第5話 そして思い出す~馬鹿な自分に自己嫌悪~




「ん……」

 私が目を覚ますと、ベッドの上にいた。

 しばらく考えて、何があったか思い出す。


 魔王の腕の中で泣きまくった事を。


――やらかした――


 気持ちが一気に沈む。

 けれども、少しだけ楽になった。

 ほんの少しだけ。

 泣いたのは、逃げた時ローズの上で泣いたのと、家に着いた時兄と祖母の前で泣いたのだけだった。

 それ以降殆ど私は泣けなかった。


 泣くと私以外の誰かも一緒に傷つくから泣けなかった。


 だから堪えた。

 でも魔王の言葉に、我慢が出来なくなった。

 まだ未練がましく、カインへの愛情が残っている。

 仲間達との思い出が残っている。

 それが苦しいのだ、悲しいのだ。


――どうすれば、いいんだろう……――


 この未練を捨てられたら楽なのに、私は捨てれないのだ。


 ベッドの上でぐるぐると悩んでいると、ノックする音が聞こえた。

 部屋に先ほどのメイド達が入ってくる。

「ストレリチア様、お目覚めですか?」

「ご気分はどうですか?」

「あ……はい、大丈夫、です」

 そう答えると同時にきゅう、とお腹が鳴った。

 恥ずかしくて真っ赤になる。

 けれど、メイド達は嗤うことなく、穏やかな笑みを浮かべたまま何かを持ってきた。

 真っ白なパンに、新鮮そうな野菜と焼かれた肉が挟まった物だった。

 果物と、白い何かが挟まった物もある。

 カップの中には紅色の液体が入っている。


――パンの方は何となく分かるけど……飲み物、これ、なんなんだろう?――


「えっと、手でつかんで食べるの、ですよね」

「はい、そうです」

「お口に合うか分かりませんので、遠慮せず言ってください」

「は、はい……」

 私はベッドから立ち上がり、椅子に座って野菜などが挟まったパンを食べる。

「……!! 美味しい!!」

「それは良かったです」

 パンは柔らかくて甘くて、野菜は新鮮で、焼かれた肉はカリカリとしているのに、肉汁がじゅわっとしみていて美味しかった。

 恐る恐るカップの飲み物も口にする。

 すっきりとしていて飲みやすいお茶だと分かった。

 他のパンも美味しかった。

 甘い牛の乳の味のするものがぬられていて、甘く瑞々しい果物が挟まっているのは初めて食べた。


 美味しかった。

 だって、久しぶりだった。

 あの日から私はご飯を食べても、味気なくて、美味しいと感じられなくなっていたから。

 久しぶりに美味しいと思えた。


――泣いたから、かな――

――我慢してたのを、我慢せず、泣いたから――

――あと……村じゃないからってのもあるかな……――


 私とカインが生まれ育った村の人達は、私に優しかった。


 勇者カインを見捨てて戻ってきた私を嗤うことはしなかった。

 皆が勇者カインを責めた。

 皆知っている。

 村にいた頃の私とカインの事を。

 だから、皆彼を責めた。

 私には彼の事を忘れてもいい、あんな薄情な奴勇者じゃない、男じゃないとまで言った。


 それだから、私は辛くなった。

 今も未練が経ちきれない相手をそう言われるのが。


 それに、おばさん達が時折責められた、何故自分がされた過去の事を話しておかなかったと。

 それも辛かった。

 ベルおばさんは悪くない、だって私が仮にその立場だったら、息子にそんな話はできない。

 恋人を身分が上の立場の輩に奪われた話など、したくない。

 アルスおじさんだって話せないだろう、そんな事にあったベルおばさんと結婚したのだ。

 受け取りようによっては悪くとらえられかねない、傷心のベルおばさんにつけ入ったとか、そういう風に。

 知る人ばかりが居る空間は辛かった。


 だから、気が楽だった。

 着慣れない綺麗なドレスには少々困惑はするが、そういうものから開放されて、私は気分が楽だった。


 食事を終えて一息ついて、何か忘れている気がして少し考え込む。

「……」


『愚王と、その使者、配下共。余は「勇者」とその一味の処遇と、お前達の今後をこの者と話合って決めることにした』


 魔王の言葉を思い出す。

 確か、負けて捕まっているはずだ。


――助けたい――

――あんな奴ら知った事か――


 相反する感情で、苦しくなる。

「ストレリチア様、顔色が悪いようですが、どうかなさいましたか?」

 青い長い髪のメイド――ブルーベルが私の顔を覗き込む。

「先ほどの、食事、お体には合わなかったですか?」

 もう一人の、赤紫で髪の毛の先端が白い髪のメイド――サイネリアは私の肩をそっと手で支えて、たずねる。

「……いいえ、違います。その……」

 上手く言えない。

 内容が、言いづらい物だし……


「どうしたのだ」


 ノック音が聞こえなかった、扉が開く音も聞こえなかったが、魔王が部屋に入ってきていた。

「陛下、ストレリチア様の顔色が……」

「……ブルーベル、サイネリア。下がれ、余はストレリチアと話がしたい」

「ですが、陛下」

「これは、体調の問題ではない。それに其方らには言いづらい内容なのであろう。分かったら下がるがよい」

 ブルーベルとサイネリアは顔を見合わせて、そして一礼して部屋を退出していった。


 部屋の扉が閉まる音が聞こえると、魔王が私に近づいてくる。

 私は立ち上がろうとした。

「そのままで良い」

 私を椅子に再び座らせた。

 魔王が指を鳴らすと椅子が現れ、魔王はそれに腰を掛けた。

「……其方を裏切った輩共の事を思い出したのだろう?」

 魔王の言葉に、私の心臓は大きく脈打った。

 鼓動が早まる。


 事実だから。


「……助けたい、助けたくない。葛藤、か」

 私の事を見透かすような発言に、私は何も言えない。

「――ストレリチア、其方は優しすぎる。あれ程手酷い裏切りを受けてもなお、心配するとは優しすぎるのだ」

「……」

「其方の優しさは美徳であろう、だがその美徳を踏みにじったのは奴らだ」

 魔王の両手が私の顔を包むように触れる。

「それと優しすぎるのは其方の欠点でもある。優しすぎるから傷つかなくても良いことで傷ついてしまう」

 優しいと言われても私には良く分からなかった。


 私は未練がましいだけとしか思えなかったから。


 あの時、私は逃げた。

 裏切られた事に、耐えられなくて。


 きっと未練があるのは私だけ。

 誰も引き留める言葉を私にはくれなかった。

 追いかけてくることもしなかった。


 仲間だと思っていたのは、私だけだった。

 その事実を理解しているのに――



 どうしても、思い出が消えてくれない。

 恋人として幸せだった頃が、仲間として苦難を乗り越えた事が。

 消えてくれない。

 私を先に進ませてくれない。





 どうしたらいいんだろう?

 私はどうすれば、楽になれるんだろう?


 考えれば考える程。

 仲間だった彼らではなく、気づかなかった馬鹿な私を責めることになった。



――ああ、馬鹿なんだ、私――





「我慢しなくていい、泣くがよい」

 魔王に抱きしめられた。

 私はまた、泣きじゃくった。


――ああ、なんて、みっともないんだろう――


 自己嫌悪に陥ってしまう。





 私は何時になったら前に進めるのだろう?





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