第10話:A級昇格試験

 俺はD級冒険者。

 D級からA級への飛び級試験なんて、聞いたことがない。


 そもそもA級の昇格試験を受けるには、『A級冒険者3人以上の推薦』が必要なはず。


 いったい誰が推薦を……?

 というかそもそもの話、何かの間違いなんじゃないのか?


 宛名や同封された書類をよくよく確認してみたが……。


 確かに、アルト・レイス宛のA級昇格試験の案内で間違いなかった。


 どうやら俺の知らないところで、何かおかしなことが起きているみたいだ。


(はぁ……。また面倒なことにならないといいんだけど……)


 俺はそんなことを考えながら、ステラと待ち合わせをしている王立自然公園へ向かうのだった。




「――え、A級昇格試験!?」


 王都でステラと合流し、家に届いた書類を見せると、彼女は目を丸くして驚いた。


「で、でもアルトって、この前登録を済ませたばかりだから……まだD級冒険者よね? それなのにいったいどうして……?」


「それが俺にもよくわからないんだ」


 D級→C級→B級→A級。

 三階級も上の昇格試験なんて無茶苦茶だ。


「D級からB級への飛び級は、かなり昔にあったそうだけど……。D級からA級なんて馬鹿げた話、これまで聞いたことがないわ」


 ステラはどこか呆れた様子で、ポツリと呟いた。


 一般的に、D級からC級への昇格に五年、C級からB級への昇格に追加で十年掛かるとされている。

 そしてB級からA級への昇格は……そもそも現実的な話じゃない。

 A級の絶対数は非常に少なく、ギルドの公式発表によれば、冒険者全体の1%未満。

 生涯A級に成れない人の方が圧倒的に多いのだ。


 全冒険者の尊敬と羨望せんぼうを一身に集めるA級、そこへ至るチャンスが、何故か手元に転がり落ちてきた。


(……やっぱり妙な話だよなぁ)


 今回の昇格試験、なんとなく『ナニカの裏』を感じてしまう……。


「多分だけど、伏魔殿ふくまでんダラスでの活躍が、大きく評価されたんでしょうね」


「まぁ考えられる可能性としたら、それぐらいしかないよな」


 俺はまだ、冒険者として一度もクエストを受けていない。

 実績らしい実績と言えば、あの大遠征に参加したぐらいのものだ。


「パーティメンバーの大躍進。とっても嬉しいんだけれど……。正直なところ、ちょっとだけ複雑な気持ちだわ……」


 ステラはなんとも言えない表情で、小さなため息をこぼす。


「私はほとんど丸一年掛けて、本当に死に物狂いで頑張って、『歴代最速』でB級冒険者に上り詰めた。アルトはその記録を一瞬で追い抜いて、『史上最速のA級』……。同じ冒険者として、やっぱりちょっと嫉妬しちゃうな……」


