最終話 厄災ヘノ道

 都へ戻った四人は、早速内裏へと召集された。春家と秋家に安置された鏡が光を発し、四神が全てあるべき所へ戻ったと告げられたためだ。

 一旦座るという暇さえなく、港へ出張った使いの者たちに先導され、四人は今始まりの部屋に平伏している。衣は血や泥で汚れていたため、穢れを嫌った役人たちによって着替えさせられたが。

 彼らの前には帝の側近が一人いて、帝の言葉を伝える。音もなく一礼して、口を開いた。

「よく戻った。そして、無事鏡を取り返したこと、礼を言おう」

 御簾の奥に帝の気配を感じつつ、朱たちは「はっ」と短い返事をした。

 その後も男の口上は続いたが、褒美の品の羅列を聞いたところで朱の耳を素通りする。これで終わったのだという安堵よりも、これからが本当の戦いになるという危機感の方が強い。

(月影は、これからこの国へ何をするかわからない。……くそ、何で聞き届けられないんだよ!)

 帝の御前に出る直前、朱たちは役人に月影はまだ仕掛けて来る旨を説明した。そして、早急に手立てを講じるよう願い出た。

 しかしそこにいた役人にたちは互いに困惑の顔を見せ合い、同じ言葉を発するに留まった。曰く、「全ては帝の意のままに」と。

 だから朱は、この場で言うつもりでいた。月影の一件は、まだ何も終わっていないと。むしろ、始まりに過ぎないのだと。

 ぐっと拳に力を入れた時、朱の手を誰かが掴んだ。その手の主を見ると、明虎がわずかに首を横に振る。

(駄目だ、朱)

 ここで大声を出して言いつのっても、それは気が触れたとして対処されるだけだ。聞き届けられることはない。

 明虎に事前に言われたことを思い出し、朱は奥歯を噛み締めて耐えた。

「……」

「……」

 二人の言葉のない問答を横目にしていた春霞と冬嗣は、それぞれに何かを考えていた。


 ようやく解放されたのは、それから一刻以上後のことだった。内裏を出て、四人は一斉に息をつく。

 最初に口を開いたのは、伸びをしていた冬嗣だった。

「……はぁ、終わったぁ」

「堅苦しいのは疲れる」

「だね。でも帝からの、終わったから」

「そう。ね」

 帝からの依頼は、四神の鏡を再びあるべき場所へ置くことだ。それ以上のことを求められてはいないし、きっと今後も求められないだろう。

 朱の不自然に「依頼は」を強調した言い方に明虎が同意し、冬嗣と春霞も頷く。

 何となく四人の足は、明虎の庵へと向かった。そして各々好きな場所に座り、口を閉ざす。

 ようやく始めに声を出したのは、朱だった。拳に力を入れ、すっと立ち上がる。

「……俺、やっぱりこれで終わりになんて出来ない! 月影の企てがある以上、俺たちに出来ることってあるはずなんだ」

「やっぱ、お前もそう思うよな。朱」

 胡座をかいて壁に寄りかかっていた春霞が、待ってましたとばかりに声を上げる。

「正直昔のオレなら、ただこの国を掌握したいってんなら『勝手にどうぞ』って思ってたがな。……こんな風に思う日が来るなんて、考えもしなかった」

 頭を掻き、春霞は肩を竦める。その言葉と仕草だけで、三人には彼が何を言いたいかがわかった。

 つまり、三人と出会ってしまったから、この国を月影の思い通りにさせたくなくなったと言うのだ。春霞は照れて絶対に口にしないが。

「僕も。このまま、今までのように暮らすことは出来ないよ。……僕を冬家の次期当主だからじゃなくて、冬嗣だからと認めてくれた。三人となら」

「恥ずかしいことくっちゃべってんじゃねえ!」

「――痛いっ」

 満面の笑みを浮かべて言う冬嗣の顔面を、春霞が鷲掴みにした。

「えっ、ちょっ。止めてよ、明虎ぁ!」

「いや……ふふっ。面白いな、本当に」

 驚いた朱が冬嗣を助けようと明虎に要請するが、明虎は笑うばかりで手を出そうとはしない。

 明虎の前では、三つ巴の取っ組み合いが始まっている。その様子を嬉しそうに見詰める明虎は、幼い頃のことを思い出していた。

(秋家で必要とされず、寺でも厄介者扱いされたものだけど、まさかこんなことになるなんてね)

