第8話 蘇るトラウマー1
張り手と張り手とがぶつかり合い、コロシアム内にパンッという乾いた音が響き渡る。
この張り手勝負を制したのは丸太並みに太い腕を持つ力士に似た体型の剣闘人形、レモスラではなく、細く美しい手の持ちぬしで見た目以上のパワーを持つ未来だった。
自慢の張り手を止められるどころか片腕を砕かれてしまったレモスラは、一度体勢を立て直す為に後ろへと飛ぶ。
だがテアからの支援でスピードが上がった未来がそれを許さず、距離を空けようと離れていくレモスラに向かって走りながら飛び、ドロップキックを繰り出す。
更にそこにスピードの変わりに今度は防御力をテアが上げたことで体の表面が固くなったことで未来のドロップきっは銃から発射され弾丸ような威力でレモスラの腹を貫き、倒れゆく相手と共に地面へと着地した。
そのまま動かなくなったレモスラを審判が試合続行不可能と判断し、試合終了を告げる為に太鼓を鳴らした。
「またしても剣闘人形ミライアンド剣闘士テアの勝利! 修理休場復帰からこれで4連勝目! ミライとテアの息が合い始めたこともあり今日も全く危なげない試合運びでした。 今のブロックでは正に敵無し状態と言えるでしょう。おっとミライどうしたんだ? ……どうやらレモスラの腹から足が抜けなくなったようですね。テアが近づいて、ミライの足を引っ張るが全く抜けない模様です。このコンビ、実力はあるのにどこか締まらないのは魅力と言うべきかしっかりしろと言うべきか評価がとても難しい」
試合終了の太鼓と共に沸き上がって歓声に答えていた未来だったのだが、勝利の喜びを分かち合おうとテアの元へ行く為にレモスラから足を引っこ抜こうとしたのだが、思った以上に深々と刺さってしまったせいで抜けずに動けなくなったのだ。
流石に決着が着いた相手を更に壊して無理やり足を抜くのは追い打ちを掛けるようで気が引けるし、かといって巨体のレモスラを引きづって行くのは未来のパワーをもってしても無理だ。
何とか抜こうと四苦八苦する未来だったが、結局どうしようもなくなって困っていたところに異常に気付いたテアが駆け寄ってきて事情を把握し、何とか引き抜こうと未来の足を引っ張るが、テアのプニプニの筋肉の無い腕では当然引き抜ける訳もなく、結局運営のスタッフにも手伝ってもらって何とか引き抜くことに成功した。
「いやあ焦ったわ今日は。まさか試合中じゃなくて試合が終わってから冷や汗かくとは思わなかったぜ」
テアの食事を眺めながら未来は今日の試合を思い出して笑う。
人形の体なので冷や汗などもちろんかく訳が無いのだが、未来の魂が人間時代の感覚を覚えているせいか、本当にかいた気がするのだ。
「本当ですよ。まさか私もあんなことになるなんて思わなかったからびっくりしましたよ。今度からミライさんが相手に刺さった時用に工具箱試合会場に持ち込んでおきますね」
同居を始めた頃は食事中に会話など当然なかったのだが、すっかり打ち解けた今では食事の度に笑いが生まれ、テアが冗談を言うまでになっていた。
未来の顔を見ながら笑うテアは、まるで母が生きていた頃の笑いが絶えない家に戻った気がして、とても幸せな気分に包まれる。
賑やかな食事が終わり、寝る支度を終えたテアは自分の部屋のベッドへと入る。
最近は未来と一緒にベッドに入って彼女に抱きしめられながら眠るのが当たり前になっていたのだが、今日は試合で敗れた衣装を直すのに未来が夜なべすると言うので1人で眠ることになった。
久しぶりに1人だと疲れている筈なのに中々寝付けず、テアは何となくここ最近の試合を思い返す。
セリーナに教えを乞うたおかげで魔力量が上がったことで、休場明けからの試合はテアも積極的に未来をサポートするようになった。
そのおかげでかは分からないが、未来が負傷することなく現在連勝中で、借金も確実に減っていた。
テア自身も心も体も調子が良く、未来と出会ったばかりの頃に比べると人が変わったように明るくなったし、笑うようになった。
おまけに最近は剣闘試合に出るのが楽しいと思えるようにもなり初めていた。
そもそもテアは小さい頃は父の試合を観に母とよくコロシアムに行っていたし、父に憧れて剣闘士を目指していたので、トラウマさえ無ければ本来は剣闘試合は大好きなのだ。
だからトラウマは鳴りを潜めている今は純粋な負の感情無しで剣闘試合を見ることが出来るうえに幼い頃憧れた剣闘士として試合に出れているのだから楽しいに決まっている。
「もっと強くなりたいな」
ふと心に思ったことを呟いただけなのに、強烈な恐怖がテアを襲った。
テアは思い出してしまったのだ。
剣闘士と人形師、その両方で頂点を目指した結果、狂っていた父のせいで生まれてしまった自分の中のトラウマを。
父のようには決してなりたくないと思い剣闘人形と剣闘試合に関わらないようにしていたのに、今では試合を楽しみ更にはより高みを目指そうとしている。
このままでは自分も父のように狂うのではないか。
心の奥底から蘇ってきたトラウマによって一気にテアの精神は瀕死の状態まで弱ってしまう。
何とか生き残っている自制心は早く眠って心を落ち着かせろ、一番眠れば気分も良くなると訴えかけてくるが、それ以上の大きな声でトラウマは不安と恐怖を叫び続ける。
心臓は早鐘をうち始め、精神は思考の迷宮に入りこんでしまい、寝ようとすればするだけ目が覚めていく。
もうこうなってしまって眠ることなど出来る筈もない。
こういう時は1人で悩むのは良くないのだが、トラウマのせいで再び未来の顔を見ることも出来なくなったテアは未来に助けを求めることも出来なくなり、一晩中眠ることが出来なかった。
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