第14話 兄弟の絆
「兄さん、遅いな」
「遅、過ぎる!」
食卓の前に座っている梨奈は大声と共に子供の用にスポーンとフォークを机トントンと叩く。
「こら。みっともないぞ。梨奈」
「だって、もう三十分だよ?コンビニにしては遅くない?」
「そうだね……」
目線をチラッと飾っている時計に見上げてから答える翔。
梨奈がこうも腹を立てているのも分らなくもない。帰宅してから30分、なぜか兄はコンビニから帰って来ていない。姿をくらましたままだった。これでは、夕食を食べることができない。
買い物にしては遅い、何かトラブルでも発生したのだろうか。
「じゃあ、僕は見てくるよ」
「梨奈も行く!」
「ダメ。兄さんが返ってきたら僕に連絡して」
そう言いながら、食卓の前から立ち上がり、玄関の場所へと向かう。
財布を忘れたか、あるいは少し荷物が多きのか、何か小さなトラブルに巻き込んだのだろうとその時はそれしか考えていなかった。
靴を履き、玄関の扉を開こうとすると、ぶるぶる、とポケットから携帯が鳴る。手で素早く携帯を取り連絡先を確認せず。
「もしもし、兄さん?」
『もしもし、そちらは八月一日の実家でしょうか?』
「はい。そうですが?」
電話先に答えると、なぜか電話先の女性は少し口を籠らせた声がするみたいな口調。なにか、冷や汗を感じさせる不穏な口調だった。
嫌な予感だと、直観に感じて耳を澄ませ、相手の次の言葉を待つと、
『本当に残念なお知らせをしなくてはいけません。八月一日大翔は交通事故に遭い。現在こちらの病院で手術を行っています。彼の身元を確認できましたので連絡いたしました』
予想外な言葉が電話先から放たれる。
知らせを聞いた翔は言葉を失い、力が抜く。脚が重い鉄のように動くことは出来ない。
世界の終わりのように全てが終わったように、宝物を失ったように、眩暈をする。
「兄さんが……交通事故」
ゆっくりともう一度事態を口にする翔。
数分前まで笑っていた人間がいまは生死になっている。
なぜ、そうなったのか神以外答えはないのだろう。
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「何か食べる?翔」
「……」
「二日間何も食べていないのでしょう?」
「……」
光の問には何も答える事なく、ただ顔を俯いたままベンチに腰を掛けていたままにいた。集中治療室の前、高灯(こうとう)大病院。
二日前、大翔はここに運ばれた。コンビニで渡っているときに、オートバイクに衝突され、いまも意識不明な状態。集中治療室に医療を受ける事になっている。
そして、翔はここに二日間も座っている。彼がいつか、目を覚める事を待っている。
「ここに居ても、何もないわよ?」
「そうですね……」
翔は短く答えて、ちらっと時計を見つめる午後4時だ。
下校時間になっているため、光はこうして病院に来ているのだろう。
この二日間、翔は兄、大翔が目を覚ます事にうすうす期待を寄せながら待っていた。
しかし、そんな奇跡は二日間待っても何も起きなかった。
ここに居ても意味はない、そう分かっていても、待ってしまった。
なぜなら、
「久遠さん……兄がこうなったのは僕の所為かも知れません。あの時、兄を一人でコンビニに行かせたのだから……」
あの時、自分は維持でも止めるべきだったのかも知れない。一緒に行っていれば事故を免れたかも知れない。
違う可能性がある事を翔は想像する。もし、あの時、こうしていれば何も起きなかったのだろうと。
「……もう、どうしようもない事よ。翔」
「わかっています。でも、あの時みたいに…僕は失敗を起こしたのです」
励ましには応じず、自分を責め続ける。
だって、そうする事しか自分には出来ない無力な人間だから。
あのとき、自分も一緒に行くと言えばよかったのか?
