第19話 牢屋


 重苦しい沈黙が支配した。

「その。それこそ訴え出るとか」と、おずおずと言うと、

「その場合はですな。宿屋の妻が失踪したとなるのです。まさか私どもの妻をピッポ様が拉致しているとは言えませんな。証拠がない。まぁ皆さん、よし分かった、心を穏やかにして待てと言われるんですが、暫くすれば、レナの死体が発見されることになるんでしょう」と、親方は弱弱しく笑って答える。


「そう、あんたの兄はね。あたしの母さんを拉致して、返して欲しければ自分の弟を殺せと言ったのよ」

 そうアニータは言い、イカれているわよ、あんたの家族はと続けた。


 ここまでやるかと、空恐ろしくなる。

ピッポが手筈を取ったのだろうが、おそらくは、長兄のアルベルトの二人でやっている事なのだろう。


「私たちも困ってね。まずあなた様を殺すことはしたくない。いえね。仮に殺したとしてもレナが返される保証がないのですよ。こういう構図ができると、延々と言いなりになっていくしかない。とは言え、ほっておいても何の解決にもならない。―――頭を抱えていたところで、このバカ娘がですな……」

「そうよ。飛び出していって、ジーノ・ロッセリーニを探しに探したという訳。いずれにしてもアンタがのんきにお酒飲みあるいてちゃまずいのよ。最初でこそ、捕まえて姿を隠してもらおうと思ったんだけど……」

 アニータは、少し恥ずかしそうに躰を捻って、両頬に手を当てて、「あんた、細くて小さいから、殺れそうだなって思っちゃって……」

「……本当にこのバカ娘が、高貴な方に申し訳ない事しました」

 

 ブガーロ親方が軽く頭を下げるのを、慌てて差し止めた。

「いや、まぁ悪いのはロッセリーニ家なので、こちらこそすいません。後、僕は御存じと思いますが、アルフレッド・ロッセリーニとは実際の血縁はないので、まぁ高貴でも何でもないですよ」

「とはいえ、フランカ様の実子ですな。高貴な方には間違いないかと」

 そう、親方は続けて腕組みをした。見るにつけ憔悴している大柄な男をみていると申し訳なくなってくる。


 「奥さん。レナさんと言いましたか。居場所は見当もつかないんですか?」

 「それがわかっていれば、奪い返す手もあるのですが、さすがに。それでですな、ジーノさん。正直な話、お城の中に捕らわれているのではないかと我々は思っていたのです、街のことはともかく、城の中は我々は知る由もないし相手が相手だ」と親方が言う。


 ジーノは、城内を思い起こして答えた。

「たぶん……いないかと思います。城ってのは出入りもありますし、その分何をしても人目が付いてしまう。そして僕らが住んでいる所なんてのは、割と小さなある一区画ですよ。そこに何か、誰か匿っていればすぐに父か母の耳に入ると思います」

「牢屋のようなものがあるって聞いたことがありますが」

「昔ありましたが、取り壊されてしまいましたね。父はベネツィアを真似て、警察組織として公安八人委員会オット・ディ・グァルディアを置きたいらしいんです。牢なんかの施設は、新しくそっちに移そうとしています。騎士団と近いアルベルトは断固として反対としていますが…」

「そりゃ、驚きですな」

 ブガーロ親方は首をひねる。

「ベネツィアは、自治都市コムーネですからな。司法も委員を組んでいると聞きますが。ここはロッセリーニ伯領で、司法はロッセリーニ伯自身にあるのではないのですか?」

「あぁそうですね。でも実際は今でも、父自身が人を裁いているのではなく、司法長官ポデスタに似た役職を置いていますしね。父の権威を委譲しているという建付けです」

「……むつかしい話は良いんだけど。結局、母さんは何処なのよ。さもないとまずはあんたに死んでもらうわよ」と、アニータがもっともなことを言った。


 結局それより先は、話は繋がらず、ブガーロ親方はすまなそうに、「暫く泊って行ってもらえませんか」と言った。

 暫く姿を外に出さないという事だと思ったが、ジーノとしても頷かざるを得ない。

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