第9話 VSチャンピオンー7

 

 ギリギリ剣が届かない間合いまで未来は距離を詰めると、次こそ必殺の一撃を繰り出す為のチャンスを伺いつつ、剣をどう攻略するかを考える。


 現状防ぐだけならテアが用意してくれたガントレットで完璧とは言えないまでもどうにかなるのだが、そこから反撃に転じることが出来ない。


 だが、いつものように我武者羅に向かって行くことで流れを変えられる程、相手は甘くはないことは誰よりも未来が一番分かっている。


 だからこそ未来は、相手を警戒しつつもセリーナに読まされた本と生前大好きだった格闘漫画やファンタジー小説の知識を総動員して勝ち筋を見極める。


 そうして何パターンもの作戦を考えていると、ある一つの秘策を閃いた。


 それは秘策というよりは一か八かの賭けと呼んだ方が正しいかもしれない作戦ではあるが、最善の策はこれとしか未来には思えなかった。


 一方、一向に責めてこない未来に痺れを切らしたタクスは次の一撃で未来を仕留めると決め、大量の魔力を消費することを承知で赤と緑の宝石の魔法を同時に起動し、極限までカイウスの攻撃力とスピードを強化する。


 主からの最大級の支援を受けたカイウスは、それに応える為に大きく踏み込み、未来を真っ二つにするべく上段に大きく振り上げた剣を真っすぐに振り下ろす。


「ミライさんーーーーーーーー!」


 その瞬間、テアも未来に事前に言われていた通りに緑の宝石に魔力を全力で流し込む。


 もし自分がやられそうになったら防御力ではなくスピードを上げて、回避出来るようにしてくれと言われていたのだ。


 ブリッツキマイラの太い首が最も容易く切り落とされたのを見て、防御を上げたところで意味をなさないと未来が考えたからだ。


 これで何とか避けてくれることを願ったテアだったが、未来は回避するどころか真っすぐ剣が振り下ろされた場所から一歩も動いていなかった。


 自分が何か間違ったのだろうか、未来は真っ二つに切られてしまったのか、強烈な不安に襲われたテアの耳入って来たのは、切られた未来が地面に倒れこんだ音ではなく、折れた剣先が地面に刺さる音だった。


 テアもタクスも、司会も観客も剣を握っていたカイウスですら何が起こったのか分からなかった。


 だが、答えは案外簡単なもので、未来が振り下ろされた剣を拳と掌底で挟み込んで折っただけなのだ。


 剣が振り下ろされようとしている最中、テアからの支援で極限にまで上がったスピードを使って未来は真剣白刃取りの要領で剣を止めに行き、手のひら同士で挟んで止める代わりに拳と掌底を打ち付け合う間に剣を挟むことで剣を砕き折ったと言う訳だ。


 コロシアム中が何が何だか分からない状況に混乱し、カイウスですら擬似魂の処理能力の限界を超えたせいで動きを一瞬止めてしまった。


 そんな大きな隙を未来が見逃すはずもなく、最大限に力を込めた拳で兜を被ったカイウスの頭を殴る。


 更にそこに他の誰よりも未来が拳を振り上げたことに気づいたテアからの赤の宝石の魔法の支援を受けたことによりレンガどころか鋼鉄をも貫く威力を得た未来の拳を真正面から食らったカイウスの頭は兜を被ったまま胴体から離れ、タクスがいるシールドサークルまで飛んでく。


 カイウスの頭部はタクスにぶつかる寸前で発動したシールドサークルの防御結界にぶつかり、2,3度跳ねながら彼の足元へと転がっていった。


 誰が見てもこれで決着は着いた。


 しかし、チャンピオンが新人に負けると言うまさかの決着に観客たちも司会も、審判すらもその現実を受け入れられず、ただ呆然と試合会場を見ていることしか出来なくなってしまう。


 だが、頭を失ったカイウスの体が地面へと倒れたことで、静寂に包まれた会場中に木霊した鎧と地面がぶつかる音に我に返った審判が太鼓を叩いたことで司会も我に返り、勝者の名を叫ぶ。


「か、勝ったのはミライとテアだーーーーーーー! これはとんでもない番狂わせだ! ジャイアントキリングどころの騒ぎでは無いぞ! あの絶対王者タクスが破れ、勝ったのは新人! 夢でも見ているのかと思ってしまいますが、イテテテ、捻った頬が確かに痛いからこれは現実です!」


 興奮のし過ぎでおかしな行動を取る司会を余所に、徐々に現実を受け入れ始めた観客たちがテアと未来の名を叫び始め、会場中に広がる頃には耳が痛い程に大きくなっていた。


「負けたか。そうか、俺たちはまた負けたのかカイウスよ。いや、またというのは礼儀に欠けるな。俺たちはマリオンの残したものに負けたのはなく、テアとミライという剣闘士と剣闘人形に負けたんだな」


 ミライの最大級の威力の拳を受けて形が変わってしまった兜を被ったままのカイウスの頭を丁寧に拾い上げたカイウスは、そのまま試合会場中央で倒れている体も回収しに行く。


 壊れた剣闘人形の回収をスタッフ任せにする剣闘士も多いが、長年共に戦ってきた相棒を人任せにする気が起きなかったタクスは、自ら回収しようと思ったのだ。


 だが、重い甲冑を着ている上に甲冑の下の本体もそれなりに重量がある為、タクスが四苦八苦していると、急にカイウスの体が軽くなった。


「おっちゃん、俺も手伝うよ。スポーツマンシップに乗っ取ってってやつだ」


「私も力は無いので体の方は無理ですけど、頭を持たせてもらっても良いですか? 大切に運びますから」


 二人の気遣いに感謝しながら、テアにカイウスの頭を預けたタクスはミライと共にカイウスの体を起こすと、自分の入場口へと運んでいく。


 その様子を見た観客たちはスタンディングオベーションしながら2人の剣闘士と2体の剣闘人形の名を熱い戦いを讃えるように口々に叫ぶのだった。


「マリオンへの借りを君たちに返すつもりがまた借りが増えてしまったな」


 カイウスの頭と体を入場口に戻って直ぐの所に寝かせた後、タクスがぽつりと呟いき始める。


「なんだよ。別にこれでアンタの剣闘士としての人生が終わりって訳じゃないんだ。またいつでも戦おうぜ。それまで返済は待ってやるさ」


 いつもの安い挑発ではなく、心の底から未来はそう思っていた。


 試合中は必死で気づかなかったが、終わってみれば心はやり切ったという充実感で満たされており、この気持ちを味わえるなら何度だってタクスと戦いと思った。


 テアも同じ気持ちのようで、未来の手を握りながら頷く。


「そうだな、確かにそうだ。だがマリオンへの借りはいずれあの世へ行った時に直接返すとして、君たちへは剣闘士テアと剣闘人形ミライへの借りを返すことにしよう」


 そう言って握手を持とめて差し出された両手をテアと未来、それぞれが握り、堅い握手を交わすのだった。


 こうして、全勝することで威信を示す筈のチャンピオンが負けるという前代未聞の事態で、チャンピオンウィークは終了するのであった。

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