方の元仲間、そしてその仲間を擁護した二名、見事その呪いによっていわば『無能』になった」

 ストレリチアの顔が青ざめる。

 まさか、其処迄ある意味恐ろしい物だと知らなかった為だ。

「リチア、其方が気を病む必要はない」

「で、ですが……」

「愚者共は、己が愚行によって『落ちぶれた』のだ。今まで高慢であったが故の罰――さて、ここまで言って再度問おう」

 アザレアはストレリチアを見据える。


「リチア、其方は更なる復讐を望むか?」


 アザレアの言葉に、ストレリチアは目を見開いてから、俯いた。

「――別に止めろと言ってるわけではない。そこだけは理解してもらいたい」

 アザレアはそう言ってカップを手にし、カップ内の青い液体を飲み干した。


 暫くして、ストレリチアが口を開いた。

「……私は、それでも許せません。だから――」


「落ちて、落ちて、這いあがれない程に、落ちて欲しい。向こうはたかが村娘と馬鹿にして、私を裏切った。私を見下した、私を罵った。私は私を裏切った奴らが、それを擁護する連中が許せないのです」

 声を震わせ、ストレリチアははっきりと言った。

「でも、罰を与えればいいかわからない。尊厳を奪う方法も、何も私は分からない、分からないのです」

「尊厳か、どのような?」

「――勇者としての尊厳、王女としての尊厳、騎士としての尊厳、魔術師としての尊厳、神官としての尊厳、人としての尊厳、エルフとしての尊厳、男としての、女としての尊厳――何もかもを奪って奪って踏みにじって――二度と這いあがれなくしてやりたいのです」

 ストレリチアの、嘆きと怒りに染まった表情を見て、アザレアは口元に笑みを浮かべた。

「そこまで、そこまで明確になっているなら――私は今問おう」

「何を……ですか?」

「其方に問おう、リチア、我が妻よ。裏切られし乙女よ。連中の肉体を痛めつけ、尊厳を砕き、そして四肢を切り落とした上で家畜以下の存在として扱うか――」


「肉体を凌辱し、精神を凌辱し、快楽と他者の体液無しでは生きられぬ、性奴隷以下の、家畜以下の存在に堕とすか――」


「どちらが、よい? それとも両方か? それ以上か?」


 アザレアは残酷な笑みを浮かべて、己の妻に問いかけた。





 アザレア様の言葉に、私は言葉を失った。

 つまり、そういう事なのだろう、私が言っているのはそう言う事なのだろう。

 どちらにせよ、残酷なのは分かる。

 だが、心が声を上げている。


――ああ、そんなに、交尾をしたいならすればいいじゃないか!――

――ああ、そんなに、欲に忠実に生きるのが良いならそうすればいい!!――


「――後者の方を。奴らを凌辱してください」

 私の言葉に、アザレア様はにたりと笑った。

「よかろう、妊娠している雌は、赤子を其方が取り上げた後で良いな?」

「はい。他は……少しだけ時間を下さい。一度会って話して……いえ、言ってやりたいことがあるのです」

「うむ、良かろう」

 アザレア様はそう言って鈴を鳴らした。

 何故かは分からないが執行局のエンレイさんが部屋に入って来た。

「お呼びでしょうか陛下」

 エンレイさんは近づいて、アザレア様の前に膝をついて、首を垂れた。

 アザレア様はいつの間にか紙を手にしていた。

 何か書かれている。

「余の妻の望みは決まった、書の通りにせよ」

 エンレイさんは顔を上げて立ち上がり、陛下から紙を受け取った。

「今目を通せ」

「畏まりました」

 エンレイさんが目を通している。

「内容の方は?」

「お前達に任せる、思うがままに凌辱せよ」

「仰せの通り」

 エンレイさんはアザレア様にそう答えると、私の方に近づいて膝をついて頭を下げた。

「御后様」

「は、はい」

 思わず緊張してしまう。

 いや……違う、緊張じゃない。

 罪悪感で固まってしまう。


 私は私の手を汚さないで、他者に手を汚させようとしているのだから。


 エンレイさんは顔を上げて私を見てほほ笑んだ。

「御后様。御后様はまだこの国の制度などに慣れておられぬのが良く分かります。罰を受けるべき罪人を自分の手でやるべきではないかと心を痛めてらっしゃるのでしょう」

 見透かすような発言に、私は何も言えなかった。

「――良いのです、御后様が手を下す必要など連中にはないのです。私達執行者が、多くを傷つけ、多くを踏みにじり、そして――」


「御后様を裏切った、傷つけた罰を罪人共に御后様に代わってお与えさせていただきます。私達は陛下や御后様の手足、代行人。それこそが私共の役目。陛下と御后様の代わりに、罪人を罰する。それが私共の使命であり、誇りなのです」