「い、いやいや、昇級試験の案内が届いただけで、何もまだ合格したわけじゃないからな? というかそもそもの話、これ自体が何かの手違いかもしれない」


 冒険者ギルドのミスで、うっかり間違えた書類を送ってしまった。

 そんな可能性も十分に考えられる。


「まぁ……アルトがいつも無茶苦茶なのは、冒険者学院時代からずっとそうだしね。こんなことで落ち込んでいたら、あなたの隣には立てないわ!」


 ステラは両の手で頬をパシンと叩き、自分の中で整理を付けた。


「それで? アルトはこの話、どうするつもりなの?」


「そう、だな……。とりあえず、一度本部に行って、詳しい話を聞いてみようと思う」


 確かに胡散臭さはあるけれど……。


『A級冒険者になれるかもしれない』という話は、あまりにも魅力的過ぎる。

「怪しい」と断じて突っぱねるのではなく、せめて話だけでも聞きに行くべきだろう。


「うん、私もそれがいいと思うわ。だって、A級冒険者になれば――」


「――あぁ、住宅ローンが組めるようになる」


「…………え?」


 A級冒険者ともなれば、社会的信用が段違いだ。

 なんと銀行で、住宅ローンが組めるようになる。

 そのうえ『冒険者保険』への加入料もグッと安くなる。


 今後のことも考えて、「成れるものなら成っておきたい」というのがいつわらざる本音だ。


「……そう言えばアルトって、昔から妙に安定志向が強かったわね……」


 その後、俺はステラと一緒に冒険者ギルドの本部へ向かう。


 道中、まだ彼女に伝えていなかった、この先の予定を思い出した。


「そう言えば俺、そろそろ引っ越ししようと思っているんだ」


「引っ越し?」


「あぁ。実家から王都への往復は、地味に大変だからな。近々、王都へ引っ越すつもりだ」


「アルトが近くに来てくれるのは、とっても嬉しいんだけれど……。なんというか、その……お金とか、大丈夫なの……? 王都の物件って、どこも滅茶苦茶高いわよ?」


「そのことなら心配無用。ちょっと前に『いい物件』を見つけてさ。実はもう契約しているんだ。えっと……これだ」


 懐からチラシを取り出し、ステラに見せてあげる。


「へぇ、どれどれ……うっそ!? この立地、この条件で三万ゴルド!?」


「あぁ、いいところだろう?」


 王都中央通りの真裏という一等地。

 三人暮らしタイプの一戸建いっこだて

 それでいて家賃は、わずか三万ゴルド。周辺の平均賃料の十分の一以下という破格の値段だ。


「……アルト、この物件って本当に大丈夫なの? もしかして、不動産屋の人に騙されてない?」


「あはは、ステラは心配性だな。全然まったく問題ないよ」


 そう。

 なんと言ってもこの物件は、俺がちゃんと自分の足を使って、頑張って探し出したものなのだ。


 今からちょうど二日前――冒険者活動を休止しているとき、一度だけ王都へ足を運んだことがあった。


 怨霊おんりょう召喚で地縛神じばくしんメルフを呼び出し、二人で一緒に王都の街中を練り歩くこと数時間。


「あ、あった……!」


「メ゛ル゛ゥ゛!」


 ようやくお目当てのブツを――強力な怨霊の住み着いた、『超ド級の事故物件』を見つけた。


 怨霊は人間の負の感情が集まるところでよく生まれる。

 この国で一番の人口を抱える王都ならば、絶対にあると思っていた。


(よしよし、いいぞ! あのレベルの怨霊がついていたら、間違いなくあそこに人は住めない!)


 すぐに近くの不動産屋へ駆け込み、物件の情報を見せてもらった。


(す、凄い……! これは大当たりだ!)


 破格の家賃・充実の設備・最高の立地。

 俺はその場で契約を決意した。


 お店の人からは、「たまに奇妙なことが起こりますが、気にしないでください」と説明を受けたが……あのクラスの怨霊が居付いていたら、『奇妙なこと』では済まないと思う。


 まぁなんにせよ、無事に契約を取り交わした俺は、すぐに現地へおもむき――戦闘開始。


 家に取りいた怨霊は、思っていたよりも少し手強かったが……。

 怨霊・偶像・伝承召喚を組み合わせることで、しっかりと倒し切った。


 昨日の敵は今日の友。


 その怨霊――ジュレムとは召喚契約を交わし、今ではもう大切な召喚獣なかまの一人だ。


(ただまぁ……この話は、黙っていた方がよさそうだな)


 ステラはこういう『怖い話』が大の苦手なので、ここが超ド級の事故物件であることは伏せておく。


「まぁアルトが大丈夫って言うのなら、きっと問題ないんでしょうね。しかしそれにしても、うちの近くにアルトが引っ越してくるのかぁ……。(ぃやったー! これでごはん作りに行ったりとか、ついでにお掃除してあげたりとか、その流れでお泊りなんかしちゃったりして……。えへへ、なんだかまるで通い妻みたい……)」


