最終話 二人の未来

 チャンピオンウィークでの勝利から3日が経ったこの日、未来とテアはマリオンとレーネが眠る墓の前に来ていた。


 マリオンを埋葬して以来、一度も訪れていなかったせいで墓石には苔が生え、辺りには雑草が茂っていおり、すっかり荒れてしまっている。


 そのことを予期して墓地の管理人から借りておいた掃除道具で2人は墓を綺麗にしていく。


 2人が初めて出会った頃に比べると陽気が暖かくなっており、掃除に夢中になっていたテアはすっかり汗だくになってしまう。


 それに気づいた未来に一度休憩を挟むように言われたテアは、近くの大きな木の下で休むことにした。


 未来もそれに付き添い、テアの横に座ると水筒に入れてきたレモネードをコップに入れて汗を拭くためのタオルと共に渡す。


 しばらくお互いに何も言わないまま、風の音と鳥の声に耳を澄ませていたのだが、ぽつりとテアが口を開いた。


「実は昨日、墓参りする前にパパが残したミライさんの体の制作過程を書いた本を最後まで読み切ったんです」


「え、よく読めたな。最後の方はこう言っちゃなんだが、ミミズがうねったみたいな字で文字かすらも怪しかったってのに」


 未来の言う通り、後半から最後にかけて段々と本に書かれた字は崩れていき、とても読めたものでは無かったが、親子だからこそ分かる父の字を書く時の手癖などを思い出しながらテアは何とか解読に成功したのだ。


「それでミライさんの魂がなんでその剣闘人形の体に宿ったのか分かったんです」


 今まで誰に聞いても分からかったことの答えが突然分かったと言われて、思わずテアの方へ身を乗り出した未来に驚いたテアは飲みかけのレモネードを落としかける。


「わっとっと、危ないじゃないですかミライさん!」


「ごめんごめん、急にびっくりすようなこと言うからさ」


 未来はテアに平謝りしながら話の続きを促す。


 テアによると、マリオンは娘と母親をもう一度合わせる為にどうやら一種の降霊術を研究していたらしい。


 この世界では古代、魔法技術の基礎を作ったとされている魔女と呼ばれる存在が冥界より呼び寄せた戦士の魂を人形に憑依させることで、自分たちの下僕にしていたという伝承が残っている。


 自動人形オートドール疑似魂フェイクソウルの技術も、元を辿ればこの伝承を再現しようとした数多の研究者や技術者たちの研究開発によって生まれた副産物のようなものだ。


 だが結局誰も伝承の技術を再現することは出来ず、今ではあくまで伝承は御伽噺に過ぎない、ということになっており誰もこの研究をしていないらしい。


 それでもマリオンは娘の為を思ってこの伝承に縋り付き、国内どころか他国からも多くの研究資料や伝承について書かれている文献を集め、時には胡散臭い魔導書なる物にまで手を出していたようだ。


 そんな執念じみた研究により、マリオンは自分の中では伝承の技術を再現することに成功したと本に書き残していたらしい。


 だが、その魔法はただ魔力を注いだだけでは起動せず、様々な方法を試してもダメだったらしく、取り敢えず人形としては完成していた魂の宿らない妻の体を誰にも取られないようにと鎖と魔法鍵マジックキーで封印していたらしい。


「ここからは私の想像ですけど、伝承は本当でパパの研究は惜しいところまで行っていたんだと思います。でも、不完全だったせいで起動したときにママの魂を冥界から呼び寄せる代わりに、亡くなった直後だったミライさんの魂を異世界から呼んでしまったんだと思います」


 正直魔法云々は未来にはさっぱり分からないのだが、それでこうして死の淵から人形としてだが蘇ったうえに可愛い彼女まで出来たんだからまあ良いかと、楽天家な未来は思った。


「でもさあテア。結局何で魔法は起動したんだろうな。お前があの時無意識に魔力を流したのか? いや、魔力じゃ駄目だったんだよな……分かるか?」


 未来の問いに急に顔を赤くしたテアは、小さな声で思い当たる節を言う。


「その、ですね、多分なんですけど、しょ、しょ、処女の血が魔法を起動させる為の触媒だったんだと思います。魔女が出てくる伝承には定番の材料ですから。流石にパパもそんな物まで手に入れられなかったみたいですけど」


 テアの赤面した理由を察した未来はそのあまりに初心で可愛い反応が堪らずに抱き着こうとするが、その寸前に先程零しかけたレモネードのを思い出して踏みとどまった。


「とにかくですね、このことは私とミライさんだけの秘密ってことにしておきましょう。このことが知れ渡ったらミライさん、貴重なサンプルとして研究所に連れていかれて解体されちゃうかもしれませんし」


 うっかりと服を脱がされて外装を全て取り外されたうえに四肢まで取り払われた自分の姿を想像してしまい、未来はゾッとした。


「でもジェシカとセリーナには知られちまってるけどそっちはどうするよ? 口止め料代わりに拳をお見舞いしに行くか?」


 自分の恋人ながらとんでもなく野蛮なことを言い出す未来に若干引きつつも、その必要は無いと未来に釘を刺す。


「ジェシカさんは私たちで儲けているんだから私たちを手放すようなことはしないと思いますし、セリーナさんもコロシアムで私たちと戦うのを楽しみにしてそうですし大丈夫だと思いますよ」


 それもそうだと納得した未来は、ごろんと木の根を枕にして寝転がる。


「取り敢えずはこれで色々とスッキリしたわけだな。でもよ、なんか悪かったな。この体に宿ったのがテアのお袋さんじゃなくて俺でさ。本当はお袋さんの方が良ったんじゃないか?」


 そう言う未来の頭を、飲み終えたレモネードの入っていたコップを側に置いたテアが木の根から自分の膝に乗せ換え、未来の頭を墓の方向に向かせる。


「死者の魂を蘇らせるなんてこと、本当はしてはいけないことなんですよ。だから魔女たちは魔法を失伝させたんだと思います。ミライさんの場合はきっと完全に亡くなって魂があの世へ行く前に、私のせいで起動した不完全な魔法に呼び寄せられてしまったからセーフだと思ますけど。だから謝らないといけないの私の方です。色々と巻き込んでしまってすみません」

 

「別に気にしなくていいさ。昔からの夢だった強い体で世界最強を目指すって夢が叶ったんだからな、感謝してるくらいさ。でもやっぱり寂しくないのか?」


「ミライさんがいてくれるから大丈夫ですよ。それに、ここに来ればいつでもパパとママに会えますから」


 眩しい笑顔でそう言うテアの顔を見て、未来も何だか救われた気がした。


 自分の子供みたいな夢にテアを突き合わせてしまっているのでは思っていたからだ。

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