第5章 始まりの終わり

第21話 四季決着 一

 別々の場所で、四神が顕現した。それらは影と戦い、その傍には春夏秋冬の名を持つ青年たちが並び立つ。

 春霞は青龍と。明虎は白虎と。冬嗣は玄武と。そして、朱は朱雀と。

 四人は四柱の神々と共に、神の影と言うべき存在と対峙していた。


 影に攻め込まれるも、春霞は青龍の援護を受けて力を弾き返した。槍は鋭く『青龍』の尾を斬り、その石突で押し返す。

「はっ」

「ちっ」

 春霞の懐に入り込もうと、朝也が体を滑り込ませる。それを躱そうと身をよじり、春霞は腕に違和感を感じた。

「……成程、な」

「お、気付いたか。なかなか察しが良いな」

 違和感の正体は、朝也が放ち巻き付いた植物の蔓だった。闇色の蔓は腕を容赦なく締め付け、徐々に手を痺れさせる。

 春霞は顔をしかめると、槍を閃かせて蔓を斬る。そして次が伸びて来る前に、槍に青龍から授かった力を籠める。

 ビリビリと痺れるような感覚が走り、春霞は歯を食い縛った。

 その様子を見て、朝也は自分の攻撃が効いているのだと勘違いする。ニヤリと笑うと、本物に攻め込まれる『青龍』を鼓舞した。

「そんなもんに負けんなよ、お前が真実となるんだ『青龍』!」

「――神となる? 勘違いも甚だしいだろ」

「な―――っ!?」

 朝也が驚愕を持って見上げると、自分を見下ろす位置に春霞がいた。正しくは跳び上がって上を取っていたのだが、何故かその身は碧に近い色に光っているように見えた。

 その感覚は、春霞が感じていたものに似ている。春霞は体が軽くなったように、また自分の中に青龍の息吹を感じ取っていた。

(いける)

 無意識の中で沸き起こる、確かな感覚。それを糧に、春霞は硬直する朝也の背を蹴り飛ばし、よろけた彼の鳩尾に石突を叩き込んだ。

「――かはっ」

 腹を突かれ、朝也は吹き飛ばされる。彼が飛ばされた先には岩壁があったが、その前に巨大で黒い龍が落ちる。

 それは、青龍に敗れて叩き落された『青龍』だった。

「……助かったぜ、青龍」

『ふん。我らが守り人に人殺しをさせるわけにもいかんだろう』

 空中から春霞を見下ろした青龍が、鼻を鳴らす。

 青龍の言う通り、朝也は『青龍』の体に守られて気絶で済んでいる。『青龍』もまた、消えかかりながらもぐったりと体を横たえていた。

「……神は、簡単に取って代われるもんじゃない。それすらもわからなくなる、か」

 春霞はくるりと背を向けると、幼馴染の行方を探した。そして、名を呼ぶ。

「走るぞ、明虎!」


 神力を宿した矢が、雷撃も炎も掻き消す。更に白虎の名を冠する札は、射られると同時に鋭利な鋼鉄を発して鈴に向けて飛んで行く。

「ぎゃぁっ」

「逃がさない!」

 煙玉のようなものを出現させて逃げようとする鈴の姿を見付け、明虎は狙いを定めた。しかし矢を射る前に白虎の影に邪魔をされ、狙いを外される。

「そううまくはいかない……よねっ」

 目標を変更し、明虎は自ら放った札を射る。そこにはやいばと書かれ、呪術が放たれると同時に数えきれない刃が鈴と『白虎』に向かって降り注ぐ。

 実は傷つけることはない雨なのだが、鈴と『白虎』は逃げ惑った。

「いやぁっ」

「グルルッ」

「……小物、か」

 ぎりぎり命を奪わない威力と狙いをつけ、明虎は幻の刃の雨を通る矢を放つ。白虎の加護を受けて威力を増した矢は真っ直ぐに飛び、分離した。

 二つの矢の一つは『白虎』の右足に突き刺さり、転倒を促した。巨体が倒れ、地響きが鳴る。もう一つは鈴の衣を射抜き、勢いのまま彼を壁に繋ぎ止めた。女のような丈の長い衣が災いした結果である。

「――ちっ、『白虎』!」

「グオゥゥッ」

 鈴の言葉に応じ、『白虎』が明虎に飛び掛かる。右足に刺さった矢はそのままに、怒り心頭の『白虎』は気付かなかった。

「――ガッ!?」

「……ありがとう、白虎」

 突然地面に押さえつけられ、『白虎』は驚き呻いた。その上に足を乗せる存在、白虎に向け、明虎は礼を言う。すると白虎は喉を鳴らし、後ろから呪術を放とうとした鈴の手を尾で振り払ってみせた。

「衣を破いたのか。……大人しくしておいてくれれば、これ以上戦う必要はなかったのに」

「黙れ。我々の悲願を果すため、お前たちは障害でしかない。四神をこの場に残し、去れ」

「残念だけど、それは絶対に出来ない。……彼らが私たちを信じてくれていてくれる限りは、その期待に応え続けたいから」

「小癪な」

 問答は終わりだとばかりに、鈴が札を破る。そこから出て来たのは、怒気をはらんだかのような底知れない黒色の炎だった。

 その黒炎を『白虎』の身にまとわせ、鈴が片手を大きく挙げる。すると彼の手にも炎の塊が生まれ、大きく成長する。

「これで、終わりだ」

 鈴の言葉と同時に白虎と『白虎』がぶつかり合い、激しく火花すらも散らす。更に鈴によって放たれた炎の弾丸が、真っ直ぐに明虎を害そうと飛び込む。

(必ず、二人に追い付かなければ)

 背合わせで戦う幼馴染と約束をした、一つのこと。その先にいるはずの年下二人のことを思い、明虎は渾身の力で神器の弓矢を引き絞った。

 ――パァンッ

 限界まで引かれた矢が、鈴に向かって飛ぶ。鋭く飛んだそれは、炎の弾丸を真っ二つにして飛び続ける。

 そして、目を見張る鈴のこめかみを擦った。次の瞬間には、後方の壁に大穴をあけて隣の空間の壁に突き刺さる。

 鈴は矢の威力を近くで感じ過ぎたのか、ふっと意識を失った。また『白虎』も白虎に巨体をぶつけられ、更に鋭い爪で斬られて倒れた。

「……ふう」

 ようやく息をついた明虎は、自分を呼ぶ声に右手を上げて応じた。そして、振り返って口を開く。

「行こうか、春霞」

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