第17話 エピローグ

 時は動いて夕方へとなった。

 試合が終わり。結果は言うまでもない、翔達の作戦が成功して勝利に終わった。

 けれど、翔はその勝利を祝う事なく、とある場所に足を踏み込んだ。

 そこは白壁で包まれている建築物と白で覆われた内装の建築物。誰もが嫌悪感で立ち寄りたくない場所。言うまでもない病院だった。

 家から徒歩で十分程度の距離にある高灯(こうとう)大病院に足を運ぶ。そこには、試合の結果を伝えなければならない人物がいる。

「兄さん……」

 大翔だ。集中治療室に眠っている自分の兄を見据えてから放った。

 まだ意識は戻っていない、結果を伝える事はできない。しかし、それでも良い知らせはある。兄は命の別状はなく回復したが、意識が戻ってはない。いつかは目を覚ますだろう。

 集中室の丁度向かい側にあるベンチに座った翔はそのまま上の空を見る。なにげなく、白色の天井を見上げる。

「ブラコンには程があるわよね」

「光さんこそ、わざわざ僕と付き合わなくていいのに……」

「私の勝手でしょう?」

 隣に座っている光は退屈そうに応える。

 いつもの悪戯なのか、あるいは心配してきているのか行動を取ったのか。どちらなのか、翔は分からない。

「それでも、ありがとう。わざわざここまで来てくれて」

「はあ……あなたっていつか誰かに刺さられて死ぬのでしょう」

「なんでそうなるの!?」

「人にやさしくするのは、変らないのね……」

「光さん……」

 いつもの冗談で突っ込みはしたが、それはなぜか遠くて冷たくて自分に語られていないように独り言に上の空に向ける。しかし、その内容は自分へ向けているのだろうか。

「この試合もそう。あなたは、みんなを纏めるために優勝の目標を宣言したり。ゲームに努力しすぎて作を一日中練るし。一人で隠れて練習してたりして」

「練習なんて、そんなにしていませんよ。みんなと練習するのが手いっぱいです。それに作だって圭太さんの助言で……」

「その代わり嘘は下手でニコニコと大丈夫って笑う。運だけで素人が上手くなるはずはない。あなたのログインした時間を見ればわかるものなのよ?作だって考えるのも試合と英雄の情報がなければできないものよ」

「一週間の時間でそこまで可能じゃないですよ」

「嘘よ」

 その通り、光が言ったように嘘だ。

 見やすい程の証拠もすぐそこにあった。

「クマの下出ているわよ」

「……いつも出ている人に言われたくはないですが」

「私はあなたの師匠だからいいのよ。師匠は弟子より無理するのが当然よ」

「ずるいですよ。師匠も努力してたじゃないですか」

「ほら、横になりなさい」

「あ……」

 翔の訴えを無視して、光は翔の頭を自分の膝に載せた。

 静かに軽く頭が自動に倒れ込む、軟らかい膝の感触が伝わってくる。これが膝枕なのだろう。

 抵抗をしようとするが、連日の疲れで身体は動かない。抵抗する気力さえ落ちていくのだ。力が体中から抜いていく。

「やっぱり無理しているじゃない」

「ごめんなさい……」

「いいのよ。頑張った人間には報酬を与えないとね」

 光は右手を翔の頭を軽く、優しく撫で始めた。

 それは心地よく、数日の疲れが少しずつやわらげた気もした。

 光が言った通りこの作戦を考えついたのは様々な試行錯誤をしたたま。一人で毎日ネット対戦をして訓練に励み、数百態近くの英雄を一人一人の考慮し、幾つ化の戦略を立て脳内シミュレーションと練習を重ね上げた。

