第9話 VSチャンピオンー5

 いつもの試合会場への入場口前で未来とテア、ジェシカが入場の合図を待っていた。


「貴女たち今日はえらく機嫌がいいじゃない。これから大一番だっていうのに緊張の一つもしてないワケ?」


 毎度のことながら嫌味ったらしいジェシカに、普段ならカチンと来ている未来だったが、今日ばかりはそんな普段通りさが逆にありがたかった。


 昨晩、テアに励まされたおかげで負けるかことへの不安はもう無いし、勿論負ける気も無い。


 だが、それと緊張するかどうかはまた別の話であり、下手に気を使われるよりは普段通りの方が良いのだ。


「してないワケじゃないけどさ、緊張してようがなん何だろうが負ける気がしねえから関係ないんだよ」


「私は今にも心臓が破裂しちゃいそうですけど、ミライさんがいてくれるから大丈夫です」


 見つめ合って互いの名を呼び合いながらイチャつき始める2人にジェシカは呆れる。


「もう何でもいいわ。精々情けない試合をしてファンを減らして自分たちの商品の売り上げが下がらないようにだけ気を付けなさいな」


 そう言い残してジェシカは観客席に移動する為に入場口前から離れていった。


「よっし! じゃあいっちょぶちかましてやるか!」


「そうだ、ミライさん、これどうぞ」


 気合十分で張り切る未来に、テアがローブの懐から取り出したレザーガントレットを差し出す。


 未来が受け取って見てみると、動きを阻害しない様に極限まで生地の面積を削りつつも要所要所に未来の髪と同じ金色で塗装した金属プレートを取り付けた物だった。


「これ、わざわざ作ってくれたのか」


「一から作ったって訳じゃないですけどね。昔剣闘士と人形師両方を目指すってパパに行った時に練習にってパパと一緒に初めて作った物を、売らずにパパが取ってたんです。それを見つけた時にこれをパパが使いなさいって言ってるような気がしたんですけど、だいぶ昔に作ったせいで痛んでたし、そのままだと今回使うには少し防具としては頼りないと思ってサイズを直しながら改良してたら出来たのがギリギリになっちゃったんです」


 テアに嵌めるように促されて嵌めてみると、サイズはぴったりなうえに、指や手首の動きを一切阻害せずに動かすことが出来るので問題なく投げ技を繰り出すことが出来そうなうえ、拳を握れば相手に当たる部分に金属プレートが来ることで、カイウスのような鎧を着こんで盾を持つ相手でも拳を痛めることなく殴れると未来は思った。


 正に今回の試合にはうってつけの物と言える防具だった。


「でも試合で使って良いのか? お前の親父さんとの思い出の品なんだから試合中に壊しちまった悪いし」


 変な気を遣う未来のガントレットを付けた手を握りながらテアは首を振る。


「大丈夫ですよ。私も、きっとパパだってこれを箪笥の引き出しで眠らせておくよりも試合で使って欲しいって思ってる筈ですから。だからミライさんの予備パーツと同じ所に入ってたんだと思います」


 テアはレザーガントレットを見つけた時からそう確信していた。


 何故なら未来の体の図面を見て分かったのだが、未来の体には一切のギミックを内蔵していない分、基本性能を極限にまで上げる工夫がそこかしこにしてあったうえ、図面にも制作過程を記録していた本にも一切武器に関する記録が無かった。


 どうやら最初からマリオンは徒手空拳で戦うことを前提にした設計をしていたらしい。


 だからテアとマリオンが一緒に作ったレザーガントレットが予備パーツと一緒に入っていたことは偶然では無く、改修する予定だったのにそれに取り掛かる前にマリオンの命が尽きてしまったのだとテアは考えてる。


 もしかしたらマリオンは、母親の死がきっかけとなり剣闘人形や剣闘試合にトラウマを持ってしまった娘に剣闘人形として蘇えり、かつて共に作った防具を身に纏った母と共にコロシアムで戦う自分を見せることでトラウマを克服させ、もう一度剣闘士と人形師両方を夢見ていたことを思い出して欲しいと思っていたのかもしれない。


 果たしてそれが父親として正しい考えだったのかはテアには分からないし、どちらかと言えば母を蘇らせるのなら剣闘人形ではなく戦わない自動人形の方だろうと思わなくもない。


 どう考えても母親が戦っている姿など見せられても、心配することはあっても夢を取り戻そうとはならないからだ。


 ただ、剣闘士としての自分を引退してからも捨てきれずに狂ってしまったマリオンには、娘だけではなく自分をも救う為にはそうするしかなかったのかもしれないのだが。


 ついそう考えて思い悩んだ顔をしながら手を握り続けるテアから、彼女の心の中で複雑な感情が入り混じっていることを感じ取った未来は明るくおどけた調子で話しかける。


「そいうことならありがたく使わせてもらうぜ。そうだ、お礼に何かして欲しいことあるか?」


 別に礼などテアには必要ないのだが、そう言われるとついねだりたくなってしまう。


「じゃあ厚焼きのホットケーキを焼いてくださいよ。後、絶対勝ってください」


「なんだ、それくらい、いつでもやってやるのに。じゃあ今日はサクッと勝って厚焼きホットケーキで祝賀会を開くとするか」


 嬉しそうに首を縦に振るテアを未来が抱きしめたと同時に、司会が試合前の選手紹介を始め、2人は臨戦態勢に入った。


「さあ観客の皆さま! 今年も名残惜しいですがチャンピオンウィーク最後の試合の時間となってしまいました。今年もチャンピオンを打ち破る者は現れず、選りすぐられた剣闘士と剣闘人形相手に6戦6勝という圧倒的な強さをチャンピオンは見せてくれました。そして今日は未来あるルーキーがチャンピオンの胸を借りられる唯一のチャンスの日であり、その名誉を与えられたのはデビュー以来新人では異例の全試合勝利という新人とは思えない実力を持つこのコンビ! ノースゲートよりの入場! ビキニングレジェンドテアと金色の暴風ミライ!」


 ビキニングレジェンド、少し長いが、それが司会がテアに付けた二つ名だ。


 セリーナ、マッドネスメイデンのコンビとの試合の時、未来の窮地を救う為にテアがフードを自ら取ってマスターリングの魔法を使うのを見た司会は、伝説の男の娘が新たな伝説を作る、そんな予感がして、テアの二つ名をこれに決めた。


 きっとこの先いつか新たな二つ名をテアに付ける日が来るだろうと司会は思っているが、今はこれでいいとも思っている。


 何故ならテアの伝説はまだ始まったばかりなのだから。

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