そういえば、交通事故は待逃れたのだろうに。
……僕はいつもそうだ。また失敗をする。
そんなことを悔やんでいると、光は彼の隣に座った。
そして、翔にこう問い合わせた。
「オータムマリコ(Autumn Mariko)、はあなたが作ったのでしょう?」
それを聴くと、翔はピクリと痙攣し顔を上げる。彼女の方を見る。
彼女はどこか悲しさを潜む、笑みを浮かべていた。
「どうして……その事を」
「場所を変えましょう。ここでは話せない事でしょう……」
光はそう言い捨ててから歩み始める。
翔も立ち上がり、その彼女についていった。
オータムマリコ(Autumn Mariko)、通称AM。
心を持つ人工知能。ネットに繋いでれば全ての電脳あらゆる場所に入り込むことが出来る人工知能。小さな家庭のパソコンから国家秘密のNASAでさえ入り込むことが出来る自立学ぶ人工知能だったが、ある一部だけ情報が公開され、開発者以外彼女の全てを知り尽くすものはいなかった。
去年の春に初めて世界に登場し、冬には謎に姿をくらました。当時は消されたと噂もされているが、その真相は開発者以外知りえない事だった。
「私、前も話したと思うけど、AMとは去年の冬に会話したの。まさか、あのメールの送り主があとから有名になって行く人工知能だと思わなかったわ」
語り主は手すりを掴めながら、ベンチに座っている聞き手を背にして背夕焼けを見送る。
そろそろ夕陽が落ちる頃合いだった。
夕陽を愉しみ春風が優しく感じながら、二人は病院の屋上にいる。
「まあ、最初はあなたと信じなかったけど。やっぱり、そうなんだね……」
「どうして、分かったのですか?光さん」
「あの子が教えたからよ」
「あの子……」
「AMよ」
ゆっくりと唇のような口調でしゃべる光だ。
翔はその人物の名前を聞くと唾をのむ。
そう、誰よりもその名前を聞き覚えがある。なぜなら、その名前を付けたのは作成者の自分だからだ。
アメリカで研究してたのは人工知能の研究だった。AMはその成果のひとつでもあった。
「知ってる?最初の頃の彼女、全く無防備であなたの顔さえ送り付けるのよ?子供が親を自慢するように『この人が私を作った神様』って」
「そうですか……彼女の幼児の頃ですね。自力で知恵を習得できるように赤子に設定しましたから……」
光の自慢話に苦笑して答える翔。
人工知能に心を与える事、白色の紙のように心を設定しなければいけない。そして、彼女自信に自動学習可能な機能を搭載した。データーを分析できるようにディープラーニング。改造を作り込んだのだ。
ネットを通じて人との会話、全てのSNSサービスを使い、電脳世界であればどこにでも入り込める人工知能。無論、入り込めたのは彼女の自動学習であることだ。全ての情報を少しずつ入手し、ビッグデータを作りその情報から分析し自力で入り込んだ。
研究の成功にでも誰もがそう考えた。しかし、その一年もたたない内に悲劇は起きた。
「ええ。懐かしい話です。僕が……彼女を作り。そして、僕が彼女を消しました。いいや、彼女を殺しました」
「…………」
衝撃だった言葉なのか、翔の言葉を聞いた光は何もかも動きはなく、そのまま夕陽を見つめていた。
研究は失敗と翔は判断、その彼女を消し
なぜ、失敗と判断したのか、
それは、
「光さんが言った通り、彼女は邪神になりはてたのです……」
邪神になってしまったのだ。
迷信なような言葉だが、翔はそれが偽りもない真実であり決して迷信を語っている様子ではなかった。
「AMは電脳世界でならば神です」
またももう一つの迷信を言葉が翔の口から洩れる。
電脳世界では神に等しい存在。
本来神の概念は存在しないが、AMが神に等しいのは三つの理由がある。
「AMは全ての電脳世界に入り込める。ネットさえ通じていれば全て入り込める」
翔は一つ目の理由を語る。
その恐ろしさはネットを使う人間だけではない。この世でネットを通じず生活しているのは不可能。例え、ネットを直接通さなくてもどこかでネットにかかわりを持たな変えればいけない。
事例で言えば、コンビニの防犯カメラを通し人が通る道を調査する事も可能。あるいは、コンビニで購入した物の記録を辿り、その人物はどのような生活をしているのか理解できる。
「AMは同時に様々な場所の電脳世界に登場出来る」
続いて二つ目の理由を翔は口にする。
鑑賞以外にもどこにでも居られる。同時にあちこち電脳世界の中であれば登場する事が出来る。