 短期間、一週間もない全ての時間を使い『孔明』を使いこなせるようになった。

「勝ちましたね……」

「ええ。あなたのお陰様で勝ったわ」

「これで兄さんみたいに強くなれたかな」

 思わず翔は自分の憧れの人物の名前を口にする。

 いつもいつも、前に立っている彼。アメリカから帰国しても兄さんは凛々しく、ゲーム業界の頂点に立っていた。

 だから、彼は翔にとって憧れでカリスマ的な人物。

「さあ、どうでしょう?AMに聞いてみたら?」

 しかし、そこには答えはなく、冷たい返事だけが返されていた。

 意地悪だなー、と言いたかったが突っ込む気力はない。

 そして、眠気にも耐えられない。

「実はいまでも後悔しているよ。AMを消した事。最後の最後まで彼女を理解したつもりだった」

「ええ」

「けれど、僕は彼女を手野放しする事は出来ない。結局彼女を消した」

 思考回路も崩壊し、なぜか過ちだけが頭の中しかない。

 眠気が段々強くなっていくもう何もかも考える事は出来ない。ありのまま、心が思うままに語り続ける。

「ごめんなさい。AM、もし、君に愛情を注いでひとつひとつ教育すればよかったね」

「……」

 眠気がどんどん強くなってくる。

 もう、翔は瞼を開く事さえできない。

「でもさあ、僕は知ったんだ。この試合で、兄さん、『不滅の騎士』と共に戦った事で大きな事に気づいたんだ」

「なにを?」

「世界って僕が思っている程残酷ではない、少し優しいかも知れないって…」

「……」

 光は同じく答える事はない。ただ、優しく頭をなでるだけ。

「ねえ、光さん。僕たち絶対に優勝しよう……それでいつか僕は兄さんみたいに強くなるんだ」

 言葉が途切れると、翔は完全の眠りに入った。

 酔っ払いなように妄言を吐き散らした後の睡眠と同じだ。



「あ、光」

「しー」

「わわ、ごめんなさい。翔君寝てたんだね」

 すーすーと寝音を立てながら光の膝で眠っている翔を見つめる絵里子だった。

「翔君は何分ぐらいに眠ったの?」

「多分5分前?」

「もう少し寝かせようか」

「ええ」

 光は頷いたあとに、翔の寝顔を見つめる。

「翔君。やっぱり無理してたんだねー」

「試合なんだから、無理しないと勝てないわよ。兄のために勝つ、大口を叩いたんだからその成果を出さないと」

「でも、やっぱり変わらないねえ。翔君は……」

「昔もそうだったの?」

「うん。まあね。私に取っては憧れの英雄みたいな人。決めたことに無理して無理して結果を出そうとする」

「なにそれ?ただのバカじゃない?」

「あ、光はそう思うの?」

「ええ」

 もう一度、頭を軽く撫でる。

「人間はね、時には引く事も大事なの。無理して無理を重ねて、自分を破滅まで追い込んで……そんなのはバカがやる事よ」

「なら、光の言う通り翔はバカかも知れないね」

「ええ。大馬鹿よ。どうしようもない救いようがないバカよ。自滅して結局残ったものにその姿に悲しみしか残らない」

「……うん。そうだね。わかるよ。光が言いたい事」

 絵里子は眠っている翔を見下ろす。

 そして、右手で彼の頬に触れる。ふふふ、と笑った。

「そろそろ起こそうか?」

「折角寝たんだし、あと5分ぐらい寝かせてもらいないかなー?」

「私の膝そろそろ痺れたんだけど」

「なら、最初から寝かせなければいいのにー」

「はあ、あんたって嫌な奴ね」

「光こそ、抜け賭けしてー」

 翔の頬から手を離れ、絵里子は翔の寝顔を見つめる。

 すーすーと、まだ呑気に眠っている。



「本当にすみませんでした!」

「はあ、災厄。足がしびれた」

「すいません!」

 くの時みたいに頭を下げる翔だが、その謝罪になにも感情もなく眉一つ動く事なく呟く。

「まあまあ、いいじゃないのー。翔君も疲れてたし。でも、起さない光も悪いよ?」

「なら、あなたもやって見る?30分以上膝に載せて見ればつらいよ」

「うーん。気が向いたらやって見ようかなー」

 いつものテンションの能天気で返事をする絵里子であった。

 結局、翔は30分以上眠ってしまい、光は起こす事なくその場にいた。起床したときはいつの間にか夕日は完全に落ち、三日月だけが夜空に上っていた。

 帰国することにした三人は、こうして夜道を一緒に歩いている。五月に入った春風の香ばしさを運び三人の間をすり通る。

「それより、次の試合どうするの?」

「え?次ですか?」

「もうあの策は使えないでしょうね」

「まあ、そうですね」

 結局、鈴子に勝てたのは作のお陰だ。そしてその作は一回きりな策。ゲーム業界で『孔明』の情報を研究し始めただろう。対処方法を考えるプロゲーマーが次に現れるでしょうし、次の試合に『孔明』はもう使いものにはならない。

