第7話 修理と特訓‐3

「それじゃまず手を外しますね」


 作業台に寝かされた未来の球体状の手首の関節の隙間から、専用の工具を突っ込んだテアは内部の固定具と疑似神経フェイクナーブを器用に外していき、少し苦戦した箇所もありつつもなんとかテアは大穴が空いた手を外すことに成功した。


 未来は腕を上げて外されてしまったことで手首から先が無くなったことを興味深そうに見る。


「ミライさん、痛かったりしませんでしたか?」


 それは外す途中に聞くべきことだろうと少し天然なテアに心の中で未来は突っ込みを入れ、そんなところもまた可愛いと思いながら、多少なんともいえない感覚があったものの問題ないことを伝える。


「じゃあ次は新しい手を繋いでいきますね」


「頼むから左右付け間違えないでくれよ」


「そんな初歩的な間違い、するわけないじゃないですか」


 右手から付ける予定だったのに左手を持っていたテアがこっそりと右手に持ち替えたのを未来は見逃さなかった。


 テアも未来の視線で間違えていたのがバレたのに気付いたが、そ知らぬふりをして疑似神経から繋いでいく。


 疑似神経フェイクナーブはギュロスオイル同様に錬金術で作られた自動人形用の人間でいうところの神経にあたる電気ケーブルに似たパーツだ。


 人間が脳からの指令を神経を通して全身に伝えるのを真似した仕組みで、こちらの場合は脳ではなく疑似魂フェイクソウルからの命令を全身に伝えている。


「今小指を繋いだんで動かしてみてください」


 テアに促されて未来が小指を動かしてみるときちんと疑似神経に接続されているようで思い通りに動き、曲げては伸ばしてを何度か繰り返してみても以上は無かった。


 同じような要領で指を一本繋ぐ毎に接続に不備が無いかを動かして確認し、時間を掛けて残りの4本の指を繋ぎ終えたテアの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。


「テア、少し休んだらどうだ。別に俺の手は逃げないんだから急いでやらなくてもいいんだし」


「いえ、大丈夫です。こういうのって一気にやらないと絶対何か見落とすんですよ」


 服の裾で汗を拭ったテアは疑似神経が絡まない様に手首の中へと収めると、手を嵌め込み、外した時と同じ様に隙間に工具を突っ込んで固定していく。


 真剣なテアを見て流石に喋りかけてはいけないと思った未来は手持ち無沙汰になってしまい、ただただ天井板の節目と染みの数を数えて暇をつぶした。


 この時ばかりは眠ることの出来ない体が恨めしかった。


 途中何度もいくつまで数えたか分からなくなって最初からを繰り返したおかげで案外夢中になって数えていた未来は、目の前で手を振ってくるまでテアに呼びかけられていることに気づかなかった。


「うお! びっくりした。なんだテア、どうかしたのか」


「びっくりしたのはこっちですよ。とりあえず右手が終わったから動作確認してもらおうと思って声を掛けてたの全然反応してくれないから間違ったとこを弄ってミライさんが壊れちゃったかもって思ったんですからね」


