第9話:勝利の宴


 伏魔殿ふくまでんダラスから大教練場だいきょうれんじょうへ帰還した後、A級ギルド銀牢ぎんろう内の中央ホールで祝勝会が開かれた。


此度こたびの第八次遠征において、我々は誰一人欠けることなく、伏魔殿ふくまでんダラスの攻略に成功し、戦術目標である大魔王の遺物を完璧な状態で回収した! これは間違いなく、人類史に残る偉大な一歩であり、我々の圧倒的な大勝利だ……! 冒険者諸君、今宵こよいは全てを忘れて、勝利の美酒を味わおうではないか!」


 ラインハルトさんが勝利の言葉をうたいあげると、


「「「うぉおおおおおおおお……!」」」


 冒険者たちはみんな、歓喜の雄叫びをあげ――めや歌えやの大宴会が始まった。


 なんでも彼らは『ダンジョン攻略祈願』として、三か月ほど断酒だんしゅをしていたそうで、みんな浴びるように久しぶりのお酒をかっ食らう。


「――はっはっはっ、今日は最高の一日だ! なぁ、アルトくん? そうは思わないかい?」


 いい具合にお酒が回り、ハイになったラインハルトさんが、バシンと背中を叩いてきた。


「はい、記念すべき日だと思います」


「はっはっはっ! そうだろうそうだろう! はっはっはっ!」


 どうやら彼は、けっこうな笑い上戸じょうごのようだ。


(なんか、ちょっと意外だな……)


 そんな感想を抱いていると――背後から、声を掛けられた。


「よぉ、アルト……」


「う、ウルフィンさ……えっ?」


 酒瓶を手にした彼はなんと、いきなりガバッと肩を組んできた。


「てめぇ、けっこうやるじゃねぇか……。ひっく……。最初は気に食わねぇ奴だと思ったが……実力は確かだ。甘っちょろいところもあるが……まぁ嫌いじゃねぇ」


「ど、どうも……」


 彼は酔うと少し素直に、丸くなるタイプのようだ。


「――アルトくん、ありがとぉおおおお! 君のおかげで、あたしの大切な友達が、無事に……うわぁああああん……! もう、大好きぃいいいい……!」


 ティルトさんが大きく両手を広げ、ギュッと抱き着いてきた。

 彼女は泣き上戸+からみ酒……しかも、かなり甘えてくるタイプらしい。


「ちょっ、ティルトさん。近いですって……っ」


「えへへぇ、思ったよりも筋肉質だぁ……」


 柔らかい感触、鼻腔びこうをくすぐる甘いにおい。

 心臓の鼓動が自然と速くなっていく。


「あ、あの……! うちのアルトが困っていますから、離れてください……!」


 ステラが凄まじい速度で駆け付け、暴走するティルトさんを引きがしに掛かる。


「いやだよぉー! この子は、あたしのものだもんねー!」


「なんですってぇ!? 私がいったい何年前から――」


 騒がしいやり取りが繰り広げられる中、ラインハルトさんが突然ポンと手を叩く。


「――おっと、そうだった! アルトくん、そろそろ『乾杯の音頭おんど』を頼む!」


「えっ?」


 乾杯の音頭……?

 みなさん、もう既に『できあがっている』と思うのだが……。


此度こたびの大勝利の立役者は、間違いなくアルトくんなのだ! 君が音頭を取ってくれなくては、我々も気持ちよく呑み切れん! さぁほら遠慮せず、胸を張って舞台へ上がってくれ!」


「ちょ、俺はそういうのあんまり得意じゃありませんので……! 気の利いた言葉とか、全然出てきませんし……!」


「はっはっはっ! すまないみんな、ちょっと道を開けてくれ! みんなの命を救ってくれた、『大英雄様』のお通りだぞ!」


 ……駄目だ。

 この気持ちよくなった酔っぱらいには、まともに話が通じない。


 ラインハルトさんに引っぱられ、一段高くなった舞台の上に立たされてしまった。


 百を超えるたくさんの視線に晒され、心臓がドクンドクンと妙な鼓動こどうを刻む。


(やるしかない、か……)


