第22話 四季決着 二

 朱く変色した刀を手に、朱は朱雀の背に乗って影と渡り合う。自分に向かって飛ばされる炎弾を間一髪で斬り、朱は止めていた息を吐いた。

 朱雀もまた影の炎を躱し、翼をぐんっと動かす。そして朱が落ちないよう気を遣いながら、影よりも大きな美しい炎を吐き出した。それを影まともに受け、怯む。

 影が身を引いた隙に、朱は地上にいるはずの冬嗣の姿を探した。そして、ぎょっと目を見張る。

「朱雀、後を頼む!」

 朱は朱雀の了承を聞くことなく、ある目的のために飛び降りた。自分の体に朱雀の力がまとわりつくのを感じ、大丈夫だと思い切る。

 背中に、大きな翼が生えた気がした。


 蛇二体を消滅させ、残るは本体のみとなった『玄武』。しかしその本体こそが曲者で、多少身軽になったことが起因してか、水の威力が増していた。

「うわっ」

 渦を巻く水を躱すも、その水飛沫が衣を裂く。紙一重で切断を逃れた冬嗣は、ひらりと玄武の背中に着地した。

 真の神である玄武には、今も二頭の蛇が絡み付いている。それらにも意思があり、本体の亀とは別の動きをする。普通なら予測不能なそれらを、何故か冬嗣は手に取るようにわかった。

(次、右のが水流を躱す。で、左のは守りに入るから、僕はその守りの後ろから行く!)

 瞬時に判断し、実行に移す。冬家で過ごしていた時には出来なかったことも、極限の状態に身を置けば自ずとやらざるを得なくなるものだ。

 冬嗣は予想通りに動く蛇の後ろから飛び出し、ひらけた『玄武』の視界に刀を振るった。

「はっ!」

 蛇に意識を取られていた『玄武』は不意を突かれ、冬嗣の猛攻を許す。慌てて水の壁で守りを固めるが、それは玄武の吐く水によって無となった。

「──オオオッ」

 雄叫びを上げた『玄武』はその目に更なる怒気をはらみ、体全体から水の気をき散らす。それは飛沫に似て、触れた者の肌を汚した。

「神聖な神、とは程遠いな」

 血がにじむ頬を拭い、冬嗣は飛び降りる勢いそのままに『玄武』の額を斬りつける。眉間に亀裂が入るが、そこからすらも水が噴き出す。

「──まずっ」

 『玄武』の傷口が塞がろうとし、それに刀が巻き込まれる。動かせなくなれば、黒い水に呑まれて終わりだ。

 冬嗣は決死の思いで刀を引き抜き、飛び退こうとした。しかし時既に遅く、水流が冬嗣の左足首を捕える。

「いっ……」

 擦り斬られるような感覚に顔をしかめ、冬嗣は刀をその水流に振り下ろす。玄武の力を宿した刃は黒い水を斬り、冬嗣の身が投げ出された。

「ぐあっ」

 体を支えるものが何も失くなり、冬嗣は落下の衝撃に耐えようと目をつぶろうとした。その瞬間、大きな朱い鳥が自分に向かって飛んで来るのを見て目を見開く。

「冬嗣!」

 地面に頭からぶつかりそうになった冬嗣を、体を投げ出した朱が救う。二人は勢いのままに洞窟の壁にぶつかり、呻いた。

「ごめん、朱」

「気にするな。……それより、冬嗣の怪我の方が」

「それこそ、無用な心配だ、よ。……痛っ」

「その足じゃ……動かないで」

「だけどっ」

 朱の制止も聞かずに立ち上がろうとする冬嗣だが、足首からは血が流れ続けている。止血して安静にしなければ、治りは遅くなるだろう。

 玄武もそれをわかっているのか、冬嗣の前に立ち塞がって動かない。下から睨み付けられても、表情を全く変えなかった。

 朱は痛みに耐えながらも戦おうとする冬嗣の肩を掴み、自分の方を向かせる。二頭の影が絶えずこちらに攻撃を加えてくるが、それらは全て朱雀と玄武が防いでくれているから大丈夫だ。

「冬嗣」

「……僕が、行かなくちゃ」

「勿論そうだ。だけど、きみには俺たちがいることも忘れないでくれ」

……?」

 目を瞬かせた冬嗣の耳に、二つ分の足音が届く。はっとして顔を上げると、『朱雀』と『玄武』にぶつかって行く二つの大きな存在が見えた。

 それらは青緑と白に輝き、冬嗣たちにとって頼もしい二人を乗せている。

「春霞、明虎……!?」

「怪我人は休んでろ!」

「よく頑張ったね。今度は私たちが──!」

 唖然とする冬嗣に向かって叫んだ二人と二柱の神々が、二つの影に向かって突進する。朱雀と玄武もそれに気付き、喜びをあらわにした。

「青龍、行くぞ」

「白虎、よろしく」

 春霞の槍と明虎の弓矢が輝き、それに呼応した朱と冬嗣の神器が光った。光の分強さが増し、春霞と明虎はそれぞれに朱雀と玄武と共に影を追い詰めて行く。

 輝きは今までの比ではなく、洞窟内にもかかわらず日の光があるようにすら感じられる。四人にはそれが眩しくはなかったが、月影は目を細めていた。

「素晴らしい。これが……四季の者と繋がった四神の強さか」

 感心しているらしい月影は、一つ頷くと踵を返した。真っ直ぐに鏡が治められているという建物へと歩んで行く。

 それに気付いたのは、座り込んでいた冬嗣だった。

「――朱、あいつを追うんだ!」

「あいつ? ……あっ」

 春霞たちの戦いに気を取られていた朱は、そこでようやく気付く。立ち上がり駆け出そうとして、冬嗣を振り向いた。

「冬嗣、きみは……」

「朱が言ったんだろう? 『俺たちがいることも忘れないでくれ』ってな。だから、僕はここで玄武と一緒に出来ることをするよ」

 冬嗣は笑うと、玄武を呼ぶ。すると心得たとばかりに、玄武は背中を差し出す。冬嗣は衣の袖を破いて止血した腕を挙げてひらりと乗ってみせ、止めようとした朱に微笑みかけた。

「見ててよ。――玄武、水の壁を」

『応』

 冬嗣の求めに応じ、玄武が水の壁を築く。それは青龍と朱雀、そして白虎に向かう影たちの技全てを撥ね返していく。苦々しげに咆哮する影を満足げに見て、冬嗣は朱を鼓舞した。

「ここは、押し止める。だから、早く鏡を!」

「……わかった。絶対に三人で追い付いて来いよ。――朱雀!」

 朱は飛んで来た朱雀の背に飛び乗ると、一気に建物の最上部へ向かう。

 朱い姿が遠くに去るのを見送り、三人はそれぞれの場所で頷き合う。目の前にいる二頭の影は、本物が力を取り戻しつつある影響かその力を弱めていた。

 へっと短く笑った春霞が、二人と三柱の神々に言う。

「さっさと片付けるぞ」

「ここで足止めされるのは、本意ではないからね」

「僕だって、見てるだけじゃない」

 三人と三柱の神々の心が共振し、影を貫く光となる。神器を構え、三人は真っ直ぐに二頭の影を見据えた。

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