第36話 エロゲは世界を救う

「知っての通りこの前の対抗戦の撃墜王はこのアタシ! 学園一強いのはこのアタシ! ……でも、対抗戦のホントの一番は他にいるわ! その一番が今日のアタシたちのライブのスペシャルゲストよ!」


「うおおおおおおおおおお!」「オ? ナンダナンダ?」「ライブでゲストって初めてじゃない?」

 

 壇上の歌姫の言葉が群衆の困惑を呼ぶ。誰も事件の顛末を知らないからだ。

 レティシアは本気でこの場でワタクシの活躍を暴露する気のようだ。


「なにをおバカな! そんなことしたらせっかくの仕込みが台無しじゃない!」


 せっかく学園の秩序のためにラファエル先生を担いだのに、ここでワタクシが出てしまっては元も子もない。


「いいじゃん、行ってきなよ。別にステージが恥ずかしいって柄でもないでしょ?」

「パメラ! 貴女ワタクシの苦労の意味をわかってますの?」


「ええ、公式発表と指導者たちへの説明はもう一通り済んだ後ッスから、今更学園でツェツィさんの活躍が噂されても、世間的にはゴシップの域を出ないッス」

「行ってらっしゃいませ、ツェツィ様。主の誉れは従者の喜びです」

「リオ! ジゼル!」


「ボクも賛成かなー。あれで生徒が一人でも死んでたら、今頃戦争の真っ最中。それを防いだのは間違いなくキミだ。頑張った人は報われるべきだよ、ツェツィ」

「そんな、先生まで!」


 真面目な事を言いつつも、ラファエル先生のシリアス顔は一分と保たず、もういつものぐうたら天使に戻っていた。


「上がって来ない気? ならそうね。ソイツはなんと三年前に、勘違いで黄金街道の主を──」「あー、わかった分かった解りました! 上がれば良いんでしょう上がればッ!」


 レティシアはワタクシの恥ずかしい過去を人質に壇上に上がれと脅迫してくる。


 どいつもこいつも、どうしてもワタクシを目立たせたいようね。


 ならお望み通り、目玉が潰れるほど目立ってさしあげますわ!

 

 ワタクシは席を立ち、竜姫の待つステージを目指す。


「それでいいのよ、それで! みんな、道開けたげて! ゲストのお通りよ!」


 魔族のアイドルの号令で、熱気を帯びた群衆の目が一斉にワタクシに向く。


 人混みが葦の海の奇跡の如く割れて、ワタクシの前に花道ができた。


 人間、エルフ、ドワーフ、ハーフリング、リザードマン、フェアリー、エレメンタル、ゴブリン、オーク、ディープワン、シェイド、トロル、オニ、ナーガ、レイスetc……


 ありとあらゆる種族の視線を一身に受けながらワタクシは進む。


「うおおおおおおおおおお!」「ノイエンドルフ様?」「魔族殺しの勇者の娘……」「ツェツィーリエがゲスト?」「ゲストは対抗戦の一番って……」「でもレティがなんで?」


 群衆の噂を背中で聞き流し、ワタクシは壇上に立った。


 そして、レティシアにそっと耳打ちする。


「レティ、一体どういうつもりですの? ワタクシへの貸しのつもり?」

「冗談、一から十までアタシのためよ! アンタが身を引いて、アタシだけちやほやされるのはムズ痒いのよ! アタシが伸び伸び歌えるように、アンタもちやほやされなさい!」


 レティシアはワタクシの目を見ずにそう言う。


 だがその尻尾の先はくるくるっと丸まっていた。

 ワタクシはその意味を知っている。

 

 それはレティシアの照れ隠しの時の癖だった。


「ウフフッ。そういうことにしといてあげますわ。ありがと、レティ」

「あー、うっさい! じゃあ、いいわね? いくわよ?」


 レティシアは赤面しながらぶっきらぼうにワタクシに問う。


「ええ、お願い」


 ワタクシはそう答えてレティシアと並び、振り返って群衆と向かい合う。


「みんな! コイツが今日のスペシャルゲスト! 対抗戦のホントの一番! フリーデンハイム学園新聞部部長、ツェツィーリエ=フォン=ノイエンドルフよ!」


「うおおおおおおおおおお!」「ノイエンドルフ様ー!」「ケッ、クソアマが」「ホントの一番って?」「いいじゃねえか、レティが一番っつったら一番なんだよ!」


 レティシアの紹介で聴衆は再び熱狂し、ワタクシに歓声と罵声を浴びせかける。


「みんなも見てたわよね! エルフの魔法使いと勇敢に戦ったコイツの姿を! そう、エルフの魔法使いを倒した勇者は、ラファエルなんかじゃない! このツェツィーリエよ!」