 俺は仕方なく覚悟を決め、果実水の入ったグラスを高く掲げる。


「え、えーっと……。みんなで力を合わせて、なんとか無事にダンジョンを攻略することできました。今日は記念すべき日なので、その……か、乾杯……!」


 こういう派手な場に慣れていないうえ、元々あまり口が達者じゃない俺は、とにかく頭の中に浮かんだ言葉を必死に繋いだ。


 特に気の利いたことを何も言えず、「失敗したかな……」と思った次の瞬間、


「「「かんぱーい!」」」


 みんなはそんなことを気にも留めず、気持ちよく乗ってきてくれた。


 そして――今までのがまるで『前哨戦ぜんしょうせん』と言わんばかりに、本格的な大騒ぎが始まる。


「――男、パウエル! こちらの酒樽さかだるを一気呑みしやす!」


 パウエルさんはまた悪酔いしており、無茶苦茶なことを言い始め、


「わっはっはっ! よいぞパウエル! その意気だ!」


 ドワイトさんは楽しそうに手を打ちながら、大喜びでそれをはやし立てた。


 いや、そこはあなたが止めるべきなのでは……?


「おぃ、久しぶりにやるぞ……!」


「ん……おぉ! 受けて立とうではないか!」


 ウルフィンさんとラインハルトさんは、中央のテーブルでみ比べを始め、


「ふっふっふっ、あたしの美声を聞けぇー!」


 ティルトさんがなんとも独特なリズムの歌を口にし、


「それだけは、やめてくれぇー!? せっかくの酒がマズくなる……!」


 たくさんの冒険者たちが、必死の形相で止めに入った。


 そんなどんちゃん騒ぎの最中、


「アルトさん! あんたのおかげで、俺たちは無事に人間の姿へ戻れた! ありがとう、本当にありがとう……!」


「なぁなぁ今度、召喚魔術を教えてくれよ! あんたのすげぇ召喚獣を見てよぉ、俺ちょっとガチで、召喚士目指そうと思ったんだ!」


「まだどこのギルドにも、所属してねぇんだろ? だったら、銀牢うちへ入ってくれよ!」


 みんな本当にいい人たちばかりで、温かい言葉をたくさん掛けてくれた。


(あぁ……楽しいなぁ)


 一緒に冒険した仲間たちと、馬鹿みたいに騒ぐ。

 今この時間が、どうしようもなく楽しかった。


(……あの頃とは、大違いだ……)


 冒険者ギルド『貴族の庭園』で働いていた頃、俺はずっと一人で、毎日がただただ苦痛だった。


 ごはんを食べるのも倉庫裏で一人。

 仕事をするのも窓際まどぎわで一人。

 悩みを打ち明けられる同僚もおらず、ギルド長のデズモンドからは、酷いパワハラを受け続け……楽しいことなんか、ほとんど何もなかった。


 それが今ではどうだ。


 ステラ、レックス、ルーンはもちろん、ラインハルトさんやウルフィンさんやティルトさん、その他大勢の人たちに囲まれ、みんなで楽しく笑い合っている。


 とても……とても幸せな時間を過ごしている。


 冒険者になって、本当によかった。


(ステラ・レックス・ルーン……ありがとう)


 俺なんかをパーティに誘ってくれた、冒険者の道へ呼び戻してくれたみんなには、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。


