第9話 VSチャンピオンー6

 司会の紹介を合図に花火の魔法による演出と共にテアと未来は入場する。


 しかし火花に驚きながら煙でせき込むテアと、それを心配して観客へのアピールを忘れる未来を見て、司会は相変わらず締まらない2人だと思ってしまった。


 だが、変に自信過剰な人間ばかりの剣闘士と剣闘人形の中に、一組くらいこういうコンビがいてもいいじゃないかと最近は思うようになった。


 観客たちの間でも、剣闘士と剣闘人形というよりも、仲の良い姉妹か恋人のように見える2人の様子が激しい剣闘試合の中の一服の清涼剤となっていると評判が良いからだ。


「さて、続きましてはもちろんこの方たちの入場です! サウスゲートよりの入場! 絶対王者タクスと聖騎士カイウス!」


 テアと未来の様子に和んでいた観客たちが総立ちとなって送ってくる声援の中、タクスとカイウスが入場する。


「やあミライとテア、市場以来だな。今日、君たちと戦えることを私はずっと楽しみにしていたんだよ」


 突然話しかけられて驚くテアと未来を余所にタクスは話を続ける。


「私はこのコロシアムのチャンピオンではあるが真の意味でチャンピオンになったとは思っていないんだ。何故ならマリオンに負けたままで譲り受けるような形でこの玉座に座ってしまったからね。だから今日はその借りを君たちに受け取ってもらおうと思っている」


 眼光鋭く見据えてくるタクスに未来とテアは委縮しながらも、ここで引いたら飲まれると思い、負けじと睨み返す。


「何だ、チャンピオンの癖に昔の負けを引きづってんのかよ。女々しいな」


 未来の相手を無駄に挑発する悪い癖がここに来て出てしまい、テアはチャンピオンを怒らせたのではないかと気が気ではなくなる。


「ハッハッハッハ、我ながらそう思うよ。だが、血の滾りというのは理性でどうこうなるものではなくてね。君たちのデビュー戦を見て以来どうにも荒ぶって仕方が無いんだ」


 安い挑発を真に受けるほどタクスは器の小さい人間では無いし、そもそもそういったことには長年剣闘士をしているのだから慣れている。


 だが、どうしても宿敵であるマリオンの娘と遺作相手では剣闘奴隷時代に培った戦いに燃え滾る血潮が抑えきれなくなってしまうようだ。


「年の割りに元気じゃねーかおっちゃん。俺らだってテメエのお門違いの未練晴らす為にやられるつもりはねえぜ!」


 そこから先、両者が言葉を交わすことは無かった。


 互いに言いたいことは行ったのだから後はどちらの意地とプライドが上かを試合の勝敗で決すればいいだけだからだ。


 あまりの両者の気迫の前に静まり返ったコロシアムに試合開始を告げる太鼓が大きく鳴り響いた。


 いつも通り、様子を見るなどと悠長なことをせずに未来は一直線にカイウスへと距離を詰める。


 だが、それはカイウスとて同じようで、カイウスも真っすぐに未来へと剣を抜き払いながら突っ込んでいく。


 激しい金属音と共に未来の拳とカイウスの剣がぶつかり合って火花を散らす。


 素手ならば今頃未来の腕は割られた竹のように真っ二つになっていたであろうが、テアから贈られたガントレットの金属プレートが剣と正面からぶつかり合ったことでそうはならなかった。