「ステラ? おーい、大丈夫か?」


 何故か凄くニヤケ顔になった彼女を連れて、大通りを歩くことしばし――ようやく本部へ到着。

 受付の人へ、昇格試験の書類を手渡した。


「――アルト・レイス様ですね。お待ちしておりました。それではこの後、ちょっとした『適性確認』として、簡単な面接を受けていただきます。五分ほどで終わりますので、三階の執務室までどうぞ。中では担当面接官のラムザが仕事をしておりますので、そのまま入っていただいて構いません」


「わ、わかりました」


 A級昇格試験の話は、ギルドの手違いなどではなかったらしい。


(というか、いきなり面接か……)


 まぁ五分程度の簡単なものだって言ってたし、なんとかなる……と思う。


「それじゃ、ちょっと行ってくるよ」


「うん、頑張ってね! アルトなら、絶対に大丈夫よ!」


「あぁ、ありがとう」


 ステラと一時的に別れ、三階の執務室へ向かう。


「……っと、ここだな」


 確か面接官のラムザさんは、もう中にいるんだったよな?


 軽く身だしなみを整え、コホンと咳払いをしてから、扉をノックする。


「――入れ」


「失礼します」


 部屋に入るとそこには、強面こわもての男性が書類仕事に精を出していた。


「……誰だ?」


「D級冒険者のアルト・レイスです。A級冒険者の昇格試験を受ける際、適性確認が必要とのことで、お伺いしました。本日は、よろしくお願いします」


「……あぁ……。面接官のラムザ・メリケンだ」


 ラムザさんは葉巻を揺すりながらソファに腰を下ろし、机の上に置かれたクルミを二つ手に取った。


 ラムザ・メリケン。 


 身長は190センチほど、年齢は50代半ばぐらいだろうか。

 短く切り揃えられた白髪・左目に走る古い傷痕・吊り上がった太い眉――かなり強面こわもてに分類される顔だ。


「ふぅー……。まぁ、座れ」


「失礼します」


 手前のソファにゆっくりと座る。


「なるほど……お前が例の・・アルト・レイスか」


 ラムザさんは鋭い三白眼を光らせ、ギロリとこちらを睨み付けてきた。


(……あれ? もしかしなくても俺、嫌われていないか?)


 彼の瞳や言葉の端々から、ひしひしと敵意を感じる。

 何故かわからないけれど、第一印象はかなり悪くなってしまったようだ。


「なぁ、俺の好きな言葉を教えてやろうか?」


「は、はい」


「それはな――『年功序列』、だ」


「なる、ほど……」


 うわぁ……いきなり凄い圧を掛けてきたぞ。

 ちょっと苦手なタイプかもしれない。


「それで……何をやった?」


「えっと、どういう意味でしょうか?」


 質問の意図がわかりかねる。


「アルトのような『ド底辺のD級冒険者』が、A級昇格試験を受けるなど馬鹿げた話だ。いったいどうやって、A級冒険者の推薦を集めた? 何か汚い手を使ったんだろう。えぇ?」


「い、いえ! 自分は決してそのようなことはしていません!」


「はっ、口ではなんとでも言える」


 ラムザさんは嘲笑を浮かべ、葉巻の煙を胸いっぱいに吸い込む。


「どうせこの『推薦状』も、金で買った薄汚いものだろう?」


 彼はそう言って、懐から取り出した書状を机の上にバサッと放り投げた。


「それ……ちょっと拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


「……? 好きにしろ」


「ありがとうございます」


 机に散らばった書状を拾い集め、そこに書かれた名前を確認していく。


 A級冒険者ラインハルト・オルーグ。

 A級冒険者ウルフィン・バロリオ。

 A級冒険者ティルト・ペーニャ。

 元A級冒険者ドワイト・ダンベル。

 元S級冒険者・冒険者ギルド相談役・冒険者学院校長エルム・トリゲラス。


(……なるほど……)