 プリプリ怒るテアに詫びながら未来が手を動かしてみると穴が開く前同様に自由自在に動かすことが出来、動作には何の問題も無かった。


「バッチリ直ってる! これでまた試合で思いっきりぶん殴れるな。テア、ありがとな。お礼に厚焼きのホットケーキに蜂蜜をたっぷりかけたの作ってやるよ」


 未来は上機嫌で作業台から立ち上がろうとしたのだが、口から涎が出ているテアに押し留められて作業台に寝かし直される。


「ミライさん落ち着いてください。ホットケーキは食べたいですけど右手が終わっただけで左手は、まだ終わってないんですから」


 テアに言われて思い出した未来が左手を目の上に持ってくると、ぽっかりと空いた穴からさっきまでずっと見ていた天井がよく見えた。


「……テア、終わったらシフォンケーキも焼いてやるな」


 ただ作業台に寝ているしかない未来は罪悪感を覚えつつ、手が直ったらしばらく食事にはテアの好物を作ってやろうと思いながら天井板の節目と染みを数える作業を再開した。


「今日はここまでですね」


 朝早くから始まった未来の両手の交換が終わる頃には日が暮れ始めており、結局体に空いた穴の修理は翌日に持ち越しとなった。


 床ずれしそうな程寝ていた作業台から立ち上がった未来は、交換が済んだ手を握っては開いてを繰り返して、テアの頑張りを確かめる。


「よっし手も直ったらことだし早速飯の支度してくるわ」


 テアが作業しやすいようにと脱いでいたメイド服を着た未来は工房を出るとドタドタと階段を降りていった。


 神経を使う作業を1日中していたせいで動かすと恐ろしい音がする肩を労わりながらテアは道具を片づけ始める。


 本当は明日も作業するのだしそのままでも良かったのだが、テアには母に教え込まれたせいで使ったものは片づける癖が付いているから仕方がない。


 ときどき立ちっぱなしだったこともあって痛む腰を摩りながら片づけを終えたテアが1階に降りていくと、そこには天国が広がっていた。


 張り切り過ぎた未来が大量のテアの好物をテーブルの上に用意して待ち構えていたのだ。


「ちょっと作り過ぎたけど育ち盛りだしいけるだろ。昼食ってないから腹減ってんだろうし」


 作業に夢中で昼食を食べていなかったテアの腹の虫が猛獣の唸り声のような声を上げた。


 おかげで空腹だったことを思い出したテアは一目散に席に着くと目の前のご馳走たちを次々と口に運んでいく。


「おいおい、ゆっくり食えよ。誰も取らないんだから」


 慌てて食べたせいで汚れたテアの口を未来がハンカチで拭ってやる。


 料理を用意した身としては嬉しい限りだが、ここまで空腹になるまで自分の修理をさせてしまったことを未来は後悔する。


 そもそも今回の負傷の原因を未来は自分の身体能力に頼り切った戦い方がいけなかったと考えていた。


 憧れていた強い体を手に入れたうえに理想的なシチュエーションで戦うことまで出来た。


 そこに連戦連勝していたことで未来の心に隙が出来ていたせいで剣闘人形にはギミックが仕込まれている可能性があること知っていたのにも関わらず無警戒で殴り続けた。


 はっきり言ってしまえば未来は調子に乗っていたのだ。


 そして案の定マッドネスメイデンのギミックに足元を掬われてしまった。


 テアからのサポートが無ければ確実に体中に手のひら同様に大きな穴を空けられ、無残な姿になって負けていただろう。


 テアを支えてやるつもりが逆に支えられてしまっては未来の面目は丸つぶれだ。


 そんなことを考えながら食事の後片付けを終えた未来がお茶でも入れてやろうかとテアを見ると、テアは机に突っ伏して眠っていた。


 どうやら疲労と満腹のダブルパンチに屈してしまったらしい。


「おいおい、甘いもん食いまくったんだから歯磨きしないと虫歯になっちまうぞ」


 枕にした腕と頭に挟まれたせいで押し潰されてムニっとなっている頬を突いてみるがテアの深い眠りが覚めることは無かった。


 仕方なく未来はテアを椅子から抱きかかえて寝室に運ぶとベッドに寝かせてやる。


 それでも起きないテアに少しイタズラしたくなった未来は、メイド服を脱いでベッドに潜り込むと翌朝テアが目覚めるまで寝顔を延々と見続けるのであった。


「おはようテア。昨夜は、激しかったね」


 昨日食事を終えた後の記憶がないテアは服を着ていない未来が何故自分のベッドに居るのか理解できなかった。


「え、あの、私昨日何かしましたっけ?」


「酷い! あれだけ愛し合ったのに忘れたの!」


 ヒステリックに叫びながらしおらしく布団で自分の体を隠す未来に、以前読んだ大人向けの恋愛小説の濡れ場を連想したテアは顔真っ赤にしてベッドから飛び起きる。


「え? え? 嘘ですよね、まさか私大人の階段上ったんですか!」


 慌てふためくテアに我慢の限界を迎えた未来は大声で笑い出す。


「落ち着けって、冗談だよ冗談。昨日お前飯食った後そのままテーブルで寝ちまってたから何にも無かったよ」


 未来の質の悪いイタズラに怒ったテアは枕で未来を叩き始める。


 そんな二人の様子は傍から見ると仲睦まじい姉妹のように見え、人によってはイチャつくカップルに見えたかもしれない。

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