第3話 コロシアム‐4

 大通りを歩く人々の視線が、裏社会で有名な女ボスとそのボディガード、靴どころか服も着ていない裸の自動人形オートドールに背負われた入院着を着た少女という異質な集団に集まる。


 ジェシカはいつものことらしく慣れているようで涼しい顔をし、未来も気にしていないのか平然と歩みを進めている。


 しかし引っ込み思案のテアには耐え切れない恥ずかしさらしく、未来の艶やかな金髪の中に顔を埋めて少しでも自分を隠そうとする。


「大丈夫か? しんどいのか? 傷が痛いのか?」


 心配そうに声を掛けてくる未来にテアは複雑な感情を抱く。


 見た目だけではなく声まで母親と一緒で、背負われている感覚まで同じなのだから仕方がない。


「大、丈夫です。ありがとうございます」


 捻り出すように気遣ってくれた未来に礼を言ったテアは、退院前に飲まされた痛み止めのせいか睡魔に襲われそのまま未来の背中で寝息を立て始めた。


「可愛いなあ。こんなに可愛く幼気な女の子を医者に金を握らせてまで無理矢理退院させるお前は外道だな」


可愛い寝顔の少女を背負いながら息も切らさずに歩ける体に感謝しながら未来は、完全に敵と判定したジェシカを睨む。


「そんなの言われ慣れてるわよ。しょうがないでしょ、貴女が唯一お金を手にできる仕事にはその子も必要なのよ」


 一体何をさせられるのか若干不安になり始め、詳しく話すようにとっちめてやろうかと未来が先を歩くジェシカを呼び止めようとしたが、行動に移すよりも早くジェシカが歩みを止めて目の前の大きな古代の野球場とでも例えられそうな巨大な石で出来た建物を指さす。


「着いたわ。貴女には早速ここで戦ってもらうわよ」


「……ハアアアアアアア⁉」


 未来は開かないはずの口の顎が外れた錯覚するほどの驚愕の叫びを上げた。


 ジェシカが未来たちを連れてきたのはこの国の暗い過去の象徴でありながら、今や国の経済を支える重要な施設となった場所、コロシアムだ。


 旧王国時代、このコロシアムでは貴族や富裕層向けの娯楽として奴隷たちを剣闘士として戦わせる剣闘試合による賭博が連日開かれていた。


 しかし革命時に全ての奴隷が解放され、試合が行われなくなったコロシアムは存在自体が国民や奴隷たちから旧王国時代を思い出す負の遺産としか見られなくなり、取り壊しを望む声が多く上がった。


 だが新しくできた政府はコロシアムの取り壊しどころか剣闘試合を再開さることを発表したのだ。


 その背景には、王族の放蕩生活のせいで国庫にまともに備蓄が無かった上に革命の混乱で税収が著しく低下したのが重なったことで国家運営に必要な資金が足りず、早急に税収とは別の収入源が必要になった新政府の懐事情があった。


 旧王国時代には他国からの見物客が来るほどに剣闘試合は人気があり、人の多く集まるおかげで莫大な経済効果を上げていた実績があるうえに、コロシアムという必要な施設もいつでも使える状況にあったので、元手を殆んどかけずに稼げると切羽詰まった新政府は考えて国民からの非難を覚悟で剣闘試合の復活を決定したのだ。


 しかし国民感情以外にも剣闘試合の再開には大きな壁が立ちふさがった。


 場所があっても剣闘士たる奴隷は全て解放されているので、戦う者が誰もいないのである。


 そもそも人間や生き物を同士を戦わせれば、やっていることは旧王国の支配者たちと同じになり、国民感情が爆発して再度革命が起こる可能性もあり、それだけは新政府も避けたかった。


 そこで新政府が目を付けたのが奴隷に変わる労働力として国内で流行し始めていた自動人形だった。


 こうして自動人形を使って復活した剣闘試合は、最初の頃は批判も多く廃止することを望む声が多かった。


 しかし人間とは罪なもので、国民達が段々と自分たちの暮らしが豊かになるのに一役買う存在だと気付き始めたことで廃止派は徐々にいなくなり、それどころか試合に勝利することで得られる名声や賞金での一攫千金を夢見て剣闘試合用の自動人形、剣闘人形グラディドールと呼ばれる自動人形を作る者まで現れるようになり、現在では剣闘試合による興行収入と観光業が国の経済を支えていると言えるほどにビジネスとして成長したのだ。