 今回、俺をA級冒険者に推薦したのは、主にA級ギルド『銀牢』のみなさんだったらしい。

 ちょっとびっくりしたけれど、おそらくよかれと思ってやってくれたのだろう。


(というか……あのウルフィンさんが、推薦してくれるなんて……ちょっと意外だな)


 なんだか微妙に嬉しかった。


(それから……今回もまた、校長先生が一枚噛んでるのか……)


 そろそろあの人とは、真剣にお話しする必要がありそうだ。


 俺が手元の推薦状を見つめていると、ラムザさんから声が掛かった。


「聞けばお前……アブーラやシャルティ、バロックたちと繋がりを持っているそうだな?」


「『繋がり』と言っていいのかわかりませんが……。一応、仲良くさせていただいています」


「どうしてただのD級冒険者が、財政界の大物たちとパイプを持っているんだ? 常識的に考えておかしいだろう。お前……どこぞの王族や大富豪の隠し子なのか?」


「いえ。うちは先祖代々、農業に従事しておりまして――」


「――ふざけたことを抜かすのも、いい加減にしろ!」


 ラムザさんは突然声を荒げ、手元でもてあそんでいたクルミを握り潰した。


(……クルミ、もったいないなぁ……)


 アレ、お店で買ったらけっこう高いのに。


「ほぉ……一応、腐ってもD級冒険者ってわけか。俺の殺気を受けても眉一つ動かさねぇとは……肝っ玉だけはわっているらしい」


 彼は葉巻をそっと灰皿に起き、その怖い顔をグッとこちらへ寄せる。


「冒険者にとって最も大切な能力が何か……わかるか?」


「相手の力を推し量る目、でしょうか?」


 冒険者学院で学んでいた頃、耳にタコができるぐらい聞いた『基本中の基本』を即答する。


 自分と相手の実力差を瞬時に見極め、戦闘・撤退の判断を迅速かつ適格に下す。

 これこそが冒険者にとっての基本であり、また極意でもある――と、校長先生が口癖のように言っていた。


 するとラムザさんは、その答えを鼻でわらう。


「はっ、それは弱者の回答だな。冒険者にとって、最も大切な能力――それは『魔力量』だ」


 彼は大きく両手を広げ、朗々ろうろうと自論を語る。


「魔力の籠ってねぇ高位魔術は、大魔力の籠められた低位魔術に劣る。結局のところ、この世で一番強いのは、一番魔力を持った奴なんだ」


 ラムザさんはソファから立ち上がり、奥の机からとある魔具を引っ張り出してきた。


 握力計に似たあの魔具は……多分『魔力測定器』だ。

 冒険者学院に通っていた頃、何度か授業で使ったことがある。


「さぁ、こいつで自分の魔力量を測ってみろ。もしもお前が100万以上の指数を叩き出せたならば、『A級冒険者の適性あり』と認めてやろう」


 ……いろいろと言いたいことはあるけれど……。

 とりあえず、一番気になったことを聞いてみる。


「あの、これ……旧式の測定器のようなんですが……大丈夫でしょうか?」


「なんだ。最新式でなければ、正確な魔力量が測れないとでも言いたげだな?」


「えっと、はい……おそらく……」


「馬鹿が! こいつは、S級冒険者の魔力量さえ測定できる優れモノだぞ? まさか自分が、S級以上の魔力量を誇るとでも言いてぇのか? えぇ? 己惚うぬぼれるのも大概にしろ!」


 彼は口汚い言葉を発しながら、荒々しく机を蹴り上げた。


「くだらねぇことばかり言ってないで、いいからさっさと測れ! 一応忠告しておくが……測定機に細工を加えたり、魔術を使った不正行為をすれば、この場でぶち殺してやるからな?」


