第4話 やってきました魔王の城~そして動き始める~




 巨大な城の前で呆然としている私の手をローズがぺろぺろと舐める。


――待って、私兄さんとお祖母ちゃんに何も伝えてない――


「安心せよ、其方の故郷に使いを出した」

 魔王はまるで私の心を読んでいるかのように、言った。

 小さい魔族――服を身に着けたゴブリンが近づいてきた。

「余の客の忠実なしもべだ。丁重にもてなすのだ」

 ゴブリンは頭を下げてローズの手綱を掴んで何処かへと連れて行ってしまった。

「案ずるな。悪いようにはせぬし、会いたい時にいつでも会わせよう」

 魔王はそう言って笑みを浮かべると、私の手を掴んだまま城の方へと歩いていった。



 広く、綺麗な部屋に案内される。

「此処を其方の部屋として使うといい。そうだ、メイドをつけよう――サイネリア、ブルーベル」

 魔王が指を鳴らすと、メイド服に身を包んだ美しいが――やはり人ではない女性が二人姿を現した。

「客人の身なりを整えよ」

「「仰せのままに」」

 魔王が私から離れると、がしっと、メイド二人が私を掴む。

「ストレリチア様、ご安心を、お綺麗にするだけですので」

「お美しいのに、勿体ない。ですがご安心を」

「は、はは……」


――何一つ安心できんのですがー?!――


 私は引きつった笑みを浮かべるしかできなかった。



 驚いたことに、本当、何にもなかった。

 お風呂に入れられて、全身、体を洗う洗浄液――凄い香りが良いので洗われ、傷んだ髪も綺麗にされ、旅などで荒れて治ってない肌もつやつやになり、爪も綺麗に磨かれ、整えられ、そして服も綺麗なドレスを着せられた。


――わー私お姫様みたーい……――

――じゃなーい!!――

――待て待て、この恰好で戦うとかそういうのは無理すぎる、そもそも武器ないし!!――

――魔術でも勝てっこないのにこれヤバイんじゃ!!――


 頭の中でぐるぐると考え始める。

 ガチャリと扉が開くのが聞こえ振り向くと、先ほどとは異なる恰好の魔王が居た。

 というか、角がない。

「え?」

「ああ、アレは魔術で生やしていたのだ。魔王らしく見えるであろう?」

 魔王は悪戯に成功した子どものように笑った。

 メイド達は、すっと部屋から姿を消した。

 二人きりになると魔王は私に近づいてきて、私の顔を撫でる。

「あ、あの何でしょうか?」

「――いや、気にするな。確認をしただけだ」

「は、はぁ……」

「時に其方――処女のようだな?」

「……」

 魔王の言葉に私は視線を逸らした。





 約束したのだ。

 魔王を倒してから、きちんと夫婦になってからそう言うことをしようと。

 彼(カイン)の方から約束をしたのだ。

 それなのに――


『だって、お前はさせてくれなかったじゃないか』


 向こうは忘れていた。

 忘れて、他の女と、そういう事をしていた。

 約束を忘れた、約束を破った。

 私を――裏切った。


 心が痛くて痛くて仕方ない。

 彼も仲間も私ばかりを責めた。

 私だけを。


 自分達は悪くない、そう言う風に。





「……?!」

 気が付いたら、魔王の腕の中にいた。

 抱きしめられていた。

「……泣くのを我慢するな、其方には泣く権利がある。其方は、裏切られたのだから。約束を違えられ、そして謂れのない責めを受けたのだ。泣け、余は――私は其方が泣いた事を誰にも言わぬ」

 私はその言葉に、大声を上げて泣いた。


――愛していたの――

――命が惜しくない位に、愛していたの、信じていたの――

――怖くても、頑張って剣を振るった、魔術を覚えて使った――

――皆の為に頑張ったの――

――なのに――


――どうして……――





「……」

 魔王――アザレアは、泣き疲れて眠った乙女――ストレリチアをベッドに寝かせて綺麗な黒い髪を撫でる。

 肩に届くか届かないか程の長さの髪。

 おそらく「勇者」の旅について行き、手助けをするために、邪魔だと短く切ったのだろう、ストレリチアの過去に、旅に出る前らしい彼女が自分の長い髪を兄らしき人物に短く切ってもらう姿が見えた。



