第3話 コロシアム‐5

 

「剣闘人形ミライアンド剣闘士テア、ようやくの入場です! ミライ、よろけているようだが大丈夫か! 剣闘士のテアも調子が悪そう、というより病院から抜け出したような格好だがこちらも大丈夫か?」


 見た目の美しさと精巧な出来から一流の職人の作品だと一目で分かる裸の剣闘人形に背負われて入院着の少女が入場してきたことで観客たちが騒めく。


 今まで目立とうと奇抜な入場をする剣闘士と剣闘人形は数多いたが、それに比べてもあまりに異質な入場だったからだ。


 未来はシールドサークルと呼ばれる、剣闘人形同士の激しい試合の余波で剣闘士に危険が及ばぬように防御結界の魔法式スペルコードが施されたサークル内に背負っていたテアをゆっくりと座らせる。


「とりあえずお前は何もしなくていいからここでゆっくりしててくれ。さっさと終わらせてくるから」


 安心させるように俯くテアの頭を撫でた未来は試合会場中央へと一歩ずつ、改めて自分の体の感覚を確かめるように歩いていく。


「では改めて、本日の第三試合のカードを紹介します! サウスゲートよりの入場、初戦より現在3連勝中の期待の新人、剣闘人形スライサーアンド剣闘士トット!」


 試合の進行を務めるコロシアムの名物司会の紹介で盛り上がった会場からの声援に、全身にジャラジャラと大量のアクセサリーを付け、見ていると目がチカチカしてくる原色の色を使ったまだら模様の服を着た若い男が答える。


 それに合わせて剣闘士同様にド派手な赤を基調にしたピエロのような服を着せられ、両腕が刃になっている以外は標準的な人型タイプのアフロヘアーの剣闘人形も剣をすり合わせ、耳障りな音を立て未来に腕を見せつけてくる。


「続いてはこちらも新人! ノースゲートから入場したのはかつてこの闘技場で前人未到の100連勝を成し遂げ、圧倒的な強さでチャンピオンとなった伝説の男マリオン! 彼の愛娘が遺作と共に剣闘試合に参戦! 剣闘人形ミライアンドテア!」