 ……多分、俺がここで何を言っても、全て頭ごなしに否定されてしまうだろう。


「ふぅ……わかりました。それでは――」


 俺は仕方なく測定器を握り、そこへ自分の魔力を込めていく。


「……ほぅ、ちょっとはまとも……な、中々やるじゃ……。……こ、こいつ……ッ!?」


 魔力測定器の指数は、『3000万』を超えたところでついに――弾け飛んでしまった。


「あー……」


 やっぱりこうなってしまったか。

 冒険者学院の頃も、よくこの魔具を壊してしまったっけか……。


「ラムザさん、やはり壊れてしま――ラムザさん……?」


「ひ、ひぃいいいいいいいい……っ」


 彼は部屋の隅っこへ移動し、カタカタとその場で震えていた。


「あ、あの……ラムザさん?」


「く、来るな! 化物! この俺に近付くなぁああああ!」


 顔を真っ青に染めた彼は、必死になって両手を振るい、小動物のように全身の毛を逆立てた。


「え、えー……っ」


 俺がどうしたものかと困っていると――。


「ほほっ。アルトよ、弱者ラムザを虐めるのもそのあたりにしておいてやれ」


 執務室の扉がガチャリと開き、そこから顔を出したのは――冒険者学院の校長先生エルム・トリゲラスだ。


「校長先生……! これはこれは、お元気そうで何よりです」


 本当にいいタイミングで来てくれた。

 先生には、いろいろと聞かなければならないことがある。


「……うむ(アルトのやつ……さすがに少し怒っておるのぅ。……怖っ)」



 突如として現れた校長は、俺のため対面――上座のソファにゆっくりと腰を下ろした。


「先生。早速ですが、いくつかお聞きしたことがあります。先日のちょっとした・・・・・・遠征・・、アレはいったいどういうことなんでしょうか?」


 あくまで笑顔のまま、そう質問すると、


「…………ふむ、入ってよいぞ」


 彼は長い長い沈黙の後、背後に控えている誰かへ声を掛けた。


 すると――半開きとなっていた後ろ扉が開き、かなり肥満体型の中年男性がのっそのっそと入ってきた。


 冒険者ギルドの制服を着ていることからして、彼はここの職員だろうけど……。


(お、大きい人だなぁ……っ)


 身長2メートル越え、体重も多分200キロはあるだろう。

 縦にも横にもとにかくデカい。

 身を縮こませないと、扉から入って来られないほどの巨体だ。


「ふぅー、暑い暑い……」


 彼はハンカチで額の汗を拭いながら、部屋の端で縮こまるラムザさんへ目を向ける。


「どうだラムザ、これでわかっただろう? 見ての通り、アルトくんはとてつもない大魔力の持ち主だ。確か……『冒険者にとって、最も大切な能力は魔力量』、だったかな? 君の持論を借りるのであれば、冒険者アルト・レイスは、A級昇格試験を受けるに足る器だと思うよ?」


「い、いや……しかし……っ」


「ラインハルトの提出した第八次遠征報告書には、ちゃんと目を通したんだろう? 彼がいなければ、あの作戦が成功することはなかった。正直私は、この功績だけでA級へ昇格させてもいいぐらいだと思っている。……まぁさすがにそれは、ギルドの規則上難しいことだけどね」


