第7話 修理と特訓‐7

 思ったよりも大きな音がしなかったシンバルに少し拍子抜けしながらも、未来はジリジリと距離を詰めてくるティタニアを観察する。


 未来よりも一回り体が小さいのにも関わらず腕と足は未来よりも太く、体中のあちこちにソリッドや開いて中から何かが飛び出し来そうな加工が見られる。


 どう見てもマッドネスメイデン以上にギミックが搭載されているであろうティタニアに未来が警戒していると、いきなりティタニアは身を低くしながら速度を上げて距離を詰めてきた。


 そのまま下からアッパーを繰り出してくるが、距離を詰め切る前に放ったその一撃はどうみても未来には当たる筈がない。


 それでも嫌な予感がした未来は大袈裟なほど体を仰け反らせながら避けると、ティタニアのアッパーを繰り出す腕のソリットからカマキリの手によく似た刃が飛び出し、未来の鼻先を掠める。


 テアからの緑の宝石の援護による速度上昇と仰け反った姿勢を利用して未来は素早くバク転をしてティタニアから距離を取って次の攻撃に備えた。


 辛うじて当たったという判定にはならず、開始1分で決着がつくというこの1週間は何だったんだ、という展開も避けることが出来た未来は改めてティタニアを観察し、刃が出ている方とは逆の手にも恐らくだが同じ仕掛けがあることに気づく。


 セリーナも未来の視線から気づかれたのを察し、出し惜しみすることなくもう片方の刃も出す。


「今のをよく避けたわね。でも次はどうかしら?」


 ティタニアは拳を作ると未来に照準を合わせるかのようのに構えた。


 次の瞬間、ロボットアニメでよく見る必殺技と同じく発射された拳が未来を襲う。


 寸でのところで横に飛び退いて躱すが、外れて地面にめり込んだ拳を見て未来は絶句しつつも、本で学習した成果を見せるためにこのギミックの弱点である、本体から伸びる拳回収用の太いワイヤーを踏みつける。


 未来が読んだ本の一冊に同じギミックを搭載した剣闘人形の記載があり、その剣闘人形はこうして拳を回収しようとしたタイミングでワイヤーを抑えられたことで逆に拳の方へと体が引き寄せられてしまい、そこを待ち構えていた相手の剣により斬首されて負けたと書かれていた。


 未来の記憶通りにティタニアも未来に抑えられたことで拳の方へと向かって体が地面を滑りながら引き寄せられてしまうが、セリーナはその勢いを利用してティタニアに足を上げさせ、足の指の間から刃を飛び出させる。


 足を振り上げてきた時点で何かあると踏んでいたワイヤーを離して未来は飛ぶ用意をしていたので難なく避けるが、ギミックの多さに辟易してきた。


「どんだけギミック仕込んでんだよ!」


 未来のボヤキにテアも同じことを思う。


 何故なら人形作りを学んでいたからこそ分かるのだが、あの大きいとはいえない体に搭載されているにしてはギミックの量が多すぎるのだ。


「あの剣闘人形、あれだけギミックを搭載してるのに運動性能が損なわれていないなんて凄い!」


「関心してる場合じゃねーぞテア! アイツまだ仕込んでるやがる!」


 未来の予測通りティタニアの種明かしは終わっておらず、今度は腹部が開いて見覚えのある鞭が飛んでくる。


 しかし流石に二度も見たギミックに不覚を取る未来ではない。


 喉元目掛けて飛んでくる鞭を素早くしゃがんで躱しながら距離を積める。


 刃のギミックで距離を空けるのが最適解と考えた未来だったが、遠距離用のギミックのせいでそれが正しいとも思えなくなってきたからだ。


 それに試合が始まってから何度もテアによる速度上昇のサポートを受けてきたが、視界の端に映ったテアは明らかに疲弊してきており、このままずっと一進一退の攻防を続ける訳にもいかない。