 未来とテアの紹介にコロシアム中にどよめきが広まる。


 それだけマリオンの名前は剣闘界では有名で、否応にも会場内の注目は全て未来とテアに集まってしまう。


 人見知りで引っ込み思案のテアにとっては地獄のような状況で、羞恥のあまり大量の血が体から失われたとは思えない程顔が真っ赤になる。


 未来の方も何故こんなに自分たちに注目が集まっているのか分からず、戸惑いながらとりあえず手を振ってみることしか出来ない。


 そんな2人に対戦相手であるトットは猛烈に腹を立てていた。


「俺より目立ちやがって! 伝説の男のガキだろうが遺作だろうが知ったっちゃねえ! ぶっ潰してやる!」


 トットという男はそれなりに裕福な家の生まれで、小さい頃から何不自由なく甘やかされて育てられてきた。


 おかげで自己中心的で我が儘な性格に育った彼には二つの好きなことがある。


 一つは自分よりも弱いものを虐めて悦に浸ること。


 もう一つは誰よりも目立つこと。


 彼はその両方が同時に楽しむことが出来るから、という理由で剣闘試合に出場しており、自分に集まっていた会場内の注目を全て未来とテアに奪われたのが面白くないのだ。


「おい司会! ぐだぐだ御託はいい! さっさと試合を始めやがれ!」


 口から唾を飛ばしながら怒鳴るトットに司会は一瞬怒りの表情を浮かべるが、流石はエンターテイメント業で稼いでいるプロ、直ぐに笑顔に切り替えて試合の進行に戻る。


「どうやら血気盛んなトットは気持ちを抑えきれない様子。会場の皆様も同じでしょうし彼の希望通り試合を始めましょう!」


 司会が審判席に合図を送ると、審判は試合開始を告げる為に背後にある大きな太鼓が鳴らす。


「スライサー! 二度と治せないくらいに切り裂いてやれ!」


 トットの指示を受けたスライサーは両手を大きく振り上げるとバツ印を描くように未来へと刃のついた腕を振り下ろして切りかかる。


 赤の宝石の魔法式で強化されたスライサーが放つ強力な斬撃で今までの試合を全て一撃で決めてきたトットは、今回もこれで勝敗が決まったと確信した。


 だが、彼の予想は裏切られ、未来の体は切り裂かれるどころかスライサーの刃が届きすらしていなかった。


「そんな大振り、止めるのなんざ簡単なんだよ!」


 未来はスライサーの肘から下の刃になっていない部分を下から支えるように掴んでスライサーの攻撃を止めたのだ。


 必殺の一撃を止めれたトットは、狼狽える。


 金に物を言わせて作ったスライサーは並の剣闘人形では太刀打ち出来ないスペックを誇り、そのスペック任せの一撃で今までの試合を勝ってきた彼は、必殺の一撃を止められた後の試合展開を全く考えていなかったからだ。


 焦った彼はとにかく力で押し切ろうと更に赤の宝石に魔力を流して強化魔法を強めてスライサーのパワーを上げるが、押し切るどころか逆に未来の力に敵わず、スライサーの腕が徐々に上へと上げられていく。


「ど、どうってるんだ! 華奢な体のくせになんてパワーだ! あのガキどんだけ魔力流してるんだ!」


 マスターであるテアが未来のパワーを自分以上に魔法式に魔力を流して強化していると思い込んだトットが人形同士の力比べ越しにテアの方を見ると、あろうことかテアは恥ずかしさのあまり蹲って顔を隠していた。


 つまり試合は一切見ておらず、宝石に魔力を流して自分の剣闘人形を強化するどころか指示すら出していないのだ。


 剣闘試合の常識から余りにも逸脱したテアの行為に訳が分からず半ばパニックになったトットは、スライサーに指示を出すどころではなくなってしまい、それがこの試合の勝敗を決めることとなった。


 完全に万歳の格好になるまで上げられたスライサーの腕が、観客たちに見せつけるかのように手に力を込めた未来によって粉々に握り潰される。


 更に砕かれたせいで落下していく腕の刃が地面に刺さるより早く、未来の放った渾身の右ストレートがスライサーの頭部を砕きながら体を空中へと吹き飛ばす。


 空中に浮き、砕かれたせいで破片や内部のパーツをばら撒きながら受け身を取ることも出来ずに頭から落ちたスライサーはそのまま二度と立ち上がることはなかった。

 

 その様子にスライサーを戦闘不能と判断した審判が再び叩く試合開始を告げた太鼓の音が会場中に響き渡り、今度は試合の終わりを告げた。


 剣闘試合での決着は2種類の方法で付けられる。


 一つは実力差があまりにあった場合や剣闘人形の破損を恐れたマスターが負けを認めて棄権すること。


 もう一つは剣闘人形が試合続行不可能な程のダメージを受けたと試合を監視している審判が判断した場合。


 今回はスライサーの両腕と頭部の半分が吹き飛んだことで試合の続行が不可能と審判が判断したことで決着が着いたのだ。



「活きのいい若いのが入ったって聞いて見に来てみれば大したことなかったか」


 コロシアム観客席上部の富裕層向けの個室観客席から試合を見下ろしていた初老の男がつまらなそうに呟く。


「そうね。でも、代わりに可愛い可愛い新人さんが入ってきたじゃない。女の子のがこの世界に入ってくるなんて中々ないことだから私、昂ぶっちゃう」


 自分の体を抱きしめ、黒いレザースーツに身を包んだ女は口から涎を垂らしながらくねくねとおかしな動きをする。


「……何故ランキング上位の奴はこうもおかしな奴が多いんだ」


 初老の男は大きくため息を吐きながら頭を振る。


 それでも初老の男の視線は会場で自慢げに拳を振りあげる剣闘人形と、太鼓と観客からの歓声に驚いて辺りをキョロキョロと見回す入院着の少女を捉えて離さなかった。


「しかしあの男の娘と遺作がこの世界に入ってくるとわな。勝ち逃げした奴への雪辱を代わりに受け取ってもらうのも悪くは無いか」


 顎髭を触りながら呟く彼の名はタクス・ヴァンガ。


 コロシアム現チャンピオンであり、テアの父マリオンと最後に戦った男だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る