第16話 偶然イコール必然

 一呼吸を置いて、一瞬迷ったことを口に出す。



「もし、本当に花園さんが本気であの会社を辞めたいと思っていらっしゃるのなら、上司に聞いてみましょうか?

 庵黒堂で採用できないかどうか。ご迷惑でなければですが、聞いては貰えると思います」



 そう提案すると、花園はさっきまで不幸のど真ん中という顔だったのに、ぱあっと明るくなった。



「え! いいの? 本当に、いいの? 板狩いたかりさん!」


「はい、聞くだけになるかもしれませんけど、良いですか?」


「勿論だよ! 首を横に振る奴なんていないでしょ! だって庵黒堂だよ??」



 花園は目を輝かせている。無いはずの犬の耳としっぽが見え隠れするぐらいには、嬉しそうだ。

 私が辞める時に泣いてくれた上司の、こんなやつれた姿は見たくないし、上司としても頼れる存在だった花園を何とかしたいと思ったのも事実だ。



「ただ、ひとつだけお願いがあるんです。神社にお参りに行って、願いごとを神様にお伝えしてきてもらえますか?

 花園さんの心からの本気のお願いじゃないと、叶わないような気がするので」


「わかった! どこの神社でもいいのかな?」


「できれば稲荷神社がいいと思いますけど……。あ、私がお祈りしたのはこの神社ですね」



 地図アプリで私のお祈りした神社の場所を共有し、笑顔になった花園と別れた。

 もし一緒に働くことが出来たら、花園なら安心して一緒に仕事ができるし、私にとっても飛躍のチャンスになる。

 あとは花園の本気度次第だろうけど、私みたいにいっぱい願望だだもれお祈りでも何とかなったのだし、大丈夫だと思いたい。

 偶然でも、懐かしい人とお話ができて足取りも軽くリーフ亭へと向かった。



「それは必然ですね」



 リーフ亭でさっきの出来事を話すと、狐崎こざきはそう言った。



「こういう時の偶然は、神様が引き合わせてくれてるんです。板狩いたかりちゃんの気持ちに神様が応えてくださったんやと思います」



 狐崎こざきにそう言われると、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。

 確かに、上司を配属する話を聞かされた時にまっさきに浮かんだのは花園の顔だった。

 良い上司に恵まれないと言う話はよく聞くけれど、花園はとても上司としてできた人だったと思う。

 何より部下を認めてくれ、かばってくれる器がある。



「そうなんですね。神様にしっかり感謝しないといけないですね。私も明日朝、出社前にお祈りしてから紫狼しゃちょうに話をしてみます。お忙しいから逢えるかわからないですけど。

 困っている人の力になりたいです、私」


「ええ心がけですね。願いが叶うとええですね。その上司の人もきちんと神様にお祈りしてくだされば、願いは叶い易ぅなると思います」



 狐崎こざきの暖かい言葉に力を貰って、少し副業の打ち合わせをして家へと帰宅した。

 場所が変わればこんなに人生が楽しい物になるなんて、私は思っていなかった。

 本当にご縁というのはあるんだなと思うと、また神様に感謝する。


 あやかし街に導いてもらえたこと、街の皆さんに愛されていること、新しい就職先で社員になれること。

 どれをとっても、私ひとりで手に入れたわけではない。


 翌日、いつものあの神社へ出勤前に足を運ぶと、なんとそこには紫狼しろうが立っていた。



紫狼しゃちょう! おはようございます。どうされたんですか?」


「ああ、板狩いたかりさん、おはよう。

 ……さっき、妙な男が真剣に祈っていて、呼ばれた気がしたのですけどね」


「妙な男?」


板狩いたかりさんの名前も出ていました。お知り合いですか?」



 昨日の今日で、もう花園さんはこの神社に来たんだ!と、ピンときた。



「はい、私の知り合いだと思います。以前の会社の上司にあたる方で。紫狼しゃちょうにもそのことで少しお話したいと思っていたところでした。本日はお時間頂く機会はございますか?」


「社に戻ってしまうと、今日は会議続きで社に戻ることができないですね。今なら聞けますよ?」


「ありがとうございます! では、先にお祈りしますのでお待ちいただけますか? お祈りの内容であらかた分かってしまうと思うのですけれど」



 そう言うと、私はささっと紫狼しろうの奥にある拝殿まで進むと、手に握った五円玉を奉納して祈りを捧げる。

 その姿をじっと見ていた紫狼しろうは、なるほどという顔をした。

 お祈りが終わると、紫狼しろうの元に戻り「分かりました?」と満面の笑みで聞いてみる。



「だいたい理解しました。面接はしますけど、本当に信用に足るかどうかは逢ってみてからの判断になります。いいですか?」


「ありがとうございます! では、スケジュールをまた教えてください」


板狩いたかりさんを育てた男に興味が無いとは言えないですからね。秘書から伝えさせるので、今日もよろしくお願いしますよ」



 そう言うと、紫狼しろうは転移を使って職場へ戻って行った。

 私も神社を後にすると、私のことを信じてお祈りに来てくれた花園と、願いを確認しに来てくれた紫狼しろうに感謝をしつつ、もし一緒に働けたらという妄想をしながら出社した。


 数日後、花園にスケジュールの確認などを経て、面接が行われた。

 どんな面接状況だったのか、私は下っ端だからわからないけれど、どうやら良い方向に向かっている様子だ。

 花園はその後も時間をみつけては神社に足しげく通っていたらしく、本気が認められたことが大きかったようだ。


 花園の方は、会社からは長年勤めた花園を手放すのを嫌がったようだけど、今の劣悪な環境と新しい条件を天秤にかける必要もないと、意思の固さを見せることで渋々退職を了承されたそうだ。

 三か月かけて引継ぎを行うそうだ。

 私にとって良い事続きで、日々が楽しい。

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