第35話 揺らぐ世界と定まる自分

「今回のフリーデンハイム学園新聞はアタシたちの記事よッ! 応援よろしくぅ!」


「「「「「うおおおおおお! レティィィィィ! マスティィィィィ!」」」」」


 連合歴二〇八年六月三十日地曜日の昼下がり。

 大庭園の広場は熱狂の渦に包まれていた。


 レティシアの言葉を合図に、紙吹雪が舞う。


 いや、紙吹雪ではない。新聞だ。

 バイトのハーピーやシルフが空から新聞をバラ撒いている。


 ライブ会場にひしめく人間、エルフ、オーク、ゴブリン、ディープワンなどなど。

 様々な種族のファンが我先にと舞い散る新聞に群がっていく。


「約束を守ってくれたのは良いけど、やっぱり一々やることが無駄に派手ですわね」


 ワタクシは食堂の中、大庭園に面した大窓横の特等席で、日差しを避けながらその様子を眺めている。


 そうしていると、ワタクシの顔面めがけて新聞が一枚飛んで来る。


「レティシア様が予選の撃墜王となられて、アニマクロスの人気は鰻上りですね」


 新聞がワタクシのお顔にへばり付く直前に、それをジゼルがパシッと掴み取る。

 新聞の一面で踊るアニマクロスの二人を眺めてジゼルは言った。


 この数日でアニマクロスはすっかり地下アイドルを脱し、学園公認で開催場所の予約を取ってライブをするようになっていた。


 そして今日は食堂と大庭園を貸し切っての初コラボ記念ライブだ。


 もちろんコラボ先は我が新聞部。

 これで学園内での新聞のシェアは一段と拡大するだろう。


「決勝が流れて人気が撃墜王に集まったのは癪ね。勝ったのはワタクシなのに」


 あの校内魔術対抗戦から十日が経っていた。


 エルフの魔法使いの騒動でもちろん決勝は中止になり、決勝進出者八人には一様に三百点が与えられた。

 

 ワタクシたち新聞部はエルフの魔法使いを打倒した功績が讃えられ一躍人気者に──とはならなかった。


 公的にはエルフの魔法使いを退けたのはラファエル先生の手柄と発表したからだ。


「いやいや、ツェツィさん。めちゃくちゃ立派ッスよ。先生方もみんなそう思ってるッス」


 テロリストをゲスト講師と招き入れ、生徒が傷つけられたなんてまさしく学園の不祥事だ。そして、それを解決したのが教師ではなく生徒の活躍だなどと世間に広まれば、管理責任を問われて学園の評判は地に落ち、連合と同盟の間に亀裂が入るのは火を見るより明らかだった。


 そこでワタクシは、みんな寝ていたせいで事件の顛末を見届けたものがほとんどいないことを逆手にとって、学園の守護者であるラファエル先生を担ぎあげることにしたのだ。


 すると今回の出来事は学園の不祥事から、学園のセキュリティが万全であることを示すエピソードに早変わりする。


 何せ誰も予想し得なかった最強の魔法使いの裏切りも、学園の守護者がいれば人的被害なしに食い止められるという話になるのだから。


 この仕込みのお陰で平和の象徴としての学園の評判は寧ろ上がったくらいだった。


「以前のツェツィ様ならご自分の手柄と譲らなかったでしょう。本当に立派に……」

「ジ、ジゼルさん、それ新聞ッスよ! 正気に戻って!」


 急に涙ぐんだジゼルは新聞で鼻をかみ始め、それをリオが必死に止めようとする。


「ええ。ホントに癪だけど、これが一番だったのですわ。ワタクシだけが目立とうとしても、それで世界が滅びてしまえば、結局ワタクシを見てくれる者は誰もいなくなる。それに、サリサ先生にはワタクシ一人では逆立ちしたって勝てなかった。パメラ、リオ、ジゼル、レティ、そして先生方が助けてくれたからこそ勝利することができたのですわ」


 そう、みんながいたからあの女に勝てたのだ。

 それこそ勝利に執着する以前のワタクシなら一人で勝手に敗れていただろう。

 

 あの勝利は、友達を作ることができたから、弱者の気持ちを知り、他者に歩み寄ることができたからこそ得られた勝利。


 あれ? つまり、精神的デバフだとばかり思っていたエロゲ脳のオッサンのお陰?