 妾の子だというために独りで生きて行こうとしていた明虎だが、やろうとしてももう不可能だろう。明虎自身もわかっていたが、この三人との縁を結んだのがある意味では運のツキだ。

「……私も、誰が何と言おうとこの国を護ってみせる。きみたちと共にいるために」

「――はぁ、はぁ。明虎、何か言ったか?」

「いや、何も?」

 朱に冬嗣を奪還された春霞が、何処か楽しそうに無理矢理怒りの表情を作る。それが可笑しくて、明虎は再び笑い出した。

「おまっ、何で笑うんだよ!?」

「え? いや、ごめん……ふふっ……駄目だ、可笑しい。あははっ」

「なになに?」

「どうしたんだよ、明虎さんっ。――ははっ」

 明虎に影響され春霞も、そしてきょとんとしていた朱と冬嗣も笑い出す。

 四人の笑い声が落ち着く頃、日は傾きかけていた。


「じゃあ、俺は鏡を夏家に戻してきます」

「僕も。春霞と明虎は?」

 夕刻となり、朱と冬嗣は自分たちが鏡を持ち続けているわけにはいかないと言って帰ることになった。冬嗣に問われ、春霞が口を開く。

「一度、兄上に戻った事だけ言おうと思う。その後は……まあ、今まで通りだな」

「私も一度、家を見に行こうと思う。母上に会うのは気が引けるけれど、私が行っても見向きもされないから問題ないだろう。鏡の無事を確かめて、ここに戻って来るつもりだよ」

 朝廷から豪華な褒美を貰えたといっても、それらは全て四季家それぞれに収められる。朱たち個人に与えられるものは少ないが、それを四人は誰も残念に思っていなかった。

 四人の武器は、それぞれ神器の形をとったままだ。朱の刀も、春霞の槍も、冬嗣の刀も、明虎の弓矢も。それらを四人の所有として朝廷から認められたことが、唯一よかったことかもしれない。

 庵を出たところで、朱は立ち止まった。くるっと振り返り、見送ってくれる明虎と春霞を見詰める。隣にいる冬嗣が、不思議そうな顔をして首を傾げた。

「……また、会えるよね?」

 朱の口から零れ落ちたのは、その問いだった。四人でいた時は長くないが、離れ難くなるには十分な時だ。

 朱の不安げに揺れる瞳を見て、明虎と春霞は同時に吹き出す。

「当たり前だろう? 何で不安になってるんだよ」

「そもそも、月影の企てを壊すんだろうが。オレたちが共にいなくてどうする?」

「……朱、いつでもここに来ると良い。私は勿論、春霞もここでさぼっていることが多いから」

「――うん」

「あーっ、僕も来るからね!? それで、二人に鍛錬して欲しいんだ。今回みたいに、みんなの足を引っ張りたくないから」

 朱の袖を引っ張るようにして、冬嗣も身を乗り出す。そして目を輝かせ、次の約束を取り付けた。

 次に四人が集まるのは、三日後の朝。何があっても必ずここに集まること、と冬嗣が三人に約定させた。

 約束が交わされ、朱は密かに安堵した。もしかしたら一番寂しく思っていたのはじぶんだったかもしれない、と内心苦笑する。

「じゃあ、また三日後に」

「忘れないでよ、三人共」

「冬嗣を泣かせたくはないからね。春霞を引っ張ってでも来させるよ」

「引っ張る必要ないだろ。……またな」

 庵の前で、四人は別々の方角へと歩き出す。

 鏡を取り返すための戦いは終わったが、全ては始まったに過ぎない。月影が目論む『厄災』への道は、今始まったばかりだ。


 やがて四季は春夏秋冬の順に巡り始め、人々は久し振りの暑さと寒さに歓喜の声を上げた。季節が巡ることにより、土地は息を吹き返した。

 桜が咲き、青葉が茂る。そして紅葉し、雪が降り積もるようになる。雪が解ければ、また温かな陽射しが降り注ぐ。

 やがて人々は四季の内二つが失われていたことを忘れ、当たり前を謳歌するようになっていく。それが悪いという話ではなく、ただの事実として。

 朱たち四人は季節が巡ることを止めずとも、五日と空けずに顔を合わせては互いの力を高め合っていた。いずれ来る、戦うべき時に備えて。


 ――これは、日ノ本をめぐる戦いの前夜である。


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四神鏡伝~厄災前夜~ 長月そら葉 @so25r-a

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