 互いの初撃をぶつけ合った2体の剣闘人形は一度同じタイミングで離れて体勢を立て直す。


「いやはや、カイウスの剣を拳で受け止めるとはな。面白い!」


 感心しながらもタクスはカイウスへと次の指示を出しながら赤の宝石へと魔力を込める。


 タクスが次に選んだ攻撃は剣を鞘に収め、盾を体の前にしっかりと両手で構えてのタックルだった。


 どうやらタクスは小手先の技を使わずに正面から未来たちとぶつかり合って勝ちたいらしい。


 本来ならば勝つことに意味があるので、そんな単調な攻撃、避けるなり利用してカウンターを決めるなりすればいいものを、未来は馬鹿正直に正面から受け止めようとする。


 互いに全力をぶつけ合い、そのうえで勝ってこそ、この試合に意味があるのだと思ったからだ。


 テアもそんな未来に答えるように全力で支援する。


 突進してくるカイウスの持つ盾に未来は自ら体をぶつけに行き、試合会場中央で両者は激しく衝突する。


 だが、流石に鎧を身に纏ったカイウスとの質量の差で未来が押し負けてしまう。


 それでも吹き飛ばされぬように腰を落として踏ん張り、カイウスのタックルを受け止めることに成功した未来は反撃とばかりに試合前のシミュレーションで一番警戒していた盾を掴むとカイウスから奪いおうとする。


「そんな邪魔な物捨てちまえよ! お前の顔をよく見たいんだ」


 本人的には気の利いたジョークを言ったつもりの未来とカイウスの盾を巡る攻防は長くは続かなかった。


「だったらカイウス、よく見せてやりなさい! 見物料にはその首を貰うがね」


 タクスの言葉に盾を放したカイウスはそのまま剣を再び抜き払って、未来の首目掛けて切り付ける。


 持っている方が圧倒的にアドバンテージがある盾をいとも簡単に捨てたことに驚きながらも反射的に奪った盾で未来は剣を防ぐことに成功するが、きちんと持てていた訳ではないので、剣を防いだ衝撃で手から盾を弾き飛ばされてしまう。


 すかさず剣を切り返してもう一度カイウスは未来の首を狙うが、今度は素早く拳を振り上げた未来のガントレットのプレートに防がれてしまう。


 そこからは距離の詰まった両者の拳と剣を繰り出し合う一進一退の激しい接近戦が始まった。


 未来の拳は剣に阻まれ、たまにカイウスの体に当たるものがあってもそれは威力が十分に乗っておらず、鎧で防げると判断されてカイウスが自身の攻撃を繰り出す為に見逃した弱い拳だけだった。


 一方の未来は徹底的に距離を詰めることで剣のリーチを生かさせないようにしつつ、鎧ごと貫く一撃を繰り出そうと機会を伺うが、中々その機会を見出すことが出来ない。


 行き詰まる攻防に観客たちも、司会ですら言葉を発することが出来ず、コロシアムには剣と拳がぶつかり合う甲高い金属音だけが響いていた。


 時間にしてば2、3分程度だったが、この激しい攻防で未来の試合用の女子プロレスラーのコスチュームに似せて作った衣装はズタズタ切り裂かれ、カイウスの白銀に輝いていた鎧も拳によってつけられたへこみが目立つようになり、その美しさは損なわれてしまった。


 それでも互いにの体には致命傷足りえるダメージを負っておらず、このままいつまでもこの攻防が続くかと思われた。


 だが、剣を切り返す一瞬の隙を付いた未来の足払いによってカイウスが大勢を崩し、そこに見事に入った未来渾身のボディブローによってカイウスは鎧をへこませながら大きく吹き飛ばされる。


 このまま一気に決着を付けよう吹き飛んだカイウスを追った未来だったが、素早く起き上がって剣を構え直されたことで止まらざるを得なかった。


「今のは危なかった。全くその細腕のどこにそんなパワーが眠っているのか不思議でならんわ」


「この体を作った人形師はこの世界で一番の人形師だからな。スペックだけなら世界最高だぜ」


 憎まれ口を叩きながら拳を構え直す未来だったが、同じく剣を構え直しているカイウスに攻めあぐねる。


 均衡状態だった剣と拳のぶつかり合いがリセットされて互いに離れてしまったせいでリーチのある剣を持つカイウスの方が有利な状況となってしまったからだ。

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