「実に言うと何も考えていません。鈴子を倒す事しか考えていませんから」

「はあ。呆れた」

「ははは」

 苦笑いで返事をし、歩くペースを落とさず前に進む。

「まあ、『孔明』を研究する手もあるけれど。どうせ、あなたには違う英雄をプレイすることはできないしね」

「そうですね。僕は兄のように前衛でプレイすることが出来ませんからね。でも、いつかは兄のようにカリスマゲームプレイヤーになります」

 はっきりした口調と拳を強く握る翔。

 次こそもっと強く、大翔のようにカリスマ的なプレイをしたい。

「本当にそれでいいのかしら?」

「え?」

 光は足を止める。

 数歩を歩んだ翔も光に合わせ、足を止めて彼女へと振り返る。

「あなたはあなたよ。大翔じゃないわ。あなたは充分に立派なeSport選手よ。大翔みたいにならなくていいのよ」

「あ……」

 その言葉に翔は思わず息を飲んだ。

「誰かが誰かにはなれないわよ。世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら進め」

 光が放つ言葉には耳をすませる。

 この言葉は以前にも聞いたことがある言葉、つい最近ではなく。どこか記憶の底にある言葉の一つだ。

「ニーチェの言葉ですか?」

「ええ。ニーチェの言葉よ。知っていたの?」

「彼がい言いそうな言葉ですから」

「あー。そうかー、あの哲学者かー。たしか『神が死んだ』と言った人ねー」

「ええ。よく知っているじゃない。絵里子」

 ふふふ、と笑い。目下で翔を見つめる。

 翔の隣に立っている絵里子は「へえ」と軽く相槌しながらその会話に参加していた。

「私はね。今のあなたが好きよ。大翔みたいにならなくていいと思うわ」

「え…えっと。ありがとうございます」

 しかし、光の「好き」の言葉は鼓動を強くさせる。

 告白されたみたいな言葉であるが、事実はその「好き」は翔が思っているような「好き」じゃないだろう。

「あーあ。抜けかけしたー」

「そ、そう言う意味じゃないわよ。絵里子」

「まあ、そうだねー。計画高い女のやることは違うなー」

「あなたって本当に嫌な女ね」

「さー。どうなんでしょうー」

 二人の会話を横から聞き、雑談に翔は苦笑いで返す。

 ふと、見上げると三日月が夜空を照らし、寂しく、切ない光を照らし続けていた。

 そしてぽつりと胸に決意を決める。

「光さん、絵里子。僕はこの大会、優勝したいです」

 誰のためでもない、自分のために。

 決意を固めていく。

「ええ。優勝しましょう」

「うん。私は何もできないけど、応援しているよ」

 その二人も翔の決意を理解したように頷いた。

 戦いは始まったばかり、これからも強敵と出会うのだろう。

 大翔は目覚めない。けれども、彼が残したものは価値がるもの翔を導いたもの。いつか目覚めた時に胸を張って彼に自慢出来るような人間にはなりたい。

 そして、

(さよならAM。僕は、自分の道を進むよ)

 亡霊とのお別れ。

 自分の過ちに立ちきれないと行けない。

 過去を変える事は出来ない。出来るのは未来を変える事。

 だから、今度こそ間違いないように強い自分自身でありたい。

 春風に誓って、明日は今日の自分より強くなりたい。一歩前進して行く自分になりたい。

 まずは来週の試合を勝利するために努力しよう。

 ……僕の戦いはこれからだ、

                     終

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美少女に鍛えられて、プロゲーマーになるんだ! ういんぐ神風 @WingD

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