第23話 四鏡奪還

 仲間の戦う音を置き去りにして、朱はぐんと高度を上げる。彼の乗る朱雀は脇目も振らず、ただ上を目指して飛んで行く。

(この先に、鏡がある)

 一瞬、朱は後ろを振り返りたくなった。しかし振り返れば、先に行かせてくれた冬嗣たちの気持ちを裏切ることになる。飛ぶ速さと仲間への思いが、その行為を押し止めた。

『……不安か?』

「いや、信じてるから」

 朱雀の問いに首を横に振り、朱は前を向く。

 決して朱雀が朱を振り落とすことはないという信用、そして仲間四人が必ず影を倒すという信頼。どちらも願望ではない。

 やがて朱雀は石造りの建物の最上部へと辿り着き、大きく嘴を開けた。喉からせり上がる熱を一度押し止め朱雀は、朱の許しを求めてちらっと見た。

 それを受け、朱は目の前にある堅牢な建物を見やる。大きな四角い穴が横に並んだ壁を見ると、穴の向こう側に月影の姿が見えた。

「ここまで、追い付いたか」

「ああ。……四神の鏡、返して貰うぞ!」

 朱がそう宣言すると同時に、朱雀が物凄い勢いの炎を吐き出した。ゴオッという音が聞こえ、建物の壁が破壊される。炎は室内に達し、朱は朱雀に促されるままに部屋の中に飛び込んだ。

 炎に巻かれていたはずだが、全く熱くない。朱は神の加護に感謝し、鏡の行方を探した。すると壁際に祭壇のような台があり、そこに置かれた二枚の鏡が見える。

(見付けた)

 朱は鏡に手を伸ばし、誰かの手に先を越された。顔を上げれば、すぐ傍に月影がいて鏡を奪い取る。

「返せ、それはこの国を守るために失うわけにはいかないんだ!」

「残念だが、私はその国を壊そうと思っているから。創り変え、我がものとするための世界を創り直す。そのために……四神をこの手に収めなければならない」

 月影が抱えているのは、朱雀と玄武の鏡だ。それらがあるべき場所から無くなったことで四季は狂い、更なる『厄災』への道筋となっている。

 朱は月影の独りよがりに奥歯を噛み、無計画に駆け出した。

(させるかよっ)

「朱雀、みんなを頼む。俺は、こいつを止めるから!」

『朱──ッ!?』

 朱雀が止める間もなく、朱は身を投げ出すように月影に飛び掛かった。無鉄砲な一撃は、月影の意表を突く。

「ぐあっ」

「返せ! 『厄災』なんて起こすわけにはいかないんだ!」

 頭に浮かぶのは、自分を見放し子とさえ見ない父母と家人たちを見返したいという思い。そして、兄弟とは認めず見下してくる弟の冷めた瞳への劣等感。

 しかしそれらを塗り潰して余りあるのが、三人の仲間と四柱の神々との想いの結び付きだった。彼らを裏切り、失望させることだけは、何としても避けたい。そして、想いに応えたい。

 朱の刀が熱を発し、朱く燃え上がる。同時に朱の背中にも熱が起き、鮮烈な朱の翼が生える。その翼は幻であるかもしれなかったが、朱にとってはどうでも良いことだ。

(俺の限界を──その先を、刃に乗せる!)

 朱の刀が発光し、月影が抜いた刀と正面から交わる。キンッという金属音が幾度となく響き、互いの距離を詰めて行く。

「──っ、はぁっ」

「ちっ」

 火花が散り、閃光を放つ。二つの刃は攻守の一進一退を繰り返す。

 一旦は攻め込まれて腕を斬り飛ばされかけた朱だったが、紙一重で体を捻ると、足払いを決めた。

「なっ……ぐっ」

 どおっと倒れる月影の右肩を踏みつけ、切っ先を喉に向ける。

「──っ。鏡を、渡せ。それは……人がどうこう出来る代物じゃ、ない」

 肩で息をし、途切れ途切れになる言葉。それでも一切ぶれない刃が、月影の命運を握る。

 眼光だけで人を射殺せそうだった月影は、ふと鼻で笑った。そして躊躇することなく朱の刀を握ると、首から離す。

 朱は虚を突かれ、しかしすぐに気を引き締めた。肌が切れて血を流す月影の手を見詰めながら、問う。

「何の、真似だ」

「お前の勇気に免じて、鏡は返してやろう。神々の力を手にする、という我が使命は果たされた」

「何を言っている……?」

「今はわからんだろう。だが、いずれ理解する時が来る」

 困惑する朱を嘲笑うかのように、月影はふんっと鼻を鳴らした。そして朱の刀を力任せに押し戻し、立ち上がる。更に、月影の胸に抱えていた二枚の鏡を投げて寄越した。

「──っ」

「我らは、この日ノ本を我が物とする。その為ならば、『厄災』すらも手懐けてみせよう」

「待ちやがれ、月影!」

 吼える朱の声を無視し、月影は背を向けたまま刀を一閃させた。すると建物─塔にひびが入った。

 小さなひびは、ピシピシッと音をたてて広がり、やがて建物全体へと拡大する。天井へも割れ目は入り、地響きが鳴った。

「何、だ……?」

 地響きのために立っていられなくなった朱は、遠ざかる月影を追うことが出来ない。それを歯がゆく思いつつも、腕の中の二枚の鏡を抱き締めた。

 その時だった。

 ──バキッ

「──!?」

 天井が崩れ、朱の上へと瓦礫が落ちて来る。躱すことも出来ず、朱はそれを呆然と見守った。

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