第2章 影のモノとの邂逅

第6話 未知ノ敵

 朱たちのいる場所から、海を渡った先。鬱蒼とした森と山、激流の川が存在し、大きな影がそれらの上を過ぎ去って行った。

 日ノ本でも一握りの者たちしかその存在を知らない未知の島──それが、オノゴロ島だ。

「……親父」

「どうした?」

 海辺でもりを研いでいた「親父」と呼ばれた男は、自分の後ろに立った影に向かって問う。振り返らずとも、それが誰かくらいはわかる。

すずが、こちらを探る『目』に気付いた。すぐに跳ね返したらしいが、向こうにはこちらの場所がわかっただろう、と」

「そうか。……わかった」

 銛を砂浜に突き刺し、「親父」は不敵に微笑む。

「四神の半分は、既に我らの手にある。残りが自ら来てくれるとは、迎えに行く手間が省けたな」

「始まるのか? 厄災へ向かう……この国の行く末を決める戦いが」

「そんな大層なものではないよ。ただ、面白おかしく引っ掻き回してやろうというだけの話だ」

 青年の真面目な言葉を茶化し、男は楽しそうに笑った。これから国というものに対して反旗を翻そうという者には見えない程、その表情は喜色に満ちている。

 男は立ち上がると、銛を抜いて頭上で振り回して見せた。ヒュンヒュンと空気を切り裂く音に満足すると、男は踵を返す。

「あいつらを呼べ。……盛大にもてなしてやろうではないか」

「承知」

 青年を見送り、男もまた歩き出す。その影は、まるで鳥と亀を合わせたようないびつな形をしていた。




「夢を、見たんだ」

 朱たちは一路、海へ向かうために南下していた。その途中、朱は明虎に向かって今朝の夢について話し始めていた。

「夢? どんなものかな」

「……朱雀に、会う夢だった」

 朱雀。それは日ノ本において夏と南を象徴し、結界の要となる炎をまとった巨大な鳥を指す。

 そして何より、現在何者かに囚われているはずの存在だった。鏡を奪われるということは、神との繋がりを断たれるこということを意味するのだ。

 大昔、神と人は鏡を通じて言葉を交わしたという。その鏡もなく、神が人と意思の交換を行なった。

 朱の告白に明虎のみならず、先を歩いていた春霞と冬嗣も驚き足を止めた。三人の視線を一身に受け、朱は居心地悪そうにする。

「朱雀は、鏡を取り返さなればこの国に『厄災』が訪れると言っていた。そして、自分の『影』を倒せ、とも」

 そして、と朱は懐から書物を取り出した。ほとんど身一つの彼が屋敷から持ち出した数少ないものの一つだ。

「これは、父から貰ったんだけど……ここを見て」

 朱が指差した場所に、三人の視線が集まる。冬嗣は身を乗り出し、春霞と明虎は上から見下ろす形だ。

 ──鏡とは、神との繋がり。我らを包み込む結界の要。それが崩れた時、日ノ本は暗雲に呑み込まれる。

「……この暗雲が厄災を示す記述だと思われるんだ。少なくとも祖先たちは、鏡を失うことを恐れていたってことだよね」

「聞いたことがある。神が人の傍にいて下さるからこそ、オレたちはこの地で暮らしていけるのだと。本来のこの地は、鬼や魑魅魍魎が跋扈する危険極まりない場所なのだと」

 春霞の言葉を受け、四人は黙り込む。改めて、事の重大さを確認させられた気持ちでいた。

 余計に責任を感じて青くなったのは、冬嗣だ。彼と同じく神の鏡を奪われた朱も顔色を悪くしていたが、冬嗣はそれ以上に、今にも倒れそうだ。

「ぼ、ぼくは……なんてことを……っ」

「落ち着いて、冬嗣くん。その厄災を起こさないために、私たちはオノゴロ島へ向かおうとしているんだ。今はまだ、望みを捨てる時じゃない」

「……そう、だよね」

 明虎に肩を抱かれ、冬嗣は深く息を吸って吐く。それを何度か繰り返し、ようやく顔色が戻った。

「取り乱して、ごめんなさい。もう、大丈夫」

 腰に佩いた小刀を掴み、冬嗣は力強く頷いて見せる。

「この刀に賭けて、絶対取り戻す」

「……俺も。厄災なんて、起こさせない」

 朱も刀に力を貰うように柄を撫で、三人の仲間に宣言する。

 春霞と明虎は顔を見合わせた。春霞は少しばつの悪そうに頭をかき、明虎は穏やかに微笑む。

「……付き合ってやるよ、最後までな」

「きっと厳しい戦いになるけど、必ず四人で帰ろう」

「「はい」」

 二人の少年の決意が、もう二人に伝染する。自分たちの敵として何が待ち受けるのかもわからないが、四人はもう進むしかないのだ。


 再び歩き出した四人が港に着くのは、それから数日後のことだった。

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