 それから少しして――お酒を呑めない俺とステラは、果実水や料理なんかをちょこちょこといただきながら、中央ホールの端の方で雑談を交わす。


「ねぇアルト……お酒って、おいしいのかな……?」


 冷えた果実水をちびちび飲みながら、ポツリとそんな疑問をこぼすステラ。

 その顔には「呑んでみたいなぁ」と書かれてあった。


「一応言っておくけど、俺たちはまだ未成年だからな?」


「わ、わかっているわよ……っ。だけど、みんながあんなにおいしそうに呑んでたら、どんな味か気になっちゃうでしょ……?」


「まぁ、そうだな。……成人を迎えたら、一緒に呑んでみようか?」


「……! ……それは……ふ、二人っきりで……?」


 彼女はほんのりと頬を赤くしながら、恐る恐ると言った風に聞いてきた。


「せっかくだし、レックスやルーンたちにも声を掛けよう」


 みんなで集まって、冒険者学院での昔話やこれまでの冒険譚ぼうけんたんを語り合う。

 それはきっと、とても楽しいだろう。


「……ですよねぇ」


 何故かステラはため息をつき、どこか遠いところを見つめるのだった。



 華やかな宴会は遅くまで続き、夜の十時を回ったところで終了、その後は自由解散という流れになった。


 俺はステラを家の前まで送り届け、ワイバーンに乗って自宅……ではなく、その近くにある河原へ向かう。


「――いつもありがとう。本当に助かっているよ」


「ギャルゥ!」


 目的地に到着した俺は、ワイバーンにお礼を言って、頭をサッと切り替える。


 楽しい宴会の時間はもう終わり、ここから先は魔術の時間だ。


「さて、と……記憶に新しいうちに、やっておこうかな」


 足元に転がっていた石ころに手を当て、静かにその名を告げる。


「――神螺転生しんらてんせい


 すると――。


「ころころ? ころろ……!」


 新たな命をさずかった石ころは、自らの意思でぴょんとぴょんと跳ねた。


「あはは、元気がいいな」


「ころっ!」


 せっかく生まれてきてくれたんだから、後でこの子とも召喚契約を結んでおくとしよう。


 俺は昔から、『真似っこ』が得意だった。

 一度目にした魔術は、よっぽど複雑なものでもない限り、大概すぐにコピーできる。


「よし、だな」


 今度のはちょっと大掛かりだから、手印しゅいんの補助を受けるとしよう。


「――模倣もほう召喚・命々流転郷めいめいるてんきょう


 次の瞬間、あかい彼岸花が世界を埋め尽くしていった。


「よしよし。とりあえず、『外箱そとばこ』はできたな」


 後は機能なかみがどうかなんだけど……正直、そこまでの期待はしていない。

 これは本当にちょっとした実験なのだ。


 右手で小石を掴み、左手は空っぽのまま上に向け、まったく異なる二つの魔術を発動させる。


「――神螺転生しんらてんせい。簡易召喚・スライム」


「ころろ!」


「ぴゅい!」


 命々流転郷これが本物の幻想神域ならば、正常に機能するのは、術者の根源術式だけのはずなんだけど……。全く異なる二系統の魔術が、同時に展開できてしまった。


「うーん、やっぱり駄目か」


 どこまで精巧せいこうに作ろうとも、所詮これは虚飾きょしょくの幻想神域。

 早い話が、ただの偽物。


 模倣召喚は普通の魔術であって、『幻想魔術』の代替だいたいにはならないようだ。


(幻想神域の対策……急がないとな)


 大魔王復活を目論もくろむ、危険な思想を持つ集団――復魔十使ふくまじゅうし


 俺は今日そのうちの一人、レグルス・ロッドと戦った。

 みんなの力を合わせて、なんとか撃破することはできたのだが……。


 幻想神域を使われたときは、さすがに焦った。


(……正直、まだ奥の手はある)


 もしもあのとき『禁断の召喚』を使っていれば、レグルスの幻想神域も難なく破れただろう。


(ただ……アレは文字通りの規格外)


 あまりにも危険過ぎるため、『元S級冒険者』である校長先生から、「特定の条件下・・・・・・を除いて・・・・絶対に・・・使うでないぞ・・・・・・」と厳しく言われている。


(……とにかく、このままじゃ駄目だ)


 俺はもっと、もっともっと強くならなければ、ステラを――大切なパーティの仲間を守れない。


「……幻想神域、か……」


 ポツリと呟く。


 自らの『根源術式』を現実世界に投影とうえいし、浮世うきよことわりを歪める『魔術の極致』。

 これを身に付けた者は、魔術の歴史にその名を刻み、『S級冒険者』として登録される。


「――うん、モノは試しだ。ちょっと『自分流』で、やってみようかな」


 確かあのとき、レグルスはこんな感じで……。


(……おっ、ちょっといい感じかも?)


 それから俺はしばらくの間、幻想神域の練習に励んだのだった。



 翌朝。


「ふわぁ……」


 寝ぼけまなこをこすりながら、なんとかベッドから起き上がる。


(うっ……体が重いな)


 さすがに一日寝ただけじゃ、完全回復とまではいかなかった。


(昨日はかなり強い召喚獣をたくさん呼び出したし、極め付きには王鍵おうけんまで使ったからな……)


 気だるい体を引きずりながら、朝ごはんのにおいがする台所へ向かう。


 今日は多分、焼き魚とお味噌汁かな?