 だからこそ距離を詰めて一気に決着をつけようとしたのだが、それが不味かった。


 全身のギミックが隠れていそうな場所に気を取られていて未来は気づかなかったのだ。


 自分と同じく喋るだけならスピークの魔法で十分な筈なのに、腹話術の人形と同じようにティタニアの口がH型に加工されて動くようになっていたのかを。


 伸びた鞭を引っ張られて体勢を崩したティタニアの頭部に後少しで触れられるという瞬間、セリーナはとっておきの隠し球を発動させる。


 ティタニアの口が開き、勢い良く飛び出したネットが未来の顔に張り付き、ネットに付いている錘と勢いが合わさったせいで体勢後ろに崩してしまい、未来は後頭部を強かに打ち付けながら地面に倒れ込む。


「何だこれ取れねえ!」


 顔にネットが絡みついた未来がネットを取ろうと地面に横たわりながらもがいていると、セリーナのギミックが命中したと判定したメイドがシンバルを鳴らし、未来とテアの負けが確定した。


「ミライさん、大丈夫ですか!」


 魔力切れ寸前でフラフラしながら駆け寄ってきたテアに手伝ってもらいネットを外した未来に、セリーナが手を差し出してきた。


「ウフフフ、よく頑張ったじゃない。まさかネットまで使わされる羽目になるなんて思ってもみなかったわ」


 苦戦した風を装っているセリーナに助け起された未来は、悔しげにティタニアの開いたままの口を睨む。


「完成してコロシアムに出てきた時は覚えてやがれ!


 未来の負け犬の遠吠えを受けても、口は動いてもスピークがまだ搭載されていないティタニアは何も返すことが出来ないので、それが無視されたようで未来は余計に虚しくなるだけだった。


「落ち着きなさいな。勝敗はともかくとして2人とも悪く無かったわ。ギリギリ一人前と呼べるくらいには成長したようね」


「あ、ありがとうございます」


「コロシアムの試合じゃギリギリ一人前にもなってない相手に負けたんだなアンタ」


 律儀に頭を下げて礼を言うテアに比べて、ティタニアに負けたのが余程悔しいのか未来は憎まれ口を叩く。


「ウフフフフ、早くランキングを上げて私のいるグループに来なさいな。何度だってギリギリ一人前だってことを教えてア、ゲ、ル」


 キスしそうなくらいの距離で火花を散らす未来とセリーナの間にテアとメイドが割って入り、引き離す。


 引き離されて少し落ち着いたセリーナは、思い出したかのようにテアが訓練で使っていたライターをテアに渡す。


「それ、安物だからあげるわ。貴女まだまだ伸びしろがあるんだからこれからも毎日訓練続けなさい」


 ようやく解放されると思っていたテアはライターを嫌々ながらポケットに収める。


 別に今までのように見られてやるわけではないのでサボったところで問題は無いのだが、生真面目なテアはこれからも毎日続けることだろう。


「それじゃあそろそろ帰りなさい。私も暇じゃないんだから」


 メイドとセリーナに見送られながらテアと未来は屋敷を後にする。


 行きは上機嫌だった2人は、試合の疲労と負けた悔しさを引きづりながらトボトボと家路に着くのだった。



「ようやく終わりましたね、ご主人様」


 客人が帰ったことで素に戻ったメイドが、ジト目でセリーナを見る。


「あらあら、貴女ったらあの子たちに嫉妬してたの。可愛いわね」


「そ、そんなんじゃないです! 掃除があるのでお先に失礼します」


 セリーナにからかわれて顔を真っ赤にしたメイドは、拗ねてしまったのか主を放って先に屋敷へと戻ってしまう。


「ウフフフ、流石にこの1週間は色々と我慢させちゃったし今日はいっぱい可愛がってあげるしましょうかね」


 どうやってメイドの機嫌を取ろうかと考えながらセリーナは寝不足を覚悟しながら屋敷へと戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る