第16話飢えた男
アルフが辿ってきた道は、最初は、左側は森の木が茂っていたが、右側は木も疎らで、合間に田園風景が見え隠れしていた。
だが、歩いているうちに、木が密集してきて、両側から茂った木の枝が突き出し、アーチのように囲まれるようになってきた。
道が曲がりくねり、見通しも悪いため、どのあたりを歩いているのか、丘の方向が合っているのか予想がつきにくくなっていた。
あたりが陰って来たので、夕刻が近いのだろう。
今夜は道端で野宿するかと、彼は一本の太い木の根元に腰を下ろした。
岩牢から追放されて以来、野宿には馴れたが、今回は商人ライルから与えられた水と食料があるので、以前よりは快適だった。
アルフは、担いできた布袋から、厚手の布を出して、土の上に敷いて座り、くつろいだ。
水袋から水を飲み、固い平パンをかじり、口の中でふやかしながら飲み込む。小粒の干したベリーを数個口に中に放り込み、噛みしめると、甘味が疲れ切った体を癒やしてくれた。
少しうとうとしていたのだろうか、目を開けると、目の前に錆びた
あわてて飛び起きようとすると、頭上から
「動くな!」
アルフは、身を固くして、ゆっくりと声の方に首を動かした。
そこには痩せ細った泥だらけの男が、目だけギラギラさせて立っていた。
さほど強そうには見えないが、アルフにも思い当たる目つきだった。
自分も、追われていた頃は、こんな目をしていたに違いない。切羽つまった、死に物狂いの目だった。
「水と食いもんを出せ」
男は、持っている鉈を、アルフの首元に突きつけた。
「やるから、この物騒な物をよけろ」
アルフは、できるだけ男を刺激しないように、落ち着いた声で答えた。
「だめだ、よこしてからだ」
「わかった、まず、体を起こさせてくれ、このままじゃ何もできん」
アルフは言って、ゆっくりと体を起こして、男と向き合った。
男は普段から、人を脅すようなことには馴れていないように見えた。鉈を構えている腕が小刻みに震えていて、こめかみからは異常なほど汗が垂れていた。
「ほら、食え」
アルフが平パンと一つかみの干したベリーを渡すと、男はむしり取るようにして受け取った。
よほど空腹だったのだろう、固い平パンを一口囓り、飲み込めずにむせて咳き込んだ。
「水だ、飲め。ゆっくり食え」
アルフが、水入れの袋を差し出すと、貪るように喉に流し込み、またもや、むせた。
「落ち着けって」
アルフが言うのも聞かず、男は水を飲むのをやめなかった。
「ううう……」
やがて、乾いた喉が、少しは癒やされたのだろう、今度はベリーを口に入れて、うめいた。
「これもやる、持って行け」
アルフは、平パンをもう一個と、幾らかの木の実を追加で差し出した。
「だめだ、全部よこせ」
男は食べている間にも右手から離さなかった鉈を、再び突きつけて、叫んだ。
「それは困る、俺の分がなくなるからな」
アルフは言って、剣を納めてある革袋に手を伸ばそうとした。
「おやおや、どうしましたか」
背後から声がかかり、森の下草をかき分けて、何者かが出て来た。
薄暗くなった森から出て来たため、また盗人かと警戒したが、敵意は感じられなかった。
「誰だ」
アルフが問うと、男は近寄ってきた。
「この森に住む者だ。通りかかったら、珍しく人の話し声がするので、来てみたのだ」
ガッシリとした体格の男だった。
このあたりにいるのは、狩人か木こりだろうかと、アルフは考えたが、それにしては服装が違っていた。
足首まである長いローブを
「我々は、困っている者がいれば手を貸すことになっている。それで声をかけてみたのだ」
「なるほど、俺は困ってはいない。休んでいただけだ。だが、こいつは飢えているらしい」
アルフは、かたわらで鉈を構えている男に目をやった。
男は、相手が二人では部が悪いと考えたのか、鉈を下ろして、ローブの男を見上げた。
「川向こうから来たんだ。税の取り立てが厳しくて、妻も子も連れていかれた」
つぶやくように言って、男は鉈を取り落として、手で顔を覆うと、しゃがみ込んだ。
「おい」
突然、気力を無くしたような男を見て、アルフは声をかけた。
「もしかして、お前も、フォルム領か?」
「ああ」
男は、手で顔を覆ったままうなずいた。
「俺もだ。領主がボルゴ・ダスクルに変わってから碌な事がない」
アルフが吐き捨てるように言うと、男は驚いたようにアルフを見上げた。
「そうだ、妻を連れて行ったのは、領主の兵だ」
「それでは、とりあえず、我々の所へ来ますか? 粗末なものですが、食べ物はありますから」
ローブの男が言った。
「いいのか?」
しゃがみ込んだまま、ローブの男に目を移した男の目は、行きたいと必死に訴えているように見えた。
「いいですよ。ただし、我々の善意には善意で答えてくださいね。悪意は三倍になって返ることをお忘れ無く」
ローブの男は言って、しゃがんでいる男に手を差し出して、引き上げた。
「それで、あなたはどうしますか?」
アルフにも聞いてきたので、彼は首を振った。
「俺は、森の奥から行けるという丘へ登るつもりだ」
彼が答えると、ローブの男は少し驚いたように、息を呑んだ。
「なるほど、それでは、森はこの道を進んで、行き止まりを左へ行ってください。坂道を上がれば、丘の頂上へ行けます」
「わかった。教えてもらって助かった。道を間違えていないか心配だったんだ」
アルフが礼を言うと、ローブの男は首を振った。
「ここで出会ったのもご縁でしょう。あなたの意志することが、叶えられますように」
ローブの男は、飢えた男を促すと、森の中へ消えていった。
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