第15話カヴンへの来訪者

 秘儀参入の儀を受けて、正式にカヴンの一員となったミリアだが、生活は、それまでと、さほど変わりはなかった。


 仲間と協力して、掃除、洗濯、食事作りなどをして、みんなが快適に暮らせるように心を砕いた。

時には、農場の手入れをしたり、森の恵みの採集に歩きまわったり、しだいに森での暮らしに慣れていった。


 加えて、導師であるティアの教えを、少しずつ受けるようにもなった。


 森の民の知識は、主に口伝くでんで受け継がれている。

師の言葉を、弟子が受け取り、記憶して、自分のブック・オブ・シャドウに記して行く。


 それらは、森の民が信仰する自然の神々について、神聖な儀式や、祭りについて、カードでの占いについてなど多岐に渡った。


彼らは古代から受け継がれてきた自然の神々を崇拝したが、特に主神として崇められていたのは太母たいぼとされる、月の女神ディアナであり、その息子であり配偶者ともされている、自然の力の象徴、有角神パーンであった。


彼らは毎日、月の出と月の入りの時刻に祈りを捧げ、特に、満月と新月の夜を聖なるものとした。


祭りは年に八回。森の五つのカヴンが合同で行い、これは後に魔女の儀式として忌まれた、サバトと呼ばれる祭りだった。


 また、薬草の知識や利用方法、特別な虫を飼育して糸を取り、布を作る技術、植物からさまざまな物を作る技術など、古くから伝わる生活の知識も伝授された。


 以前リラがしていたように、オラクルカードの意味を覚え、自分で植物をすりつぶして作ったインクで、彩色することもあった。


森の民にとっての占いは、物事を先読みするための指針であり、時には市井に下りて、資金を稼ぐための手段にもなった。


人は誰でも、自分の運命を知りたいと思うもののようで、ごくたまに町に下りて辻占の店を出すと、身分のある者でさえ、お忍びで訪れることもあるのだった。


ミリアがすべてのカードに彩色し終わった頃には、彼女の基本的な教育期間は終わり、本格的な儀式などの実践になった。


 最初は怪しいと感じていた彼女だったが、教えの内容は自然への崇拝と、古くから受け継がれてきた知識や知恵などで、いつのまにか、彼女もその教えに馴染んでいった。


 なんと言っても、ここには、彼女に命令したり、意に沿わぬことをさせようという人はいなかった。


秘儀参入の儀式に語られた、『汝、欲するところを成せ、誰も傷つけぬ限り』『行いは三倍になって返る。善行には善行が、悪行には悪行が』という森の民の教えが浸透しているため、善意で行われる行動は、なんでも受け入れられたのだった。


 そんなある日の夜、めったに他人が立ち入らないカヴンに、来訪者があった。


 古くからここにいる者たちには知己だったらしく、あわただしく、女司祭長ハイプリーステスティアと司祭長ハイプリーストガーダナが呼ばれた。


 来訪者は、アイルの森に住んでいる五つのカヴンの一つ、「ルゴラのカヴン」のメンバーだった。


 彼が帰った後、ティアのカヴン、(ミリアが所属している、このカヴンのことだが)のメンバーが集められ、ガーダナが説明した。


 ルゴラのカヴンの司祭長ハイプリーストが、森の中で、ナームの丘を目指す男を助けたとのことだった。


「ナームの丘?」

ミリアが聞くと、ティアが答えた。


「ミリアには、まだ教えていなかったわね。森の奥から坂を登って行く丘の上に、森の民が信仰する聖木があるの」


「そうなんですね」

ミリアがうなずくと、今度はガーダナが続けた。

「聖木には、森の王と呼ばれる守護者がいて、森の民以外で、丘に登るものがいると言うことは、おそらく、森の王の代替わりの儀式があるということだ」


「今の森の王は、もうずいぶん長いわ。年も取ってきたし、今回はきっと……」

ティアが意味ありげに、言葉を濁した。


「そこで、我々も準備をして、明日、丘を目指す。他のカヴンにも連絡が回っているから、全員参加だ」

ガーダナが告げると。それぞれ、自分の役割を果たしに散って行った。


 ミリアは、リラと一緒に、小麦粉とハチミツを練ったクッキーを焼いた。干したベリーや木の実を入れて、何種類も作り、保存用のブリキの缶に詰めた。


 ふと、結婚式のお客様に振る舞うため、大量のクッキーを焼いた日を思い出して、ミリアは、少ししんみりした気分になった。


 あの頃は希望に満ちていた。こんな風になるとは考えられもしなかった。


彼女が家を出た日からは、まだそれほど月日は経っていないのだが、なんだか、もう何十年も経ってしまったかのように感じられた。


 森の王の代替わりの儀式後に捧げられるという供物が、部屋の隅に積み上げられた。


ミリアたちが焼いたクッキー、彼ら独特の柔らかい布で作った白い衣装、干した果物や木の実などが荷造りされていた。


「森の王への供物は定期的に届けているのだけれど、今回は特別だから多いのよ」

リアが説明した。


 それぞれのカヴンによって供物の担当が決まっていて、生活するに必要な品が捧げられるという。


森の王とは何者なのか、ミリアは不思議に思った。

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