第17話 刺客

「まぁね。本当はこんな事したくなかったんですけどねぇ」

と、目の前の大柄な男は頭を掻きながら言った。歳の頃は、五十の峠をだいぶ越したところと思った。

「文句言わせずにぶっ殺しちゃえば良かったのに」と、隣に座った女の子が、言葉を継ぐように言った。


 ジーノ・ロッセリーニは、手に持ったコップに、テーブルの上のワインを継ぎ足しながら「それが、あんな大声で悲鳴を上げる人の言葉ですかね」と言った。

「あんたにはわかんないわよッ。あたしがどれだけびっくりしたのか」

 鳶色の瞳を持つ女の子は、鋭く聞きつけて顔を背けて腹立たしそうに答えた。

 先ほどの騒ぎで勢いよく尻を打ったせいか、どことなく座りが悪い。いや、座りが悪いのは、命を狙われた刺客となぜか仲良く同席しているからだと思った。


 路地で大声を上げた女の子を、背後から手際よく取り押さえた男がいた。

 男は女の子の口に手を当てながら、「ジーノ・ロッセリーニ様で宜しいでしょうか。全く申し訳ない。どうしたものかと考えていた所で、この鉄砲玉が飛び出してしまって」と小声だが、不思議と良く聞こえる声で言った。


 女の子が抑えられている口で「ウーウー」言っているので、男が軽く手を緩めると「パパッ、これは呪われている死体よ。喋っちゃダメ」と言い出したので、又手で押さえて、首を小さく横に振って更に言った。


「こんな目に合わせてしまいまして誠に申し訳ない。勘違い……ではないのでしょうが、説明をさせて頂けませんでしょうか」と言う。

「説明も……何も、そんな」と口から漏れ出すと、男は少し改まって「いや、あなたはお聞きになった方が宜しいでしょうな。その、いずれにしても、ご家族の話なのですから」と言った。

 男の声があまりに疲れていて、そして困り果てている事が聞き取れて、ジーノ・ロッセリーニは思わず「はぁ」と頷いてしまった。

 

 なんだかなぁ、とジーノは思う。

 連れ込まれた先は、趣味のいい暖かい居酒屋だった。

 質のいいワインを飲めて、軽い軽食を摘めていることにはまったく不満はなかった。なかなかうまいビスケットとチーズも出してもらっている。壁の灯りも普通の蝋で、光量も十分だった。言ってみれば居心地のとてもいい、こじんまりとした居酒屋で、いつものジーノだったら満足に浸っている所だった。


 ただ、さすがに命を狙われた後では、落ち着けるわけもなく、暫くテーブルの隅を見つめた後、小さく鋭く「まず、なんですかね。人違いかなんかじゃないですか」と言った。

「いやぁ、さすがに間違えないですな。ジーノ様」と、男の方が苦笑いをしながら答えた。

「その、僕だってわかって狙ったって事はですよ。一応、僕もロッセリーニ家の一員なので、それなりにまずいんじゃ」

 自分が家族の一員にではないという自覚があるので、自分で言っていて嫌になって来る。

「そりゃまずいもまずい。ご承知の通りですよ。ただ事情がありましてな」

 そう言いながら、男は鼻の下に伸ばした口髭を少し撫でた。八の字に下がった眉に、どことなく愛嬌がある。


 「……あんなところ、見てなければな」

 男の横で女の子が悔しそうに言う。

 ついさっきまでフードを被ったままだったが、さすがに取って顔を晒していた。印象的な大きめの鳶色の瞳。同じ色の赤っぽい髪を長く伸ばしていた。

「なんであんな声出したんですか? 誰かと勘違いしたとか」

「だって、死体から蘇ったのが、ジーノ・ロッセリーニだなって思わなかったんだもん」

「はぁ、死体?」

「いや、あなた、壁から落ちて死んだじゃない? 騒ぎになっていた時、あたし見ていたのよ。それでお医者さんも首を振って、これりゃだめだって言う感じで見放されて。あたし可哀そうだなぁって見ていたら、みんなバラバラと散っていったじゃない」


 あぁ、と思う。そうか、あの借金取りに追われていた時の事かと思い出した。

「あともう少しすれば、誰も居なくなるから身ぐるみ剥いじゃおうって見てたのね」

「身ぐるみ剥ぐ」

「そう。そしたらさ。死体が起き上がってきたじゃない。私ホントにびっくりして、悪魔だッ、悪魔がいたって」

「いやいや、あれはね。気絶していたんですよ」

「お医者も死んでるって言っていたもの」

「ヤブだったんですよ」と、とりあえず言う。「というか、身ぐるみ剥ぐって泥棒じゃないんだから」

 それを聞いた、目の前の男と娘は顔を見合わせて、眉を顰めた。


「まぁ腹を割って自己紹介をさせてもらいますと、私はブガーロ・ダッビラと言います。こちらは娘のアニータ。実はね、まぁ言っちゃうと私たち盗賊なんですわ」

「……なんですって?」

「いや、だからね。泥棒なのよ。ウチ。稼業なの」とアニータと名乗った女の子が続けた。

「……はぁ」

「いやぁ、失敗でしたな。余り高貴な方にお話しするような話じゃないんですけどね」

 泥棒と名乗るとは思っていなかったので、いまいち受け止めきれないジーノに構わず、ブガーロと名乗った男は、手に持ったワインを大きく飲み干して続けた。

 

 ブガーロは、その名の通りロッセリーニ領近隣にあるヴィッラ村の生まれだと言った。一族もまだ向こうに多くいるらしく、ヴィッラ村はほとんど親戚だという。そして一族ほぼ全員が盗賊であるという。

「初耳です」とジーノは言った。

「そりゃそうですな。盗賊って知られちゃ話になりませんから」とブガードは、悪びれずに答えた。


 一族の者は年頃になると、それぞれ大きな都市や街に出稼ぎに行く。盗賊ギルドに加入し、大なり小なり表向きの商売をしながら盗賊働きをすることになっている。

 ジーノにとってみれば、まったく聞き覚えのない話であり、佐藤素一としてみれば、ゲームの中だけの話にしか感じられない。


「昔でこそ、強盗やらなんやら。乱暴もしたんですけどね。今はどちらかと言ったらまぁ密偵みたいな役割が多いんですな。私も表の仕事として宿屋と居酒屋やっていますし、それもそこそこ儲かっています。昔みたいに人様の懐を漁らなくても、まぁまぁ暮らせることがほとんどなんですわ」

「居酒屋って、どこの」とジーノが言うと、

「あんたが今いるのは何処どこなのよ。ここあたしンちなんだけど」とアニータが呆れた様に言った。

「そうでもないと、こんな話お酒飲みながらするわけないじゃない」

 驚いて見回すと隣の席はおろか、厨房のコックも給仕をしてくれる女の子もこちらを見ていた。


「じゃあ、ここにいるのは、みんな?」

「みんなじゃないですがね。ここがロッセリーニ伯領の盗賊ギルドの本部って事になっています。もう、十五年近くになりますか」

「そうよ、うちのパパ、ギルド長なんだから」

「いいから黙ってなさい、アニータ。口が減らないんだから。で、ですな。ちょっと困った依頼が舞い込んで来たんですわ」

「困った事」


 ブガーロは、少し言いにくそうな顔をして、結局口を開いた。

「―――ジーノ・ロッセリーニを殺せって話でして」

 なるほどそういう話でしたかと、思った。

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