「……わかり、ました。……失礼させていただきます」


 ラムザさんは苦虫を噛み潰したような渋い顔をしながら、足早あしはやに執務室を後にする。


「ふー……すまないね。あいつはどうにも古い気質きしつというか、頭の固い人間なんだ」


「いえ、問題ありません」


 軽い圧迫面接のようなものは受けたけれど……。

 別に直接的な被害があったわけじゃないし、そこまで目くじらを立てるようなことじゃない。


「さて……それじゃ、軽く自己紹介でもしておこうかな。私は冒険者ギルド本部の職員で、人事課長を務めるマッド・ボーンだ。気軽にマッドと呼んでくれ」


「自分はアルト・レイスと申します。よろしくお願いします、マッドさん」


 お互いに握手を交わす。


「そう言えば……どうして校長先生が、ここにいらっしゃるんですか?」


「儂は冒険者ギルドの『相談役』じゃからのぅ。ここには週に何度か、顔を出しておるのだ」


「なるほど」


 さっき見た推薦状にも、確かそう書かれていたっけか。


「では先生、さっきのお話しに戻りましょう。例の『ちょっとした遠征』、アレはいったい――」


「――さて、アルトよ。お前にはこれより、A級昇格試験を受けてもらう」


 やはりというかなんというか……相変わらず、こちらの話を聞いてくれない。

 この人は昔から、都合の悪い話になるといつもこうなのだ。


「あの遠征、とても『ちょっとした』で片付くようなものじゃなかったんですが?」


「儂とそこにおるマッドが選定した『とあるクエスト』、これを見事クリアすれば、お前は晴れてA級冒険者となれるのじゃ」


 俺も退かず、先生も退かない。


「……」


「……」


 互いの視線が、静かにぶつかり合った。


「……先生、そろそろこちらの話も聞いてもらえませんか?」


「儂に話を聞いてもらいたくば、どういう行動を取ればよいのか。しっかりと教えたはずじゃがのぅ……」


 彼はその長いひげを揉みながら、挑発的な笑みを浮かべる。


「……いいんですね?」


「無論」


 彼がコクリと頷いた瞬間、俺はすぐさま手印を結ぶ。


「――現象げんしょう召喚・黒王こくおう


 刹那せつな、先生の胸部に小さな黒点が浮かぶ。


「ほぅ……!(なんという展開速度! 一年前より、遥かに速くなっとるのぅ!)」


『黒王』は千年に一度、白霊山はくれいさんの山頂に自然発生する『ブラックホール』。

 重力圏は表面1ミリという極小。

 しかしその重力はとてつもなく巨大で、ほんのわずかでも触れたが最後、一瞬でぺしゃんこになってしまう。


「――雷閃らいせん


 先生は手印・詠唱を省略した魔術を超高速展開。

 まるで雷の如き速度をもって、黒王の重力圏から脱出した。


 だけど――甘い!


「雷閃」


 俺はまったく同じ術式を即時展開、彼の背後を完璧に取る。


「……うぅむ、よもや儂の後ろを取ろうとは……。本当に、よくぞここまで成長したのぉ……」


「俺の話、聞いてもらえますね?」


「ほっほっほ――甘いわ」


 不敵な笑い声が響いた次の瞬間、目の前にいた先生が突如として消滅した。


「これは……分身体!?」


 おそらくこの部屋に入る前から分身の術式を発動させ、本体は建物のどこかに隠れたのだろう。


「せ……先生、このやり方はさすがに卑怯ですよ!」


 事前に魔術を展開しているだなんて反則だ。


「ほっほっほっ! 試験の詳細は、そこにおるマッドから聞くがよい。では、またどこかで会おうぞ」


 どこからともなく響いた彼の声が立ち消え、執務室に静寂が降りる。


(ふぅー……落ち着け……。先生は昔から、ああいう人だった。今度会ったときは、真っ先にそれが本体かどうかをチェックしないとな……)


 大きく息を吐き出しながら、次回以降の対策を練っていると――パンパンパンという拍手の音が鳴り響いた。


「いやぁ、凄い魔術合戦だった! あの元S級冒険者――『神速のエルム』と互角以上にわたり合うなんて、さすがはアルトくんだ!」


「い、いえ……。お騒がせして、すみませんでした」


「ははっ、そんなことは気にしないでくれ。あんな超高位の魔術合戦を生で見ることができたんだ。こちらとしては、完全に『棚から牡丹餅ぼたもち』だよ」


 彼はそう言って、柔らかく微笑む。

 さっきのラムザさんとは違い、とても温厚で優しい人だ。


「さて、立ち話もなんだ。適当に掛けてくれ」


「はい、失礼します」


 お互いにソファへ腰を降ろす。


「さて、と……お互いに忙しい身だ。早速、本題へ入ろうか」


 マッドさんはゴホンと咳払いをし、真っ直ぐこちらの瞳を見つめた。


「先ほどエルム老師も言っていた通り、アルトくんにはこれからA級昇格試験を受けてもらう。私と老師が二人で選んだ高難易度クエスト、これをクリアすれば、君は全冒険者の憧れ――『A級冒険者』になれるんだ」