「……」

 エンレイさんの表情は作り物などではなく、本当に、本当に誇らしげな表情だった。


――誇りと思っているならば、私がそれに罪悪感を覚えたら、エンレイさん達に失礼だ、彼らの誇りを貶すことになる――


「――有難うございます、エンレイさん」

「勿体なきお言葉です」

 まだ、自分の立場と色々と折り合いが上手くつかないけれども、それでも前を向かなければと私は自分に言い聞かせる。


 まだ、痛みは消えていない、不安もある。

 それでも、私は前を向くと決めたのだ。

 奴らに――どんな形であれ復讐してやると、決めたのだ。


――あんな奴らに慈悲などいらない――

――私の事を影で嘲り笑っていた連中になど――


「ストレリチア」

 アザレア様の声に、はっとして我に返る。

「アザレア、様」

「手を見せよ」

 無意識に握りしめていた両手、痛みを感じる手を恐る恐る見せる。

 赤くなり、鬱血していた。

「まぁ、以前よりは良い方か」

 アザレア様はそう言って私の手を撫でてくださった。

 痕跡は無くなり、いつもの手に戻っていた。

「其方、重く考え込むと無意識にだが自身に負担をかける癖があるな」

「も、申し訳ございません」

「余としてはあまり好ましくないな、無意識に自分を追い詰めるのは悪癖だ」

 悪癖と言われても、どうしたらいいのか分からない。

「手っ取り早く、今度から余の膝の上に座らせて手は余が握るべきか?」

「そ、そのような冗談はお止め下さい!! 他の方々に示しがつきま――」

「よいお考えかと思われます!! 何せ陛下があれ程御寵愛なさってるのに御后様との仲が一向に進展しないから下の者達も既成事実の進げ――」


 ごきゃり!


 多分ヒトなら死ぬような、音がした。

 いつの間にか、サイネリアが部屋に入って来ていて、実の弟であるエイレンさんの首を落としている……いやこれはへし折ってる?!

「……陛下、御后様。愚弟の戯言、どうかお流しいただけませんでしょうか?」

 サイネリアの声が酷く重い。

 ちらりとアザレア様を見れば顔が引きつっている。

「……流そう、その代わりサイネリア、お前の弟を『躾け治し』する事とそのような事を言っている者達にきつく言っておくように。ストレリチア、それで良いか?」

「は、はい」

「ご恩情をかけていただきありがとうございます」

 サイネリアはそう言って意識のないエイレンさんの首根っこを掴んで部屋から出て行った。


――エンレイさん大丈夫なんだろうか?――

――明らかにまずい意味で折れたような音してたけど――


 また、アザレア様と二人きりになる。

「……あ、アザレア様。先ほどのその……」

「リチア」

「は、はい!!」

「……いっそ既成事実を作ろうかと考えた私を殴ってくれ」

 アザレア様はそう言ってテーブルに突っ伏してしまわれました。

「え、え、そ、そんな事言われましても……」

「殴ってくれ、頼む。既成事実など愚者のすることだ、場合によっては手籠めにするのと何もかわらぬ。だから頼む、殴ってくれ、出なければ私はロベリアの沼に顔面を突っ込みに行く」

 アザレア様の言葉に、私は困り果て、悩んだ結果。


 ぽすん


「……はい、殴りました」

「もっと強く」

 予想はしてたが、納得してくれないアザレア様に、私は再び悩みに悩んで、頑張った。

「……私に、私が愛している御方を殴れと?」

 まだ、怖いですけども、私は貴方様を愛しているのです。

 アザレア様――





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