第7話 修理と特訓‐4

 朝から未来の悪質なイタズラで騒いだのが効いたのか、いつもなら目覚めてベッドから抜け出すのにかなり時間のかかるテアが今日はすんなりと起きることが出来た。


 イタズラのお詫びにと未来が作った少し豪華な朝食を食べ終えたテアは未来と共に工房に行き、昨日の作業の続きを始める。


 ダメージが大きいせいで丸ごと交換という一番手のかかる手の交換は終わっているので今日は体に空いた穴の方を修理する予定だ。


 修理と言っても穴を何かで補修するのではなく、手の交換と同じように未来の体の外装パーツを外して新しいものに交換するだけで、手の交換と違い、疑似神経の接続などといった面倒なことをしなくていいのでそんなに時間がかかる作業ではない。


「ミライさん、一応お顔にタオル掛けときますね」


 テアに顔にタオル掛けられた未来は、作業台で寝ているのも相まって散髪屋で顔そりをされるのを待つおじさんみたくなってしまう。


「何で顔にタオル掛けるんだ? 暇つぶしに天井の節目と染み数えられないじゃんか。今日こそ数え切ってやろうと思ってたのに」


 昨日は結局一度も数え切ることが出来なかった未来はそのことが何故か悔しく、今日はリベンジする気満々だったのだ。


「だって人間で言えば内臓丸出しになっているのと同じ状態になるんですから見ててあんまり気持ちのいいものじゃないかな、と思って」


 確かに今からすることを人間でやったらどうなるかと考えた未来は、かなりスプラッタな様を想像してしまい、ゾッとした。


 なので未来はテアの気遣いをありがたく受け取る事にして、タオルを顔に駆けたままにすることにした。


 途中テアは何度か体に違和感が無いか未来に聞きながら作業を進め、昼前には最後に残っていた背中の部分の交換を終えた。


「あら、昼間からお尻丸出しでお盛んなことね。最近妙に仲が良さげだったけど遂にそういう仲になったワケ?」


「今日はもうそういうのお腹いっぱいなんですけど。ミライさんの体を直してただけです」


 作業に夢中で工房に入ってきたことに気づかなかったジェシカにからかわれてテアは渋い顔をする。


 想像していたのと違う反応に面白くないジェシカは腹いせにパーツの交換が終わったお陰で綺麗になった未来の張りのあるヒップを叩く。


「おい! 何勝手に人のケツ叩いてんだよ! 金取るぞ!」


 作業台から起き上がってよく吼える子犬みたくキャンキャン言いながら絡んでくる未来を適当にあしらったジェシカは、訪ねてきた理由をテアに伝える。


「テア、貴女から頼まれてた件だけどちょうどいい相手が見つかったわよ。今日から早速相手してくれるらしいけどどうする?」


「ありがとうございます。ミライさんさえよければ今日からでお願いします」


 自分が預かり知らぬ話が勝手に進んでいくことに退屈した未来は、テアを腕の中にすっぽりと収めると撫で始める。


「なあ、何の話だ? 相手がどうとか俺がさえいよければとか……まさかを負けかけた俺を首にして新しい剣闘人形とコンビ組む気なのか!」


 勝手に勘違いした未来はテアから離れてなるものかとテアが痛がるほど抱きしめる。


「ちょっと落ち着いてくださいミライさん! そういうんじゃなくて私に剣闘士としての技術を教えてくれる人を探して貰ってたんです! いつまでもミライさんにばかり負担を掛けてばかりいられませんから!」


 テアの思いを聞いて未来は感動してまた流せぬ涙を流す。


 引っ込み思案で剣闘試合にトラウマのあるテアが自ら人に頼みごとをして剣闘試合に向き合おうとしている。


 しかもそれが自分を思っての行動だと言われてしまえば、テアを溺愛する未来の無い筈の涙腺が崩壊しても仕方ないことだ。


 感情が急降下からの急上昇を起こした未来は結局テアを離さずに自分の頬をテアの頬にこすりつけて嬉しさを表現するという奇行に走る。


 テアも猫なで声で自分の名前を呼びながら頬ずりしてくる未来をどうしていいか分からず、目の前で呆れ顔のジェシカに目で助けを求めるが、付き合いきれないとばかりに顔を逸らされてしまった。


「とりあえず今日の午後ならいつでも訪ねていいて先方は言ってるから好きに為さいな。住所はこれに書いてあるから」


 そう言って大胆に空いたドレスの胸元から取り出したメモをテアに渡すとジェシカは帰っていった。


「本当に胸の谷間からなんか出す人間っているんだな」


「ママもあれくらい大きかったんですけど、私もあんなこと出来るくらい大きくなるんでしょうか」


 自分の小ぶりな胸を触りながらため息を吐くテアに、未来は大きくても小さくても俺は好きだと少しズレたフォローをする。


 ジェシカの行動に呆気に取られたせいで落ち着きを取り戻した二人は、ジェシカが置いていったメモを見る。


 しかしメモには本当に住所しか書いておらず、テアの指導をかってでてくれた人物の名は書いていなかった。


「この住所だと昔の貴族たちのお屋敷があったあたりですね」


 革命で王家が転覆した時に、汚職まみれだった貴族たちからは逮捕者が相次ぎ、次々に没落していった。


 逮捕されなかった貴族たちも市民からの弾圧を恐れて殆どが国外へと亡命し、その影響で貴族たちの屋敷が集中していた街の一角は貴族たちが屋敷を手放したせいでゴーストタウン状態になってしまったのだ。


 だが今では富裕層が屋敷を買い取り生活するようなったおかげで活気が戻り、高級住宅街へと姿を変えている。


「まあ誰が教えてくれるのかは行けば分かるだろ。もう俺の修理は終わったんだし早速行こうぜ。俺だって色々勉強したいしさ」


 この時の2人はまだ知る由も無かった。


 テアの決意が地獄を呼び寄せる事態になるということを

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