「高難易度クエスト、ですか……」


 まだまともなD級向けのクエストさえ受けていないのに……。

 いきなり高難易度のものを受けるなんて……本当に大丈夫だろうか。


「そんなに心配しなくても平気だよ。何せ、先日アルトくんがこなした『大遠征』――あれは『超高難易度クエスト』として、発注していたものだからね。今回の方が、難易度としては遥かに下。……なんだか、変な話だけどね」


 マッドさんはそう言って、陽気に「あはははは」と笑った。


 いや……命懸けのこちらとしては、あまり笑える話ではないんだけど……。

 あんな適当な人を相談役に置いておいて、冒険者ギルドは本当に大丈夫なんだろうか。


「それでだね。今回、アルトくんに頼みたいのが――このA級クエストだ」


 マッドさんは懐から、一枚の依頼書を取り出した。


 クエスト名:氷極殿ひょうごくでんの封印補助

 受注資格:魔力指数300万オーバーかつA級以上の冒険者

 概要:カルナとう南部に『氷極殿』という特殊な封印施設が存在する。

 そこに封じられているのは、神代の魔女・呪われた魔具・強力なモンスターといった、非常に危険度の高いものばかりだ。もし封印物の一つでも流出を許せば、カルナ島は一夜にして崩壊するだろう。

 島の原住民たちは、魔術協会と手を結び、長年にわたってこの封印を維持してきた。

 しかし、氷極殿の封印術式は年々弱まってきており、このまま放置すれば、おそらく数年以内に破綻してしまう。

 そこで冒険者諸君には、カルナ島の原住民および魔術協会より派遣された特使とくしと協力し、封印の補強・修繕を手伝ってやってほしい。


 特記事項:氷極殿は大魔王の呪いを受けており、中層~最下層のフロアがダンジョン化している。

 ダンジョン内には複数の『A級モンスター』が確認されているため、本クエストを受注する冒険者各位においては、よくよく注意されたし――。


「なる、ほど……。すみません、一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」


「……っ。あ、あぁ、なんだね?」


 マッドさんは何故か一瞬顔を引きつらせ、どこかぎこちない笑みを浮かべた。


「氷極殿の封印なんですが、どうして『張り直し』をせず、わざわざ『補強・修繕』を……?」


 封印術式はその特性上、どうしても経年劣化してしまう。

 時間の経過による魔力の減耗げんもうや封印対象の抵抗など、理由は様々だが……とにかく『定期的な管理』が必要なのだ。


 その際、基本的に……というかほぼほぼ100%、封印の張り直しが行われる。


 他人の構築した封印術式に手を加えるのは……正直、とても大変だ。

 術式にはどうしても術者の個性や特徴――所謂いわゆる『癖』のようなものが出てしまうため、それに沿った補強・修繕を行うのは、細心の注意を要する。


 そんな面倒なことをするぐらいならば、一から封印術式を張り直した方が何倍も効率的かつ無駄がない――というのが、現代における封印の考え方である。


 それなのに……今回のクエストには、『封印の補強・修繕を手伝ってほしい』とあった。


 これはいったい、どういうことだろうか?