「――おはよう、母さん」


「あぁ、おはよう!」


 母さんはいつも通りの元気よく声を張った後、ズンズンとこちらへ向かってきた。


「凄いじゃないか、アルト! 昨日は、大活躍だったんだってね!」


 彼女は満面の笑みを浮かべながら、机の上に朝刊を広げた。


 その一面を飾っていたのは、『伏魔殿ダラスの攻略成功! 大魔王の忌物いぶつを確保!』という大きな文字。


 復魔十使ふくまじゅうしレグルス・ロッドとの激しい死闘や、突如乱入してきた黒いフードの男、大魔王の遺物を回収したことなどなど……。

 昨日の今日にもかかわらず、とても詳細な情報が記されていた。


 そしてそこには――この偉業を成し遂げた遠征メンバーの顔写真が、ズラリと並んでいる。


 一番大きいのは、やはり遠征の総指揮を務めたA級冒険者ラインハルト・オルーグ。

 その次はA級冒険者のウルフィン・バロリオとティルト・ペーニャ。

 他にもステラ、ドワイトさん、パウエルさんといった、華やかな面々の顔写真が大々的に掲載されていた。


 そしてなんとそこには――とても小さいけれど、俺の顔写真まであった。


(いや、でもこれは……っ)


 みんなはとても格好いいポーズの写真なのに……何故か俺のだけ、『証明写真』だった……。


 しかもそれは一年前――冒険者ギルドの採用面接を受けるとき、履歴書に張って提出したものだ。

 真っ直ぐ正面を向いた顔・微妙にぎこちない笑顔・ぴっちりと横分けにされた髪……完全に一人だけ浮いている。


 なんだか自分が、世界中にさらされているような気がして、とても恥ずかしかった。


(これは多分、俺が飛び切り無名の冒険者だからなんだろうな……)


 聞いた話によれば……新聞各社は、B級以上の冒険者の写真を常時複数確保しているそうだ。

 いつどこでどんなニュースがあった場合でも、すぐに顔写真付きの記事を上げられるように、とのことらしい。


 しかし俺は、つい先日冒険者登録を済ませたばかりの『D級冒険者』。


 さすがの新聞社も、こんな無名の冒険者の写真までは持っていなかったようで……必死になって探した結果が、これ・・だ。


(いやでも、証明写真はないだろう……)


 よくこんなものを見つけてこられたな。

 というか、冒険者ギルドの情報管理、ちょっと杜撰ずさん過ぎるんじゃないか?


 そんなことを考えていると、母さんがバシンバシンと背中を叩いてきた。


「新聞に顔がるなんて、中々できることじゃないよ! 母さん、鼻が高いさ! 天国の父さんも、きっと今頃はあっちで自慢しまくっているだろうね!」


 写真の件はちょっとショックだけれど、母さんがこんなに喜んでくれるのなら……まぁいいか。


 その後の三日間、俺はゆっくりと体を休めた。

 それというのも……昨晩の帰り道、ステラと少し話し合って、今日を含めた三日間は冒険者活動を休止――体を休めることに専念しようと決めていたのだ。


 冒険者にとって、体は一番の資本。

 今回の大遠征みたく大きなクエストをクリアした後は、次の仕事までに数日のインターバルを置くことが基本だとされている。


 そういうわけで、午前・午後は家の農作業を手伝いつつ、夜は『秘密の特訓』――穏やかで落ち着いた時間を満喫させてもらった。


 その後、あっという間に三日が経過し、冒険者活動再開の日を迎える。


「――よし、いい感じだ」


 魔力は完全回復。

 昨晩はよく眠れたから、体もとても軽い。

 朝支度をササッと済ませ、王都へ向かおうとしたそのとき――郵便箱に、カコンと封筒が入れられた。


「冒険者ギルドから、俺あてに……?」


 いったいなんだろう?


 軽い気持ちで封筒を開けるとそこには――とんでもないものが入っていた。


「……A級昇格試験のご案内……」


 …………『A級』?


 い、いやいやいや……なんだこれは!?

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