 愛する者をただひたすら愛し、そして仲間を信じた、無垢で優しすぎる善性だからこそ、裏切り行為で「歪まされて」しまった哀れな乙女。

 けれども、その善性から、決して裏切った男の両親を責めなかった。

 男の両親――母親が似た傷を抱えてたが故に。



 アザレアは息を吐いた。

 ストレリチアがあまりにも哀れだったからだ。


 扉をノックする音が聞こえた。

「何用だ?」

「申し訳ございません、ストレリチア様の兄君が――」

「ほう?」

 予想外の来訪者にアザレアは笑みを浮かべた。



 玉座に腰を下ろし、来訪者を見つめる。

「彼の乙女の兄上か、よくぞ参られた」

 剣を手にしているが、自分への敵意は今はない。

 だが、男はアザレアの言葉次第では剣を抜くだろう、死ぬことも恐れず。

「余はこの国の王、アザレア・モルガナイト。其方の名は?」

「――アカシア・アウイナイトと申します。モルガナイト陛下」

「其方の気にしていることは分かっている、ストレリチア――其方の妹の事であろう?」

「……」

 男――アカシアは無言になる。

「余は、其方の妹を傷つけるつもりはない――が、気になることがある」

 アザレアはアカシアに問いかけた。

「ストレリチアは祖母と其方と暮らしていたそうだな、両親はどうした? ストレリチアが愚者に裏切られた件での、其方の怒りは明らかに『前例』があるような怒りだ。両親と関係があるのか?」

「……妹が幼い頃、父が死にました。その直後、母だった女は私と妹を捨てて、貴族の妻になりました『お前達は邪魔だ』と言って。おそらく妹が産まれた後、父を裏切っていたのでしょう……そして、父の死は明らかに誰かに殺されたものだったのに、大した調査もされなかった。明らかに誰かが裏で手を回していたのでしょう……」

 アカシアの言葉を聞きながら、玉座横の天秤を見る。

 赤い宝石と青い宝石の天秤は、青い宝石側に傾いていた。

 青の宝石は真実と事実――その重さ故に傾いている、つまりアカシアの言葉に嘘はない。

「……ストレリチアは知っているのか?」

「いえ、おそらく覚えておりません。妹は物心つく前後だったので」

 アカシアは息を吐いて続けた。

「いつか、話すべきと思っていましたが……今回の件もあり、話すことができていません」

 アザレアは天秤を見る。

 変わらない。

 アカシアにとってそれは真実であることが分かる。

「産んだだけの女がどうしているか、など知りたいとは?」

「……知れば、私はその連中を皆殺しにしかねません。そうなれば、どんな理由であれ私は罪人。祖母と妹が苦しむでしょう」

「――そうか。其方は、何を望む」

「私が望むのは、祖母が穏やかにいられること、そして妹が幸せになることを望みます。私の幸せはそれで十分なのです」

「左様か」

 アザレアはそう言って、口元に笑みを浮かべた。

「うむ、流石ストレリチアの兄と言うべきか。その性格、余は気に入った」

「……」

「其方はいつでも我が城に来ることを許そう。ストレリチアと会わせたいが、今は疲れて眠っているのでそっとしておきたい」

「……分かりました」

「うむ、では客人を送ってやれ。それと何か役立ちそうな土産を持たせよ」

 アザレアは配下に命じる。

 アカシアは立ち上がり、頭を下げると配下の後ついて玉座の間を後にした。


 アザレアは玉座の間から誰もいなくなるのを確認すると、ストレリチアの部屋へと向かった。



 ストレリチアはベッドの上で涙を流しながら眠っていた。

 アザレアは彼女の涙をそっと拭う。

「其方には権利がある、裏切った者達に復讐する権利が」

 アザレアは彼女を起こさないように静かな声で呟く。

「其方には権利がある、憎悪する権利が、罰を与える権利が」

 アザレアは笑った。


「復讐しよう、我が后に相応しき乙女よ。其方の父を殺した輩共に、其方を捨てた母に、其方を裏切った男と、其方を裏切った者達に――」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る