「うおおおおおおおおおお!」「え? マジ?」「エルフの魔法使いを?」「いや、そんなんラファエル先生以外無理っしょ」「いいじゃねえか、レティがそうだっつったらそうなんだよ!」


 一呼吸ごとに聴衆の反応が静まるのを待ちつつレティシアは続ける。


「だからこうしてライブできてんのもコイツのお陰! 魔族のみんなはいきなり言われてもちょっととっつきにくいかもだけど、みんなコイツと仲良くしてやってね!」


「うおおおおおおおおおお!」「むしろ仲良くして下さいノイエンドルフ様ー!」「えぇ!? 勇者の娘とぉ?」「いいじゃねえか! もちろん、レティが言うなら喜んで!」


 ワタクシと仲良くしろと言われて魔族の間で賛否様々な声が上がった。


 レティシアが手を一振りすると、無限に続くかと思われた騒音がシンッと止む。


 そして、レティシアはワタクシを見て何か言えと顎を振る。


 魔族のインフルエンサー公認の晴れ舞台。

 対抗戦の前には想像もしていなかった、これ以上無い大戦果だ。


 この場で言うべきことを全部言ってやろう。


「皆さん、ごきげんよう。盛り上がった空気にいきなり水を差すようで悪いのだけれど、まずは謝らせて頂戴。今までのツェツィーリエ=フォン=ノイエンドルフの非礼の全てを。特に、魔族の皆さん、これで許してもらえるとは思わないけれど、ここに百万の謝意を」


 そう言ってワタクシは聴衆に頭を下げる。

 そのワタクシの姿を見て誰もがどよめいた。


 隣のレティシアも驚いている。

 ワタクシの初手が謝罪とは思ってなかったようだ。

 

 だがこれは絶対に必要なことだ。

 過去を精算し、今から話すことをみんなに聞いてもらうために。


 ワタクシは深く深く礼を維持してから、ゆっくりと頭を上げて再び口を開く。


「エルフの魔法使いを倒したのは確かにワタクシですわ。でもそれは止めを刺しただけ。あの女を倒せたのは、ワタクシだけの力では決してない……」


 人魔が入り交じる聴衆を隅々まで見渡しながらワタクシは続ける。


「サリサ先生はまた戦争を起こす気ですわ。それはなんとしてでも食い止めなければならない。そのためにワタクシは立ち上がりますわ。でも、ワタクシの力だけではとても足りない。だから皆さんの力も貸して頂戴! 人魔の力を合わせて平和を築きましょう!」


「うおおおおおおおおおお!」「もちろんです、ノイエンドルフ様!」「いよっ、学園の勇者!」


 ワタクシの呼びかけに呼応して聴衆が歓声を上げる。


 だが、それは全て人間やエルフといった人類連合種族の生徒だった。

 

 やっぱり悪名が大き過ぎましたわね。

 ワタクシの声は魔族には届かない……。


 そう諦めかけた時、レティシアがワタクシの右手を強く握った。


「アタシもコイツと同意見よ! 連合だ同盟だなんて今更いがみ合うのはナンセンスだわ! 親世代の因縁なんて関係ない! アタシたちは手を取り合って戦争のない世界のために戦うわよ! アタシたちこそ人魔の希望! フリーデンハイム学園生なんだから!」


「うおおおおおおおおおお!」「そうだ、戦おう!」「学園で力を合わせて!」「人魔の未来のために!」


 ワタクシは奇跡を目の当たりにする。

 魔族の生徒たちが人類との共闘を叫んでいる。


 ワタクシとレティシアの言葉で人類と魔族の大きな溝が埋まっていくのがわかる。


 今このライブ会場だけは間違いなく人魔の心が一つになっていた。


「ありがとう、皆さん。進みましょう、フリーデンハイム学園一丸となって──」


 不意に新聞部席のラファエル先生と目が合った。


『だって世界のために今一番戦いたいのは他ならぬキミだろう? 人間の勇者の娘、ツェツィーリエ』

『ワタクシは──』


 そう、今こそさっき途切れた答えを返す時だ。


「──でも、ワタクシ気づきましたの。人魔の違いを認められない限り、争いは無くならない。力により強い力で対抗する限り、争いは無くならない。だからサリサ先生の言う通り争いは無くなるわけがないんですわ。つまり、違いを認め合って、力以外の手段で問題を解決する世界にならなきゃ、戦っても戦っても、平和なんていつまで経っても来ないのですわ」


「うおおおおおおおおおお!」「ん?」「ノイエンドルフ様?」「戦っても平和が来ない……?」


 ワタクシの話の雰囲気が変わったことを感じ取り、少し聴衆がざわめき出す。


 『安寧を欲さば、まず力を求めよ』


 あの女は言った。


 それも一つの真理だろう。

 だがその教えに従った人類は七千年間魔族と争い続けてきた。


 それでこの世界に安寧はあったか?