「ウフフッ。それこそ癪ですわね」


 ハンカチでジゼルの顔を拭くリオを見ながら、ワタクシは一人で笑った。


 そう、オッサンの記憶もワタクシの一部。


 オタク趣味でエロゲ好きで常識人で優しくて寛大で、でも自信家で傲慢で悪辣で賢くて強くて世界一有能な完璧美少女がこのワタクシですわ!


「中々思い通りにはいかないけれど、全部全部手札として利用してやりますわ」

「うんうん、ツェツィが今日も元気そうでなによりさ」


 ワタクシが決意を新たにしていると、空飛ぶ幼女がワタクシたちの席に現れた。


「あら、ラファエル先生。久しぶりにお姿を拝見しましたわね」

「まったく、ツェツィのせいでこの十日間は治療だ、結界の張り直しだ、お偉いさんへの説明だ、記者会見だなんだで大変だったよ。それではい、これが一番大変だったやつね」


 ラファエル先生はそう言うと振り向いて背後を両手で示した。


「おまたせ、みんな」

「パ、パメラさあああああん!」


 そこにはしっかりと自分の両脚で立ったパメラがいた。


 リオが大泣きしながらハンカチを投げ捨てて駆け寄り、パメラに抱き着く。

 ジゼルの顔面に湿ったハンカチがへばり付く。


「おかえり、パメラ。アニマクロスの挿絵ありがと、お陰でこの通り大盛況ですわ」

「うん、まさか病床で描かされるなんてね。酷使されるって意味がよくわかったよ」


 そう言いながらパメラの顔はどこか嬉しそうだ。

 本当に絵を描くのが好きね、この子は。


「ウフフッ。ごめんなさいね。体はもう大丈夫なの?」

「バッチリ。実は五日目くらいにはもう全快だったんだけど、この親バカ天使がね」

「ハハッ。親バカなんだ。サリサの闇魔法を受けたなら経過は長めに診たくてね」


 ラファエル先生がいるから命の心配はしてなかったが、左脚がくっついて本当によかった。


「そうですわ。先生あの魔術はなんですの? 盾も護符も効かなかったのはなぜ?」

「サリサの魔術を無視する魔術の一つだ。だから盾で防げず、護符がダメージを代替しなかった。けど、パメラが医務室に飛べなかったのは一〇〇%パメラのせいだね」


「はい?」


「パメラにとってアレは致命傷じゃなかったってコトさ。回復力も尋常じゃなかったよ。ボクがいなくてもこんな風に完治しただろうね。流石は大魔王の孫ってことさ」


「むふー」

「いや、むふー、じゃないッスよ! どんだけ心配したと思ってるんスか!」


 自慢げなパメラがリオとじゃれ合う。ジゼルはまだ顔のインクを拭いている。

 ワタクシはその景色に微笑んだ後、ラファエル先生に問いかける。


「先生……今回の事件、先生はあの女が本気だったと思いますこと?」

「サリサが? どういうことだい?」


「パメラを本当に殺す気なら首か胸を狙うでしょう? それに、本気で学園を崩壊させるなら、ワタクシの戯言なんか無視してさっさと終焉齎す恐怖の大王アンゴルモアを呼べばいい。そしたらラファエル先生は間に合っていませんでしたわ」


「そうだね、サリサは本気じゃなかった。いや、違うな。サリサが本気じゃない時なんてあるハズがないんだ。サリサはのさ。計画通り学園を潰して戦争を起こした方が面白いのか、それとも学園の伸びしろに期待する方が面白いのかを測っていたんだ。だから対抗戦の競技も真面目に設計したし、決勝ギリギリまでキミたちを見ていた。まあそのせいでボクらは出し抜かれたんだけどね。全くどこまでがサリサの計画通りだったんだか」