「あぁ、そのことかい……。問題の封印は、最下層のフロアにあってね。なんでもこれは、千年以上も前にとてつもなく・・・・・・強力な・・・魔術師・・・が構築した凄く高度な封印術式らしく……。現代の魔術師では、一から再構築することができないそうだ」


 千年以上も前の封印術……。

 それはまた、とんでもない話だ。


「カルナ島の原住民と魔術協会は、この封印をなんとか維持するため、毎年大勢の魔術師を掻き集めて、必死に補強・修繕し続けたんだけど……三年前だったかな? 原住民の――凄く魔力の豊富な族長さんが倒れちゃってね。それ以降、封印の維持に必要な魔力が、毎年ちょっとずつ不足してしまい……封印術式が、年々弱くなっているそうだ。そのため今回『魔力量に自信のある冒険者を派遣してほしい』という話が、冒険者ギルドうちの方へ回ってきたんだよ」


「なるほど……。しかし、それほど強力な封印術式、いったい誰が構築したんですか?」


「えっ、いやそれは……ッ。あ、あー……すまない。ちょっとド忘れしてしまったみたいだ。あはは、いやぁ年は取りたくないものだね」


 マッドさんはそう言って、ガシガシと頭をいた。


 この依頼書を出したあたりから、なんだか彼の様子がおかしいような気がする。


「あの……これって本当にA級冒険者向けのクエストなんですよね?」


「も、もちろんだとも! 正真正銘、A級冒険者向けのものだよ!」


「そう、ですよね……。あはは、すみません。クエストの選定に校長先生がかかわっていると聞いたものですから、ちょっと警戒し過ぎてしまいました。さすがに冒険者ギルドが、冒険者に対して嘘をつくわけありませんよね」


「あ、あぁ! そこのところは、信用してほしいな!」


 なんでも人を疑って掛かるのは、とてもよくないことだ。

 このあたりは、ちょっと反省しなければいけない。


「あっ。後それから……今回引き受けてもらったクエストなんだけれど、これはパーティで行っても大丈夫だからね」


「えっ、そうなんですか?」


「あぁ。昇格試験というのは、基本的にパーティ単位で向かうものなんだ。アルトくんは確か……B級『魔炎まえん剣姫けんき』ステラ・グローシアさんと組んでいたよね? 特別な事情がない限り、一緒に行ってもらった方がいいと思うよ」


「そう、ですね……。とりあえずステラと相談してから、ソロで行くのかパーティで行くのかを決めようと思います」


「あぁ、わかった。……アルトくん、健闘を祈っているよ」


「はい、ありがとうございます」


 俺はマッドさんに一礼をしてから執務室を後にし、ステラのもとへ向かうのだった。



 アルトが退室した後、


「よっこらせっと……」


 執務室の窓が外側から開けられ、そこからエルムがゆっくりと入ってきた。


「いやぁしかし、一年ほど見ぬ間に、随分と育ったのぅ……。魔術の展開が恐ろしく速いうえ、相も変わらず真似っこが上手い。あの子に雷閃らいせんを見せるのは、さっきのが初めてじゃったというのに……一瞬でコピーされてしまったわぃ。そして何より――化物染みた魔力量。魔力だけならば、もはや完全に儂よりも上じゃな」


「そんな御謙遜ごけんそんを……」


「いいや、本当の話じゃ。『幻想』抜きの勝負では、もはやどう足掻いても勝てん……。これでまだ十五歳、末恐ろしい子どもじゃのぉ……ほっほっほっ!」


 エルムは鬚を揉みながら、満足気に笑う。


「しかし老師……本当によろしかったのでしょうか?」


「何がじゃ?」


「ご指示の通り、『S級冒険者専用・・・・・・・・超々高難易度・・・・・・クエスト・・・・』、その・・内容を・・・少し・・……いえ・・かなり・・・マイルドに・・・・・書き換えて・・・・・紹介・・しておきましたが……。やはり危険過ぎるのでは……?」


「そりゃ危険じゃろう。このクエストは本来、S級が行くレベルのものじゃからな」


 エルムはそう述べた後、自信満々に断言する。


「しかし、アルトならば問題あるまい。あやつの才能は、どこまでも底が見えん。追い込めば追い込むほど、無尽蔵の魔力が湧き上がってきおる! あれは間違いなく、次代じだいの『器』……! 果たしてどこまで強くなるのか、本当に楽しみじゃわい……!」」

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