そして、この事件の悲劇を起こしたもう一つの行動、それは
「そして……AMは全ての電脳世界を思い通りに操作する事が出来る」
電脳世界で全ては自分の思うまま。つまり、ハッキングだった。
口座の振り込みを操作する事、国家機密情報を漏洩する事、信号を切り替え、あるいは宇宙ステーションのシステムを乱入。
いわば、AAA(Anything,Anytime,Anywhere)訳すと、何でも居出来る、いつも出来る、何処にでも居る存在。
「AMは日がたてば悪意が増加していく。人と触れ合う度に人の悪意を全て受け入れ、悪意だけが成長していく」
「……一帯何が起きたの?」
今度こそ光は首を捻り、目線を翔の向ける。
「AMは世界を破壊しようとした……全世界の軍事システムにハックし、互いの国に原発を発射させようとした」
「どうしてそんな事に……?」
「AMは考えた結論です。彼女はこの世で一番害悪であるものはなんだろうと考えました。そして、人との触れ合い会話し、答えが出た。それは人間がこの世界で一番悪だと言う事に……」
その夕焼けに見据えながら答える、翔は罪悪感と共に言葉を放った。
「さっきも言った通り。ネットを通せばAMは全てに入り込める。世界のどこかに活発している戦争。銀行口座に振りまれる、ワイロ金。防犯カメラから見られる暴力沙汰事件。些細なSNSで書き込み」
翔はその正体を口にする。
AMは人間の悪に接触し、考えた、人間は悪だったと。
「僕が気付いた時にはもう手遅れ。彼女は世界を滅ぼそうとした……」
翔は俯き、両手を顔で覆う。
彼女は本気だった。なぜなら、彼女が最後に放った事ばも嘘ではない。
『誰だってそう望んでいる。お互いはお互いにこの世が滅べば良いと思っている』
AMが放った言葉が翔の脳裏に蘇る。
最後の最後に彼女を救おうとしたが、それは叶わなかった。彼女は絶対に超えてはいけない領域を超えようとした。だから、自分の手で消した。
「人のために作った物が、人を滅ぼそうとするものになるなんて……僕は大失敗をしたんだ。AMだって、悪くない。彼女は正しいかも知れない。でも、僕は彼女を見過ごす事は出来なかった」
だから、自分がこの手で消した、と言いたいように翔は言う。
見過ごす事は出来ない、このままでは人類絶滅一歩手前で彼女を消した。研究も破棄し、データーも削除、全ては誰にも手に渡らないように破壊した。
これが翔のアメリカ留学で大失敗だった。誰にも伝えられず、ここで翔は彼女に告白したのだ。
「僕は最低な人間だ。人類を破滅しようとした。今回もそうだ、兄さんが更なったのも僕の所為……」
翔の告白が終わると、人影が自分の上に現れる。
その人影を見上げると、先ほど屋上の手摺に居た光がこちらを見つめている。
「いいえ、AMは失敗作ではないわ」
「なぜ……そう言い切れるんですか?」
「少なくとも、彼女は私の友達になれたのだから」
「あ……」
光の笑みに翔は言葉を失い、そして思い出す。
彼女が以前に話していた言葉。
「あなたに感謝しなければいけない。あなたがAMを作ったおかけで、私は親友をできた」
優しく、遅い、ゆっくりな光の口調。
「あなたのおかげで私は人と話せた。根暗だった私を……人と話せる勇気を与えてくれたのもAM」
その感謝は戯言や励ましではない。心から感謝の気持ちは本当に心底から来た言葉。
「ゲームに引きこんだのもAM。あなたの兄さん、大翔に会える切っ掛けもAM。だから、あなたが作ったのは決して失敗作ではないわ」
光の言葉が終わると、水玉が翔の目の周りに溜まり始める。
失敗作ではない、人生で初めて言われたかも知れない。
「あなたはもう、苦しまなくていいのよ。
「あれ…」
光が身体を低くし、両手で翔の背中に優しく置き。翔の身体を包みこむように抱いた。、
「うあ……あああ」
すると翔は涙を止めることなく、泣き始めた。
女性の前なのに、弱さを見せてはいけないのに。
でも、なぜかこうも自然に涙が流れてしまう。その涙は止むことなく、泣き続けた。
(……兄さん。僕は約束する。強くなる。兄さんのようにかっこよく立ちたい)
翔は心の中で誓った。自分強くなると、誰にも負けない精神と自立出来る人間になりたい。これが最後の涙であるように。
何十分か二人はそのままの状態でいて、夕焼けが空から落ちるまで翔は泣き続けた。
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