第3話 コロシアム‐3

 可愛い、それが自分が助けたテアと呼ばれる少女への未来の感想だった。


 昨夜は暗かった上に少女を救うのに必死で気が付かなかったが、猫の様にやわらかで少し癖のある茶色の髪、あどけなさがありながらも大人になれば誰もが振り向くこと間違いなしの美人になると確信させる顔立ち。


 テアという少女は、三度の飯より可愛い女の子が大好きな未来の好みドンピシャストライクの少女だったのだ。


 そんな可愛い少女の頭を撫でたいと思っていたら思わず手が出てしまった。


「うわああああああああああああん!」


 堰を切ったように泣き出したテアに、未来は痛がっているのかと思い撫でるのを止めようとしたが、泣き顔を見て違うと思い直す。


 テアの顔は入院している時によく見た、親と中々会えなかったり手術が怖かったりと、色々な理由で溜まりに溜まった感情がが爆発した子供の泣き顔と同じだったからだ。


 だから未来は撫でるのを止める代わりにテアを抱きしめた。


 長い入院生活で、いつの間にか入院している子供たちのお姉さん代わりになっていた未来はテアと同じように泣く子供によくこうしてあげていたのだ。


「それでよう、そもそもなんでこんな可愛い女の子を虐めてたんだオバさん。ことと次第によっちゃあそこで伸びてる野郎と仲良くお寝んねしてもらうぞ」


 自分の胸で泣く少女を落ち着かせるように頭を撫でつつ、事情を知る為にジェシカに未来は質問したかっただけなのだが、抑えきれない怒りが漏れ出たせいでつい脅し口調になってしまう。


「落ち着いてちょうだい、ちゃんと説明するから」


 ジェシカから事情を聴いた未来はこの時ばかりは涙の流さない人形の体になったことを感謝した。


 家族との死別、更には父親が残した借金を背負わされて男性相手の裏仕事に無理やり就かされる。


 聞いているだけで、涙を流せた人間時代ならば少女に対するあまりの不幸と仕打ちに情に厚い未来は間違いなく号泣していた。


 慰める側まで泣いていては余計にテアを泣かせてしまうかも知れなかったのだから本当に良かったと未来は思った。

 

 それでも堪え切れないものがあった未来が泣く変わりに天を仰いでいると、ジェシカの話の間に泣き止んだテアが胸から顔を上げたものの直ぐにそっぽを向きながら質問を投げかけてきた。


「……あの、私も一ついいですか? あなたは一体何なんですか?」


「私にも教えなさいよ。貴女みたいな自動人形聞いたことないわ」


 何と問われても未来自身も現場がよく分かっていないので答えようが無かった。


 病気が悪化して死んで目覚めて見たら人形の体になっていたなど、誰が聞いても嘘か戯言の類と思うのが関の山で、自分でそうなった原因が分からないのだから上手く説明できる自信も無い。


 かと言って適当に嘘で誤魔化そうにも未来は性格的に昔から嘘を付くのが下手でいつも直ぐにバレてしまうし、テアを騙すのは気が引ける。


 別に年増のケバいオバさんに嘘をつくのは一切気が引けないが、この際自分に何が起きたか知る為のヒントの一つも得られるかも知れないと考えた未来は正直に全てを話すことにした。


「信じてもらえないかも知れないが、俺がこれから言うことは嘘偽りない本当のことだ」


 そう切り出しながら、未来は自分の身に起きたことを洗いざらい全て二人に話す。


「ニホンなんて国知らないわね。それに死者の魂が蘇って人形に取り憑くなんて子供騙しの怪談でぐらいしか聞いたことないわよ」


 案の定この人形は何を言っているんだと呆れ顔をするジェシカには端から期待していなかったので無視して、考え込むテアが何か答えを出してくれるのに期待して可愛い顔を見つめながら待つ。


「私もニホンて国、知らないです。それに、人形の体に貴女の魂が宿ったなんてことも聞いたことないですし、原因も分からないです」


 テアの答えに少しがっかりしながらもまあ可愛いし良いか、と思い直した未来はこれからどうするかを考える。


 今、未来はこの世界では人間では無く物として扱われる存在であり、このままでは借金の形としてどこに売り飛ばされるか分かったものでは無い状況だ。


 そんなのは人間ならば誰であっても嫌であるし、テアのことも何とかしてあげたいと未来は思った。


 ならば選ぶべき道は一つと確信した未来は、ずっと抱きしめていたテアから離れるとジェシカに向き直る。


「俺は体は人形でも魂は人間だ。だから何処ぞに売り飛ばされるなんてのは御免被る」


 未来に恐怖心を覚えながらもジェシカは、金の話になると察して腰に手を当てて毅然として態度で未来を睨みつける。


 未来も動かない瞳で気持ちだけでも睨み返すと、ジェシカに指を突きつけ言い放つ。


「テアの親父が残した借金、俺が全額働いて返済してやる! だからこの子から取り上げた物全部返してやれ!」


 未来としては精一杯格好つけて言ったつもりなのだがジェシカは腹を抱えて爆笑し、テアは何が何やら分かっていないのかポカンとしている始末だ。


 想定とは違う二人の反応に、血が通っていれば顔が真っ赤になっているところだった未来の肩に手を置いて、笑いすぎて出た涙を拭いながらジェシカが提案をしてきた。


「フフフ、貴女のこと気に入ったわ。どうせ貴女みたいなおかしな自動人形を欲しがる人間もいないだろうし、ウチとしては貸したお金が利子も含めて回収できるならそれでいいしね。でもどうやって稼ぐ気なの? この国じゃ誰も人形に給料なんて払わないわよ」


 確かに本来なら物として売り買いされている存在にわざわざ給料を払う人間はいないだろう。


 そもそも未来はこの世界ではかなり異質の存在なのだから雇ってもらえる場所があるかどうかも怪しい。


 勢いだけで啖呵を切った未来はそこまで考えておらず、頭を抱えて唸る。


「やっぱりノープランなのね。しょうがないから私が世話してあげるわ。貴女の腕っぷしを活かせるいい仕事があるから。でもその前に……」


 そう言いながらジェシカは、いつの間にか復活していた大男をテアの退院許可を出すように医者の元へと行くよう指示を出すだし、二人を街へと連れ出す準備をしだす。


 ちょうど医者が病室の外に居たのか許可を出す、出さないで揉める声がしたが、ジャラ、という小さな金属同士がぶつかる音共に決着がついたらしく大男が退院許可と一緒に病室に戻ってきた。


「じゃあ行きましょうか。ミライ、貴女テアを背負ってあげなさい。痛み止めのせいで真面に歩けないだろうから」


 大怪我をしている少女を病院から連れ出すなどおかしいと未来は思いながらも、怪しい取引があったようだが一応は医者が許可を出したのだから大丈夫だろうと自分に言い聞かせてテアに背中を向ける。


 ここでまた言い争ったところで事態が好転するわけでは無いと判断したからだ。


 テアも自分が逆らえる立場に無いと思い、素直に未来の背中に乗るのだった。

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