 

 この憎しみの連鎖に終止符を打つには何かとんでもなく馬鹿馬鹿しいちゃぶ台返しが必要に決まってるのだ。


「だからワタクシは戦い以外の方法で平和を実現してみせますわ。異種族が慈しみ合う真実の愛を、理想の日常を紡ぐ物語という文化を、平和の具体的なイメージを世界に叩きつけて、認め合うことの素晴らしさと争い合うことの愚かさを人魔に広めるのですわ!」

「ちょ、ちょっとツェツィ、戦わないって何言ってんの!?」


「うおおおおおおおおおお!」「お前さっきからノリでなんでも叫んでるだけだろ!」「なになになにー? どゆことー???」


 隣のレティシアも遂に戸惑いの声を上げ始め、聴衆に至っては最早完全に混乱している。


「あの女は面白いものを見たいだけ。その手段に戦争を使っているだけ。なら、あの女を戦争よりもっと面白いものの虜にしてしまえばいい! それがワタクシの『戦い』ですわ!」 


 話についていけていない聴衆が困惑する中、ワタクシが何を言うのか察しのついた新聞部のみんなは呆れたように微笑み、親バカ天使はなぜか嬉しそうに笑っている。


「だから、みんなワタクシの『戦い』に力を貸して頂戴! そして、刮目なさい!」



 そう、ワタクシがするべきことはただ一つ! 



 この平和な学園の中でもっと色んな特技を持った友達を作って、もっともっと色んな種族の恋バナを聞いて、そして完成させる!



 ワタクシはこの世界で高らかに宣言する。





「ワタクシ、エロゲで世界を救ってみせますわ!」











【異世界エロゲお嬢様部 第一部:異世界エロゲお嬢様部vs魔族の煽動者】 


           完
















【あとがき】


 星の数ある異世界転生ファンタジー小説の中から、拙作に貴重なお時間を裂いて頂き誠にありがとうございました。


 長編小説処女作、ネット小説初投稿にて乱筆乱文でお目汚しした点もあったかとは存じますが、ほんの少しでもお楽しみ頂けたのなら望外の幸せであります。


 00年代以降のネットカルチャー、ひいては現在のオタク文化の礎を築いたエロゲ。


 もはや陳腐化しつつあるエロゲをテーマに、流行りの異世界転生、悪役令嬢、アイドルといった要素を可能な限り詰め込んでラノベの文脈に落とし込んだらどうなるか、と考えたのが執筆のきっかけでした。


 明後日の方向に全力で突っ走る者の姿は美しい。


 どシリアスな異世界でエロゲをクソ真面目に作るということ自体がギャグであり、人を勇気づける喜劇として描ければいいなと思い筆を取りました。


 本作はツェツィがエロゲを完成させて世界を救うまでを描く、異世界エロゲお嬢様部シリーズ全七部の第一部に当たります。


 が、まだ第二部以降は構想があるだけでこの世のどこにも存在しておりません。


 続きが読みたい。

 何より筆者が読みたい。


 しかし、高度情報化社会を生きる我々に時間は無く、憩いの時間はほんのわずか、執筆リソースは限られています。


 そして、自分だけは面白いと信じていても、他人が面白いのかわからぬものを書き続けるのは難しいもの。



 つまり恥も外聞も無く申し上げますと。



 ここまでお付き合いくださった皆様!


 是非ご評価とご感想をください!


 ★だけでもハートだけでも構いません!


 それが何より執筆の励みになります!


 指先一つで救える筆者がいるぞおおおおおお!


 この度は拙作をお読み頂けましたこと、重ねてお礼申し上げます。


 ではいつかまた次作で。ノシ



黒瓜ぺそ 


2022年1月某日 カプリコーン杯に絶望しながら

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異世界エロゲお嬢様部 ~元エロゲ作家の悪役令嬢、クソ真面目にエロゲを作って世界を救う~ 黒瓜ぺそ @kurouripeso

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