第11話 私で争うのはやめて!って違うか!

「あの、勧誘のお話でしたら狐崎こざきさんを通していただけると嬉しいです。全て狐崎こざきさんにお任せしていますので」


「はっ、あんな能力のない黄狐に義理立てする必要などないですよ?」



 明らかな狐崎こざきへの悪意を感じ、背筋がゾッとする。

 このまま走って逃げよう、そう思った時……聞きなれた声が背後から聞こえた。



「なんや、紫狼しろう。うちのお得意さんに何の用?」



 狐崎こざきが私の後ろに立っていた。心の底からほっとする。しかし、狐崎こざきからも、激しい怒りの感情が伝わってくる。

 心なしか辺りの空気がピリピリしているように感じる。



板狩いたかりちゃん、怖い目に合わして申し訳ないです。栗栖くんから話を聞いて飛んできたんです」


六狼おとうとに何を聞いたのか分かりませんが、私は板狩かのじょをスカウトに来たんですよ、もちろん正式なオファーです。怖い目に合わせるなんて、そんなことするわけがないでしょう?」


「またまた。紫狼あんたがそんな優しいわけないですやん。何が目的なん? 言うてみてくれへん?」


「だから、私は板狩かのじょをスカウトに来たんです。それ以上でもそれ以下でもありません」


「ほな、横から茶々入れんと<正式に>僕の店通してオファーしてくれへんと。こっちかて商売やってるんやから勝手されたら困るんです」


「私はお前のその気持ち悪い京なまりを聞きたくない。男のくせになよなよと」


「ああっ!!! 今の世の中、そんなジェンダー差別なんかしたら訴えられますよ!? 

 ね? 板狩いたかりちゃん! あんなひどい男の会社なんて就職したら差別されるから、やめたほうがええよ」


「うちの会社は、人間だろうがあやかしだろうが、男だろうが、女だろうが、若かろうが、年寄りだろうが、同じように扱っている。スカウトしたい人材の前で失敬な事を言わないでくれ。それこそ侮辱罪だ」


「なんやて!!?」


「なんだと!!?」



 今にも一触即発といった雰囲気だが、さっきの張り詰めた緊張感よりもユルいこの状況は何だろうか。

 既に昔から比べられてきた幼馴染同士のけん制のし合いみたいな、ほっこりしたやりとりにしか見えない。

 呆然としながら二人のやりとりを見ていた私は、思わず大きなため息がひとつ出てしまう。そのため息で一気に力の抜けてしまい、笑いをこらえきれなくなってしまった。



「あはははは!」



 もうやめてくださいと、二人の間に入って制止する。


 けん制し合う二人に少し落ち着くように促す。



「すんません。どうしても紫狼しろうとはウマが合わんくて。板狩いたかりちゃんにいらん気ィを使わしてしまいましたね」


「私はオファーをしているだけだ。狐崎おまえが急に割って入ったんだろう」


「なんやて!? 正式にオファーするんなら、リーフ亭を通して欲しいって言うてるだけやん」


「ああ! もう! お二人とも、私より年上で神様の眷属なのに、何やってるんですか。落ち着いてください。

 それから、紫狼しろうさん。私も狐崎こざきさんにお願いしていますので、正式なオファーであれば狐崎こざきさんにお問い合わせをお願いします」



 またヒートアップしていく二人を引き離し、一旦この場を収める提案をした。

 狐崎こざきは私の方をちらっと見ると、小さな声で「僕のどこかに捕まって」と呟く。

 私は言われるままに狐崎こざきの袖口の当たりをそっとつまんだ。



板狩いたかりちゃんもこう言うてくれてるわけやし、紫狼しろうが筋を通すんなら、僕かて仕事はちゃんとさせてもらいます。板狩いたかりちゃんが欲しかったら、リーフ亭に来たらええわ。ちゃんとおもてなししたるさかい」



 そう言うと、そのままドロン!と姿を消した。……私も一緒に。

 目を開けるとそこはリーフ亭だった。



「!!?」



 混乱する私に向かって、狐崎こざきは「巻き込んでしもて堪忍」と謝る。



「そ、そんな! 巻き込むだなんて。あの人は栗栖くんのお兄さんって話でしたけど……どういうご関係なんですか?」


「そうやね。ちゃんと話しておかんとね。お茶入れてくるから適当にかけといて」



 狐崎こざきはキッチンへ入ると、間もなくあたたかいほうじ茶を淹れて戻ってきた。

 ほうじ茶のいい香りが気持ちをすうっと落ち着け、不思議な満足感が見も心も包み込んでいく。



「何から話したらええかな。栗栖の家は代々長い事続いてるかわら版屋なんやけど」


「かわら版って、新聞のことですか?」


「うん、そうそう! 板狩いたかりちゃんも知ってると思うよ。大映光新聞」


「ええ!? 大映光新聞社なんて、超大手じゃないですか!!? 子会社も沢山あって、マスコミ関係者なら一度は大映光グループ系列のどこかに入ってみたいと憧れる、あの大映光新聞ですか?」


「ええ~? あそこって、そんな憧れの会社なんや」



 昔馴染みだからか、それとも業界が違うからか、狐崎こざきには「大映光新聞」への私の認識と少々ズレがあるようだ。

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