第24話 四神離別

 衝撃を覚悟したが、何も落ちて来ない。朱は不思議に思い、そろそろと閉じていた目を開けた。

「え……」

 目の前に、秋の紅葉のような色をした天幕が張られている。それが自分を包み込んだ朱雀の翼だと気付くのには、ある程度の時が必要だった。

「朱雀」

『痛みはないか、朱』

「お蔭様で。……ありがとう」

『礼には及ばない。それよりも、お前は見ていないものがある』

「見ていないもの?」

 朱雀の翼から這い出した朱は、自分が何処にいるのかを知って驚いた。

 朱と朱雀を囲むように、上を青龍が、下を玄武が、そして周囲を白虎が守ってくれていたのだ。上からの落下物は青龍が跳ね返し、床の破損は玄武が押さえる。そして白虎の警戒によって、影は一歩もこちらに近付いて来なかった。

 更にそれぞれの神々の体の上には、春霞たち三人が立っている。彼らは朱が目を開いたことに気付き、それぞれ安堵の表情を浮かべた。

「無事か、朱」

「春霞……」

「影は、私たちが弱体化させたよ。やはり、神を元にしただけはあって消すことは出来なかった」

「明虎……」

「朱、鏡を取り戻してくれてありがとな! 御礼を兼ねて、こっちを攻撃出来ないくらいにはしたよ」

「冬嗣……」

 確かに三人の言う通り、影と呼ばれたモノたちは小さくなり、四柱の神々の威圧に負けている。あの状態ならば、こちらに危害を加えて来ることはなさそうだ。

 ようやく息をついた朱だが、明虎に手を差し出されて首を傾げる。

「明虎?」

「朱、一先ずここを出よう。このままじゃ、いつか全員生き埋めになる」

「あ……はいっ」

 座り込んでいた朱は明虎の手を借り、そのまま白虎の背に乗せられた。春霞と冬嗣も青龍にまたがり、玄武と朱雀は後からついて来る。

 四人と四柱が脱出すると同時に、支えを失った塔は音をたてて倒壊した。地響きをたて、塔が一部を担っていた洞窟も影響を受けて揺れる。

 青龍と白虎が輝く石の間を縫うように飛び上がり、崩れて行く洞窟を抜けた。朱が振り返ると、ズズズと音をたてて穴が塞がって行く。

 やがて音が収まると、荒れた石ころだらけの空き地が広がっている。森の中に不釣り合いな空間で、朱は白虎の背から下りた。見下ろせば、足元に埋まってしまった穴がある。

「……この下に」

「そういや、あの月影っていう奴はどうした?」

 春霞に問われ、朱は眉をひそめて首を横に振った。

「逃げられた。鏡を取り返すことは出来たけど、あいつは神の力を手に入れたから返すと言っていたんだ」

「神の力を手に入れた、か。……きっと、影たちも生き埋めにはなっていないんだろうね。ちらっと見たけど、朝也と鈴の姿も消えていたし、月影と共に何処かへ行ったと考えるのが妥当だろう」

「ってことは、またこの神々が狙われることもあるのか?」

 疑問を呈した春霞に、明虎は「いや」とかぶりを振った。彼の視線の先には、都が見えている。

「月影が力を得たと言うのなら、直接鏡が狙われることはないだろうね。その代わり……」

「……この日ノ本全体が、月影たちの狙いになる」

「その通りだね、朱」

 朱の隣に立ち、明虎は困ったような笑みを見せた。冬嗣と春霞もそれぞれ、二人の話を聞いている。

「月影の狙いは、日ノ本を手中に収めること。ならば、今回だけで終わるはずがないよね」

「本当の戦いは、まだ先にあるということ?」

「少し大袈裟に言うなら、次は日ノ本をめぐる争いになるかな。……月影たちと縁が結ばれた以上、私たちも無関係とはいかないね」

 困ったものだ、と明虎は苦笑いする。しかし朱には、何処か楽しそうにも見えた。

 冬嗣も思ったことは朱と思ったことは同じらしく、首を捻って悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「でも、明虎楽しそうだ」

「日ノ本の一大事だってのに、呑気だなお前」

「春霞には言われたくないな。でも、そうかもしれないな」

 憮然としてから、明虎は微笑む。その視線は、朱たち三人に注がれていた。

「私は、三人と共にいることが心地よく感じているんだ。四人が揃ったのは始めてのはずだけど、また戦うのならこの四人が良いなと思う程度にはね」

「遠回しに言うなっての」

「そう言う春霞も、否定はしないんだね」

「……まあな」

 珍しく素直に肯定した春霞に目を見張った明虎だが、その春霞に睨まれて肩を竦めた。

 そんな二人を見て、冬嗣も両手を挙げた。

「僕も、次もあるならこの四人が良い! 四人なら、あいつらがどんなに強くなったって勝てるよ。だろ、朱?」

「……そうだな」

 目を細め、朱も頷く。初めはぎこちなかった関係も、今やほぐれて互いを気遣う余裕も生まれてきた。

 この四人ならば、どんなことでも乗り越えられる。何となく、そんな確信があった。

『……朱、冬嗣、春霞、明虎。鏡を取り戻したこと、感謝する』

 朱たちが見上げると、四柱の神々が見下ろしていた。思念を伝えてきたのは朱雀らしく、その目は優しく弧を描く。

 朱雀に続いて、青龍と白虎、玄武も思念を伝えてきた。

『我らが必要になれば、呼べ』

『お前たちの声ならば、鏡を通して我らに届こう』

『日ノ本は、我らにとっても代え難い地。真に願うのならば、力を貸そう』

 それぞれが言い終わると、四柱は頷き合った。朱たちが声をかける間もなく、淡い四つの光の玉となる。青龍と白虎は都の方角へ飛び去り、朱雀と玄武は朱の持つ鏡へと吸い込まれた。それと同時に四人の体に浮き出ていた痣が薄れ、消え去って行く。

 じん、と朱の手の中が熱を持つ。朱は玄武の鏡を冬嗣に手渡し、朱雀の鏡をしっかりと抱き締めた。

 冬嗣も大事そうに抱え、それらを見た明虎が目を細めた。

「……さあ、戻ろうか」

「はい」

 朱は頷き、戦いは一旦幕引きとなる。

 四人は船をこいで都へと戻った。

 都に戻れば、再び以前と変わらない暮らしが待っている。そう思ったためか、四人は何となく口を閉ざしていた。

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