 創世の時代から七千年来の付き合いの戦友を思い浮かべ先生は溜め息を漏らした。


 サリサ先生の舐めプのお陰で勝てたとモヤモヤしていたが、アレはアレで本気だったのだ。少し溜飲が下がるワタクシ。


 そして、蒼玉寮に缶詰だったパメラが疑問を口にした。


「それでさ、私が先生に閉じ込められてた間に世間はどんな感じになってるの?」

「そうね、外の詳しい様子はワタクシも知りたいわ」


「うん、まずツェツィが気にしてることから話そうか。ルーヴェンブルン王は無事だ。式典に参加していた学園長のお陰でね。ただ、団長が死んだよ。王を庇いグドルフと闘ってね」

「そう、団長が……」


 ルーヴェンブルン王国騎士団長。

 幼いワタクシに王室剣術を叩きこんでくれた老剣士。

 かつて剣術だけならお父様を凌ぐと言われた人類最強の一人。

 彼との御前試合を思い出し、胸に後悔と感謝が溢れた。

 祖父の生存を喜ぶ気持ちも彼の訃報で掻き消えてしまう。


「暗殺が失敗するやサリサのコピーとグドルフは逃げ去ったそうだ。王都の被害はほとんど無い。こっちは連合への宣戦布告の意味合いが強かったんだろうね。問題はもう一方だ。オリジナルのサリサとバルサザールによって魔王領は陥落したよ。無数のアンデッドに蹂躙されてね。連合の移民十万人は安否不明さ。今や魔王領は死者の都だ」


「ひえー。バルサザールの復活はデマじゃなかったんスね……」

「サリサは十五年前の一騎打ちでバルサザールに止めを刺してなかったんだろうね。その理由がバルサザール自身を面白いと思っていたからなのか、平和で退屈になった後のこの展開を見越していたからなのかはサリサに聞いてみないとわからないけどね」


 なるほど、それはさぞ『背教死者コラプトリッチバルサザールの最期』が気になったろう。

 止めを刺してない可能性を指摘されたら、あの女は焦るだろうか、喜ぶだろうか。


 うん、多分後者だ。


学園ウチのも含めてこの三つの事件のせいで世界は大騒ぎさ。まず同盟の鷹派の魔族が条約を破棄してサリサたちと合流しようとしているね。ちょっと間違えたら本当に大戦が始まりかねない勢いだよ。そして連合内では勇者一行に疑惑の目が向いて、ツェツィのお父さんやボクは質問攻めさ。サリサとグドルフの裏切りを予見していたのかってね」


「一方学園内では魔族の生徒が数名、お家の事情で学園を去っていますね。もし戦争になったら安穏と学んでないで、戦いに加わるんだと豪語する方も人魔問わず多くいらっしゃるようです」


「そっか。お偉いさん方は学園を平和の象徴として残したがってるけどね。多分、キミたち自身が本気で学園を出たいと言い出した時、この平和は終わるんだと思う。ツェツィはどう?」

「ワタクシ?」


「だって世界のために今一番戦いたいのは他ならぬキミだろう? 人間の勇者の娘、ツェツィーリエ」


 エンジェルの司祭はいつになく真剣な表情で心を見透かすようにワタクシを見る。


 そう、不思議なくらい世界のために立ち上がりたいと思っている自分がいる。

 自分のためではなく不特定多数の他人のために何かをしたいと。

 こんな感情は初めてだ。


「ワタクシは──」

「みんな聴いて!」


 ラファエル先生の問いに答えようとした瞬間、可愛らしい大声が耳を劈く。


「知っての通りこの前の対抗戦の撃墜王はこのアタシ! 学園一強いのはこのアタシ! ……でも、対抗戦のホントの一番は他にいるわ!」


 はい? あの子一体何を? 


 思考が纏まる前に、レティシアの口からとんでもない言葉が零れる。


「その一番が今日のアタシたちのライブのスペシャルゲストよ!」


 驚いてステージを見ると一曲歌い終えた声の主と目が合った。

 ワタクシを見つめる琥珀色の目はこう言っている。


『今日はアンタが主役なんだからこっち来なさい!』

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