第18話 神器覚醒

「え……」

 思わず弓を張る力を弱めかけ、明虎は我に返った。改めて引き絞り、狙いを定める。

 しかし明虎の中に響く『声』は、どんどん明瞭になっていく。眩しい光のように、無視出来ない。

(誰なんだ、声の主は……!)

『他が為に成しえんとする若者よ。……力を貸そう』

 低く、響くような声。その穏やかで確固とした意志を感じる声に、明虎は何故か聞き覚えがあった。頭の中で何度か打ち消すが、懐かしさと共に強く入り込む。

 変化は、明虎の内部のみで表れていたわけではない。表面でもまた、全く違う変化が起こっていた。

「な、何よ!?」

「……グルル」

 鈴が息を呑み、『白虎』が警戒を露にして唸り声を上げる。彼らが見詰めているものの存在を、明虎は振り返って初めて把握した。

「……白虎?」

『……』

 唖然としている明朱に頷いたのは、白銀に輝く巨体の虎だ。墨ではいたような模様が体に描かれ、金色の瞳が明虎を見返した。

 かすかに頷く白虎に、明虎は驚きを忘れた。驚くことは後でも出来る。しかし今、すべきことはそれではない。

「……わかった」

 白虎に背を向け、明虎は再び矢を引き絞る。血染めの札を射貫かんとする矢に、迷いはない。

 未だ突然現れた本物の白虎に驚いている鈴たちを放置し、明虎は弓矢で札を射貫いた。

 パァンッ。涼やかな弦音が響き、明虎は札が瞬いたことでそれに何が書かれているのか把握した。

「……白虎の札」

『その通り』

 白虎は応じると、ひらりと跳んだ。そして『白虎』に襲い掛かる。

『ウオォォォォッ』

「グオッ」

「待ちなさい、『白虎』!」

 鈴が制するのも聞かず、『白虎』は彼を庇うように白虎の爪をその身に受けた。ガクッと体勢を崩すが、すぐに傷口が塞がる。

「よしっ、このまま……っ!?」

「お前の相手は、この私だ」

 白虎に対して呪術を放とうとした鈴のこめかみを擦るようにして、矢が飛んで行く。彼が振り返ると、次の矢を持つ明虎の姿があった。

 明虎の頬と破れた袖から見える肌には、白虎と同じ黒い模様が浮かんでいる。

「あんた……」

 怒りに燃える目を向けられても、明虎は臆しない。それどころか弓矢を構え、更に呪術の札を何枚も宙に浮かべる。

「光と影の戦いは、向こうに任せませんか? 私たちは私たちで、決着をつけましょう」

「──良いわ。あんたを倒して、本物の白虎もこちらのものにしてあげる!」

 鈴は懐から取り出した札を破り、そこから金属の刃を幾つも出現させる。刃の中でも大きなものを二つ選び、手に握った。二つ以外は浮遊したまま、鈴を守るようにくるくると周りを回る。

「八つ裂きに、してあげる」

「お断りします」

 にこりと微笑むと、明虎は三本の矢をつがえた。

 ──飛べ。

 そう心に強く願った時、弓矢が光輝いた。ただの木で出来ていたはずのそれは、明虎の手の中で姿を変えていく。

「……!」

 鋼鉄らしき硬さを持ち、滑らかで伸び縮むという特殊な性質を合わせた白く輝く弓。そして、鋭さを増した黒い矢。神々しいまでに力溢れるそれらが、明虎の手にあった。

「まるで、神器。……白虎」

 顔を上げれば、頭上を白い虎が駆けて行く。その姿に鼓舞され、明虎は襲い掛かって来た炎と雷に向かって矢をつがえた。


「……死んで、ない?」

 『青龍』の吐き出した黒煙に巻かれて死んだかと思った春霞だが、ゆっくりと目を開けた。そして、目の前を塞ぐ大きく長い体に驚愕する。

「青、龍……」

『全く、世話の焼ける守り人だ』

 青に近い緑の体をくねらせ、青龍がその深い青の瞳で春霞を見た。洞窟の中でさえ輝いて見える体は鱗に覆われ、尾が『青龍』の放った力を弾き消してしまう。

 その深淵の瞳に見詰められて動けないのは、春霞だけではない。朝也もまた、突然の展開について行くことが出来ずにいた。

「な、何だそいつは……。本物の……?」

「らしいぞ。……すまないな、青龍。世話が焼けて。迷惑ついでに、こいつらを倒すのに力を貸してくれ。早く、朱と冬嗣に追い付きたい」

『承知した』

 青龍が咆哮すると、春霞の体を蝕んでいた見えない蔓が消滅した。それとは別に、新たな青緑の鱗のような模様が春霞の肌に現れる。

 痛みはなく、ただ温かく強い力が自分に満ちていくのを感じる。春霞はその時初めて、離れた所で戦う明虎の変化にも気付いた。

「青龍、あいつのもとにも白虎が?」

『我らは守り人と共にある。それだけだ』

「──そうか」

 フッと笑うと、春霞は槍を構える。それは以前の古びたものではなく、青龍の覚醒によって本来の姿を取り戻していた。

 柄は青緑色をして、結ばれた紐は深紅。青龍の光で輝く刃は鋭さを増す。

 遠くに見える明虎の弓矢もまた、白銀に輝いて見えた。

 そこまで確かめて、春霞はぐるりと振り返った。そこには黒い『青龍』と共に佇む朝也の姿がある。彼は既に神の出現への驚愕を静め、本来の目的を果たさんとする獣の瞳をしていた。

「……朝也、終わらせようぜ」

「ああ。──俺たちに楯突いた報い、受けろよ」

 光と影が咆哮し、春霞たちもまた、その刃を交わした。

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