第5話 神ノ呼声

 その夜、朱は夢を見た。

 あまりの熱さに目を覚ますと、目の前に大きな大きな燃え上がる怪鳥が翼を広げて立っている。その両の眼は金色に燃え光り、真っ直ぐに朱を見下ろしていた。

「あなたは……」

 ──鏡を、取り返せ。このままでは、日ノ本に厄災が訪れる。

「厄災」

 嘴を開いていないのに、頭に直接声が響く。その声色は、男のようであり女のようであった。少しだけ、落ち着いた大人の女の声に近いか。

 朱は直感的に、その声を発しているのが目の前の鳥だと理解する。そして、その鳥の正体も。

「あなたは……あなたは『朱雀』」

 ──始まりの四季家の末裔よ。我が影を倒せ。

「影? それは何だと──……朱雀!」

 吼えるように叫んでも、朱雀はそれ以上何も発しない。朱とただ目を合わせ、じっと音もなくたたずんでいる。

 そして、徐々に朱の意識は遠退く。これが夢で朝が来るのだと理解する前に、朱はもう一度手を伸ばした。

「行かないでくれ、朱雀──!」




「──すざっ……夢、か」

 がばりと寝床から飛び起きた朱は、大量の汗をかいていた。そして胸の奥が不自然な程拍動し、ころもの合わせをつかむ。

 そうしなければ、叫び出してしまいそうだった。

「はぁっ、はぁ……」

 荒い呼吸を繰り返し、朱はようやく息をつく。そして深く息を吸い込み、朝の空気で体を満たす。

 落ち着き、夢を夢と認識出来るようになって初めて、朱は夢を思い返した。自分に助けを求めてきた、朱雀の姿を。

(朱雀は、鏡を取り戻さないと『厄災』が訪れると言った。そして、影を倒せとも……)

 朱は汗だくの衣を着替え、新たな衣に袖を通す。そうすることで気持ちを新たにし、やるべきことが鮮明になる。

 新たな装いは、そほ色と呼ばれる暗い赤色を基調とした直衣だ。本来ならば烏帽子も被るべきなのだが、朱はそれを放棄する。戦うことが前提となった旅で、頭に何かを被るのは動きを自ら制限する行為となるからだ。

 腰に刀を差し、気を引き締める。そして朱は、まだ日の昇らないうちに屋敷を出た。


 人通りのまばらな大路を歩き、朱は明虎の庵が見える所までやって来た。すると後ろから、バンッと背中を叩かれる。

「痛っ。……何だ、冬嗣か」

「何だって酷いな、朱。おはよう」

「おはよう。いよいよだな」

「うん。──あ、二人共もういるぞ」

 冬嗣が大きく手を振ると、庵の前にいた明虎が手を振り返した。隣にいる春霞は気付いているが、ちらりと朱たちを一瞥するに留める。

「おはよう、二人共」

「……よぉ」

「おはよう。明虎、春霞」

「おはよう」

 四人四様の挨拶を済ませると、冬嗣が「そういえば」と疑問を口にした。

「鏡をどうやって探せば良いんだ? この広い日ノ本を闇雲に探したって、永遠に見付からないだろう?」

「それについては、私に考えがある」

 明虎は微笑むと、懐から小さく折り畳んだ紙と一枚の札を取り出した。札には何やら紋様が墨で描かれている。

 朱と冬嗣はその正体が分からず、首を捻った。朱が札を指差して訊く。

「明虎、それは?」

「……昔、修行中に出会ったから教わったものだ。呪力を籠め、やりたいことを思い浮かべながら放つとそれになってくれる。例えば……」

 明虎が「火炎」と呟き札を上に放り投げると、札が燃え上がった。

「うわっ」

「凄いな、明虎!」

 年少組の惜しみない賛辞に、明虎は苦笑をもって返す。ひらひらと下りて来た札を捕らえると、それを指で挟む。

「だからこれを使って、鏡の場所を特定する」

「そんなこと、出来るのか?」

「──やるんだよ」

 小さく折り畳まれていたのは、この国の地図だ。国の形と主要な町の名、道、川が描かれている。

 明虎は地図を土の上に広げてその真ん中に札を置き、目を閉じた。札の真上には明虎の右手のひらがあり、じっと動かない。

「……」

 固唾を呑み、朱たちはその様子を見守る。春霞ですら、身を乗り出して幼馴染の行動を見詰めていた。

 しばらくして、明虎はうっすらと目を開けた。そして、すぐに眉間にしわを寄せて唸る。

「……邪魔された」

「邪魔?」

「うん。こちらが探っていることが向こうに伝わったのか、呪力が途中で遮断されたみたいだ。……だけど、ある程度場所を絞れた」

 明虎は地図の上から札を取り去ると、人差し指である地点を指した。それ都から南方へ海を渡った場所にある、何もない海の中。

 しかし明虎は、そこに島があるのだと言った。島の名を、オノゴロ島という。

 明虎がその島の名を口にしても、朱たち三人にはピンとこなかった。

「おの、ごろじま?」

「聞いたこともないな……」

「……でも、そこに行かないといけないよね。その島に、目的のものがあるんだから」

「その通りだね、朱」

 にこりと微笑んだ明虎に勇気を貰い、朱は先頭に立って島のある海の方向を指差した。

「目的地が分かれば、そちらに進むだけだ。行こう」

 朱の号令に、冬嗣と明虎、そして春霞がそれぞれに頷く。

 海を渡り、向かった島で待っているモノを知りもせずに。

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