「つまり貴女がここでの試合に連戦連勝すればマリオンの残した借金なんて直ぐに返せるってワケ」


 コロシアムについて簡単に説明された未来は少し興奮していた。


 何せ彼女の愛読書の中には超人的な身体能力や特殊能力を持つ者たちが世界の命運を掛けて戦ったり、格闘家たちが裏の試合で命がけで己がプライドを賭けて戦う漫画が多数あり、いつか自分もそんな戦いをしてみたいと夢見ていたからだ。


 とはいえ、そんなシチュエーションに憧れてずっと脳内のシミュレーションでは何千回と戦ったことは有れど、実戦経験どころか喧嘩の経験も全くない未来は、勝つことが出来るのかという不安もあり、つい負けたらどうなるかと弱気な発言をジェシカにしてしまう。


「心配ないわ、貴女が壊れてテアの借金返済が滞るだけで何かペナルティがある訳じゃないわ」


 人形の体が壊れればどうなるか分からないのだから二度目の死を体験する可能性もあると思うと、未来はもうかけない冷や汗が背中を伝った気がした。


「結局それって負けられねえってことじゃねえか」


「フフフ、そういうことになるわね。でも安心なさいな。貴女がさっき病院でのした私の部下、元ここの剣闘奴隷でそれなりに強かったのよ」


 嘘か真か分からないジェシカの言葉だったが、単純な性格の未来はあっさりと自信を取り戻し、鳴らない指鳴らすようにしながら拳を作る。


 こうして自信を取り戻した未来をある疑問が襲う。


「俺が戦うだけなら別にテアは必要ないだろ。何でわざわざ連れてきたんだ?」


「それは、この指輪のせいなんです」


 いつの間にか起きていたテアが、未来の首に回していた手を視界に入るように動かし、説明を始めた。


 そもそもテアが嵌めている指輪、マスターリングは自動人形オートドールの所有権を示す為の物だ。


 だが、剣闘人形グラディドール用のマスターリングにはそれ以外の機能が搭載されている。


 それは指輪に嵌ってる赤、青、緑、黄色の宝石に仕込まれた色毎に違う効果がある剣闘人形を強化する魔法式スペルコードだ。


 赤には攻撃力、人間で言うところの筋力を上げる魔法、青には人形の表面を強化して防御力を上げる魔法、緑には駆動系を強化することでスピードを上げることが出来る魔法、そして黄色には人形に仕込まれた様々な魔法や武装をなどのギミックを起動させる魔法式スペルコードが仕込まれており、剣闘士は試合の流れに応じてそれぞれの魔法式を起動することで剣闘人形の能力を底上げしたりギミックを発動させて試合の流れを変えたり、逆に一気に決着を付けるのに利用する。


 身もふたもない事を言ってしまえばゲームのコントローラーみたいなものだ。


 ゲーム性を考慮して、剣闘試合出る剣闘人形と人形の主人、剣闘士と呼ばれる人間にはその機能の搭載が義務付けられている。

 

「どういう訳かその子の指から指輪が外れないから連れてくるしか無かったの。いくら私でも死にかけた子を意味も無く病院から連れ出したりはしないわ。死んだら損しかないんだから」


 テアのことを気遣っているのかいないのか分からないセリフに少し引きながらも、背中に背負う少女を自分の軽率な発言で巻き込んでしまったことに未来は罪悪感を覚える。


「会長、出場登録出来ました。ちょうど次の試合に出る予定だった剣闘人形が不調で棄権したらしく代役を探していたようなのでねじ込みました」


 未来が黙ったことで途切れた会話を繋ぐ様に、大男が未来とジェシカの間に入ってくる。


 どうやら話し込んでいる間にいなくなっていた大男は、未来とテアの選手登録に行っていたようだ。


「おい、誰も出るとは言ってないぞ! 出るとしてもせめてテアがもう少し回復してからに……」


「すいません! 剣闘人形ミライと剣闘士のテアさんはどちらですか!」


 コロシアムから走ってきた女性に、ジェシカが手を振って居場所を伝える。


「試合会場の準備が整いましたので入場をお願いします。対戦相手の方はもうお待ちですので急いでください」


 コロシアムのスタッフらしい女性に急かされて考える間もなくスタッフ用の入り口から試合会場へとつながる入場口に案内され、今更断ることが出来ない雰囲気になってしまう。


「いいミライ、試合会場に入場したら白いサークルがあるからそこにテアを下ろしなさい。後は中央で対戦相手の剣闘人形が待ってるから貴女も行きなさい」


「いやルールも何も聞いてないんだぞ!」


「とにかく相手を戦闘不能にすればいいの! ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行きなさい!」


 入場口でごねる未来をジェシカが蹴りだし、前のめりになりながら入場した未来は観客の声援に包まれた。

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