第15話 再会

 翌日からは充実の日々だった。

 修正後のリーフ亭のメニュー表は評判になり、狐崎こざきの口利きもあってあやかし街のあちこちのお店から依頼が来るようになっていた。

 庵黒堂にバイトに行くようになって二週間ほどで、最初に手掛けたアクセサリーショップの店舗用看板が出来上がり、お店に掲げた直後から人気が出たそうで、リーフ亭には私に看板を作ってほしいという依頼が殺到中らしい。

 庵黒堂では、今のところデザイナーというよりもディレクターに近い仕事を任されている。

 仕事を振るお仕事は、思っていたよりも楽しくて少しハマってしまった。

 取引先にも「デザインの事を分かっている人が仕事を出してくれるようになって、より意思疎通がスムーズになった」と言ってもらえるし、分からないことは教えてもらえるので環境として悪くないと思う。

 なにより、リーフ亭を通してデザインの仕事をしているからか、会社ではデザインの仕事をしていなくても不満が出ない。



 以前の私だったら、デザインの仕事に携わりたいんですなんて言ってたろうなあ。



 取引先への発注と打ち合わせの電話を切って、しみじみと思う。

 ただデザインをしていたときは、発注者のイメージを大事にすることだけしか考えていなかったけど、こうして仕事をお願いする側に立ってみると見える景色が違うと感じる。

 発注者の想いだけじゃなく、発注側のさらにその先にいるお客様の気持ちまで考えてモノづくりをしないといけないんだと良く分かった。

 この仕事は、私が今一番しなければならない事だったと思う。

 つくづく神様の所業ってすごいなあと感心する。


 庵黒堂にもそのうちデザイン部も立ち上げる予定なのだそうだ。

 私ではまだ経験が足らないので、私とウマが合ってなおかつデザイナーとして経験豊富な人材を探してくれているそうだ。

 指導者も探してくれるなんて、有難い話だ。

 まだしばらくは、私もディレクター業務に慣れないといけないので、少なくとも一年は難しいらしい。

 私としては、今の仕事も楽しいからこのままでもいいかなとは思うけど、狐崎こざきさんには事あるごとに流されないように釘を刺されているので、デザイナーとしての腕もしっかり磨いていこうと思う。


 そんな二足の草鞋を履く生活を半年ほど続けた頃、私は庵黒堂の正式な社員として契約することとなった。


 正社員の話が持ち上がったことが嬉しくて、狐崎こざきに報告に行こうとしたところで背後から声をかけられる。



「あれ? 板狩いたかりさんじゃない?」



 振り返ると、前に勤めていた会社の上司───花園さんだった。

 半年ちょっと合わないうちに、少しやつれたように見える。



「花園さん、お久しぶりです。どうされたんですか?」


「ここ、お客様の最寄り駅なんだ。僕は今、プレゼンの帰りで。今日はこのまま直帰予定だから、お茶でもどう?」


「はい! ぜひ!!!」



 誘われるままに、近くの喫茶店でお茶をすることになった。


 そこで聞いた花園のやつれた理由が、思ったよりハードだった。


 まず、私が急に辞めたことで細かな部品作りをしてくれる人が居なくなり、仕上がりが悪くなったとお客様からクレームが入ることが多くなったそうだ。

 社長が慌てて中途採用で社員を入れたけど、その人は口だけでデザインの腕が無いのにプライドだけは高く「部品作りなど私の仕事じゃない」と言うので、あまりお願いできない状況なのだそう。

 挙句の果てに女性だったこともあり、奥さんとの相性が最悪だったそうだ。

 しかも、奥さんの一番のお気に入りの大卒男子と付き合うようになって、毎日わざと見せつけてくるので社内の雰囲気は険悪なのだとか。



「何といいますか、それはお疲れ様です。大変でしたね」


「ホント、僕もう精神的にすり減ってしまって。この年齢じゃ転職も難しいし、いっそフリーランスになんて思っちゃうよねえ。営業下手だから無理だろうけどさ。

 板狩いたかりさんはどう? 新しい会社には入ったの?」


「はい。良いご縁があって、今は庵黒堂でアルバイトをしています」


「えっ!?」


「ふえっ!?」



 いつも冷静な花園が、急に声を挙げたので私も驚く。



「い、いいなあ。僕、恥ずかしながら大映光新聞社で働くのがずっと夢だったんだ。叶わず今の会社だけどさ。

 僕ももっと若かったら、そういう会社にチャレンジできたのかもしれないね。はあ、いいなあ」


「本当に、偶然なんです。たまたま知り合いの方の知り合いが大映光新聞の関係者で」


「持ってるねえ。ああ、本当に。あんな針のむしろな会社にいつまでも居たくないよ。正直、板狩いたかりさんの就職先が決まってなかったら、嫌だろうけど戻ってきてほしかったんだけど……。

 庵黒堂とウチじゃ、比べ物にならないよな。あんないじめを平気でしちゃう会社だし」



 アハハ、と力なく笑うと花園は悲しい顔をしてうつむいた。



「かなり精神的に参ってるみたいですが、大丈夫ですか?」


「ごめんごめん。つい愚痴ってしまって。板狩いたかりさんが居なくなって、社長はきみがものすごく優秀だったことに初めて気付いたみたいなんだ。僕がなぜ板狩いたかりさんを辞めさせたんだって抗議した時も、聞く耳を持たなかったくせにね」


「えっ!? 私の為に抗議までしてくださったんですか? ありがとうございます」


「いや、本当の事だよ。あのまま行けば、きみは本当に素晴らしいデザイナーになったと思う。本当に勿体ない事をしたと思うよ、わが社は」


「あの」


「なんだい?」



 私は少しためらったが、花園の事は嫌いではないし上司として尊敬していたこともあったので、思い切って切り出してみた。

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