第17話 春秋決戦

「朱と冬嗣、無事かな」

「無事だろ。あんだけやって死んでたら、殺す」

「いや、死んでるから」

 春霞の真面目な顔で言う言葉に、明虎が突っ込む。互いに泥だらけ血だらけだが、冗談を交わすくらいの気持ちの余裕はある。

 彼らの前では朝也の命令を受けた『青龍』が大きく口を開け、咆哮したところだ。その声は空気を震わせ、洞窟すらも震わせる。既に岩壁の一部は剥がれ落ち、天井も部分的に崩落していた。

「――くっ、これでも喰らえ!」

 気を急く朝也の声に応じ、『青龍』が唸り声を上げた。その途端、春霞の足下から植物の蔓が伸びて来る。それらは春霞を捕らえようと動き、躱そうとした春霞の足首に巻き付く。

「ちっ」

 動きを制限され、春霞は舌打ちをした。そして明虎が何処にいるのかを確かめた後、すっと目を閉じ動きを止める。

 それを諦めと捉えたのか、『青龍』の横から『白虎』が吼えながら殴り掛かった。それを見て、鈴が焦る。

「待て、『白虎』!」

「遅いね」

 ドスッ。『白虎』の右耳を射抜いたのは、明虎の放った矢だ。千切れた肉片はすぐさま消滅し、『白虎』が怒りの咆哮をする。

「耳がまだ限界、か」

 軽く息をつき、明虎は再び矢をつがえる。春霞から獲物を変えたらしい『白虎』がこちらに突進して来る。その身は硬化し、簡単には矢も入らない。明虎の矢を踏まえ、対策を打って来た。

「おっと……くっ」

 鋭く太い『白虎』の爪が、躱し損ねた明虎の左肩を傷付ける。幸いにも浅傷あさでだが、既に体中傷だらけの明虎にとっては負担だ。

(だとしても)

 痛みを堪え、明虎は懐から札を取り出した。先程胸元を斬りつけられた際、血で汚れてしまったものである。文字は滲んで判然とせず、明虎は使うのを諦めようとした。

 しかしその時、既に札を取り換える暇はなくなっている。

「グルル……」

「動きが止まったわよぉ? もう、終わりかしら」

「……鈴」

 硬化した『白虎』とその背にまたがる鈴。彼らが視界に入って来たことにより、明虎は覚悟を決めた。血に染まった札を放ち、眼前に迫る影を狙う。

「そんな血染めの札、使い物にならないんじゃない? この戦い、諦めたのかしら」

「――さあ、ねっ!」

 諦めることだけは、絶対にない。出来ることを全てやり、やるべきだと信じたことをやり抜くだけだ。

 明虎は弓に矢をつがえ、引き絞った。

(――負けない。約束をした。必ず四人、一人も欠けずに)

 その時、明虎の中で何かがこだました。


 同じ時、春霞もまた朝也と『青龍』に対峙していた。

「……影、か。偽物を操って、この国が手に入ると思っているのか?」

「こちらを煽りたいんだろうが、残念だな。俺たちは既に朱雀と玄武を手に入れている。だからこそこの国の四季は滞り、やがて人々は俺たちに……親父に平伏ひれふさざるを得なくなる。親父が四神を操らなければ、四季は巡らなくなるのだからな」

「――ほざけ。……ぐっ」

 激しく咳き込み、春霞は体をくの字に折った。口を押え、苦しげに息をする。その様子を眺め、朝也は鼻で笑った。

「ふん。どうだ、体中を縛られ息を止められる気分は?」

「だま、れ」

 強がって春霞が睨みつけてみても、朝也は余裕の笑みを絶やさない。

 春霞の体に表面的な異変はないが、その体の中に入り込んだ『青龍』に従う蔓が縛り付けているのだ。彼の腕や足、頬に浮かんだ黒い文様がそれを示している。

 脂汗と冷や汗が同時にわき、胸の奥が軋む。こわばる指に力を入れ、春霞は強い光を目に宿して槍を構えた。

「悪いが、ここを諦めるわけにはいかない、んだ」

「ふぅん……。お前のことは、軽く調べた。後継者の兄に怯え、逃げ回るお前が、どうしてこの場からは逃げない? お前は『誰かのために』という柄ではないだろうが」

「――くっ。その通り、だな」

 朝也の指摘は最もで、春霞は反論しない。自分の変化には自覚があり、己のことながら馬鹿ではないかと嘲笑いたい気持ちでいる。

「……だけど、何でか、オレはあいつらを裏切りたくない」

 目を閉じることをせずとも、思い浮かぶ顔がある。幼い頃に偶然出会った明虎、無邪気だが真っ直ぐな冬嗣、そして、懸命に前を向いて足掻き続ける朱。彼らとの出会いが、春霞を変えた。

「……『青龍』」

「――うっ」

 興味もないという顔をして、朝也が『青龍』に命じる。すると春霞の体の中で疼く蔓が締まり、春霞は思わず膝をついた。

 膝をついても尚、春霞は顔を下げない。手は槍を掴み、何とか立ち上がろうと力の入らない足を叱咤する。

 春霞の様子を見ていた朝也は、ちらりと鈴の方を振り返った。そちらは『白虎』にまたがった鈴が明虎を追い込んでいるところだ。すぐに、鈴の勝ちが確かになることだろう。

「……じゃーな。お前の家の鏡も、俺たちが有効に使ってやるよ」

 朝也が指示すると、『青龍』は再び鋭利な牙の生えた口を開く。そこに集まる力の波動を感じ取り、春霞は最後の力を振り絞った。

(あいつらとの約束、違えるわけにはいかない――!)

 『青龍』が咆哮と共に黒い炎のようなものを吐き出した時、春霞は別の何かの声を聞いた。


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