第18話 紋章

 ブガーロ・ダッビラ、ギルドの長なのだったら、ブガーロ親方と言った方が良いかもしれない。

 ブラーロ親方は、さも申し訳なさそうに口を開いた。

「最前も申し上げました通りね。まぁ今時どっかに盗みに入って、懐をあさるってのはなかなかないんですわ。何故か? 簡単に言いますと、経済的じゃない。そんな事をするのは本当の駆け出しがやるのならば、まぁそれはそれなんですけども、ギルドで周旋する仕事じゃないんですな」

 

 確かにギルドが子飼いの盗賊に、例えばあそこの商人の金貨を盗んで来いというイメージは不自然に感じる。ここロッセリーニ伯領だって無法地帯ではない。もし捕まればそれは厳しい刑罰が待っている。刑罰を受ける過程で「ギルドの指示だった」なんて言われたら、目も当てられない。

 そう言うと、ブガーロは深く頷いた。


「そうなんです。昔でこそ街道の小隊を襲えなんて言う、荒事も見られましたがね。今そういう事をやっているのは、山賊や海賊で、それ専門に仕事している連中です。我々がやるには見返りが少ないんです。逆に見返りが多いのが、まぁ“おおやけの仕事”でして」

「つまり」

「そう、つまり私共の一番のお得意先はね。お父上なんです」

「……つまりロッセリーニ伯の手先、つまり密偵になっているってことですか?」

「解りやすくしてしまうとそうですな」とブガーロ親方は言いながら、厨房に指を立てて、何かを指示した。

 奥から愛想の良さそうな料理人が出てきて、暖かそうな根菜の入ったスープの入ったポットと取り皿。そして山盛りのパンを置いて行った。

 暇そうにしていたアニータが、さっそく手を伸ばした。


「先ほどの例じゃないですけどね。ある裕福な商人がいるとする。どうやら税をごまかしていると噂がある。私らはその商人の金貨に手を出さない。でもね。帳簿を盗んでくることはある。これはなぜだかお判りでしょう」

「なるほど、つまり脱税の証拠って事ですか」

「その通り。後は、良くない噂の人間を見張るとか、証拠の品をこっそり失敬するなんて言う、そこだけ切り取れば泥棒らしい仕事はある。泥棒と言えば泥棒ですからね。公の方々が遣るわけにはいかないですな。やり方も思いもつかんでしょう。だからこそ、我々へ依頼があり、その、公ではどうにもならない事を、どうにかする。今のギルドの仕事のほとんどはそんなものばかりになったわけです」


 そう言いながら、ブガーロ親方は愛想よく「パンでも摘んでくださいな。美味しいですよ」とここだけ見れば、居酒屋店主と変わらない愛想の良さで続ける。


「困ったことが起きたのは。……もう一週間ほど前ですか。使いが来たんです。やり取りを受け渡しをしてくれる人間は決まった人間なのですが、でも、その時は会った事もない人間がやってきた。そして、手紙を差し出してきた」

「それに、書いてあったと」

「そう。あなた様を殺すように書いてありましたな」

 

 ブガーロ親方は腕を組んで深く溜息を付いた。

「殺しはね。しないんですよ。依頼されたこともありませんでした。そりゃそうでしょう。ロッセリーニ伯から見た場合、私共に殺しをさせる理由がない」

「ないですか」

「ないですな。なぜならばこの街はあのお方の所領で、証拠さえそろっていれば、あの方は手勢にお申し付けになればいい。だから私共には、証拠を手に入れてほしいと言うんです。逆に言えば証拠もないのに人を罰するなら、そりゃ言いにくいが暗君っていうやつですよ」

 盗賊の長は首を振りながら「あの方は、そんな事をする方ではないんですな」と言った。


「でも、殺せと言われたと」とジーノは先を促す。

「そうです。なので、最初は従う気すらありませんでした。その使いには何か間違えていないかと言いました」

「知らないふりをしたと」

「その通り。でもね。手紙の最後にはこいつが入っていたんです」

 そう言ってブガーロ親方は、懐から緑色のハンカチを出す。そこには盾に黒い獅子が向い合せになった紋章が入っていた。

「こいつを出されるとね。困るんですよ。これが出た段階で、この使いは公使って事になってしまう。それに逆らうことは、伯の権威に逆らうことになってしまう」


 なるほどと腑に落ちる。

 緑の盾に黒獅子は、つまり。

「ピッポ・ロッセリーニからの依頼だという事ですか」と、ジーノは溜息交じりに答えた。


「もう一つあるわよ」とやり取りを聞いていた、アニータが言う。

「そうなんです。そいつは、更にこれを出してきた」

 そう言いながら、ブガーロ親方は、紐で括られた頭髪を出してきた。

「―――これは?」

「実は、妻のレナがね。ここ一週間ほど姿を見せないんです」

「―――まさか」

「どうやら、そのまさからしくてね。妻が人質に取られているようなんですわ」

 ブガーロ親方は、弱り切ったという様子で、肩を落として言った。



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