第11話:カルナ島とラココ族


 A級昇格クエスト『氷極殿ひょうごくでんの封印補助』を受注した俺は、本部の一階で待ってくれていたステラに諸々もろもろの事情を説明。

 彼女が二つ返事で「一緒に行く!」と言ってくれたため、すぐに受付へ向かい、そのむねを報告した。


「――委細いさい、承知しました。それでは明日の午前十時、カルナ島中部のデアール神殿へ向かい、魔術協会の特使とくしと合流してください。その後は、カルナ島の原住民と会談の場を持ち、氷極殿の封印補助にお力添えをお願いします。冒険者様の行く道にさちおおからんことを――」


 こうしてA級昇格クエストを受注した俺とステラは、本部の近くにある商店へ寄り、しっかりと明日の準備を整えてから解散したのだった。


 翌日。

 王都で合流した俺たちは、ワイバーンに乗ってカルナ島へ飛んだ。


「――す、凄い人混みだなぁ」


 サングラスを掛けた、見るからに陽気そうな男性。

 はなやかな帽子をかぶった、とてもテンションの高い女性。

 子どもを連れた、幸せそうな家族。


 右を向いても左を向いても、とにかく人・人・人……。


(王都にもたくさんの人がいたけど、ここはまた別格だな……っ)


 野菜と家畜の中で育ってきた俺には、ちょっとばかり刺激の強い場所だ。

 うっかりしていたら、人酔ひとよいしそうになってしまう。


「カルナ島は『常夏とこなつのリゾート』! 観光地として、有名な場所だからね。んーっ、お日様がとっても気持ちいいわ!」


 ステラは両手をグーッと上へ伸ばし、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。


「とりあえず、魔術協会の人と合流しようか」


「えぇ、そうしましょう」


 事前に準備してきた簡単な地図を頼りに、集合場所の『デアール神殿』へ向かう。


「――っと、あそこだな」


「へぇ、綺麗な神殿ねぇ……」


 無事に目的地へ到着。


 するとそこには、どこかで見たことのある女性がいた。


「もしかして……ルーン、か……?」


 神殿の前に立つ美しい銀髪の少女は、冒険者学院時代の旧友ルーン・ファーミだ。


(そう言えば……確かルーンの実家は、カルナ島の北部にあるんだったな)


 数年前の記憶を掘り起こしていると――。


「あ、アルトさん……! それからステラさんも、お久しぶりですね」


 こちらに気付いた彼女が、小さく手を振りながら駆け寄ってきた


「ルーン、そのフル装備は……」


「もしかしてあなたが、魔術協会の特使とくしなの?」


「はい、その通りです。それを知っているということは、お二人が冒険者ギルドからの助っ人なんですね?」


「あぁ」


「えぇ、そうよ」


 お互いが現状を理解し合ったところで、ちょっとした疑問が浮かんできた。


「あれ……。でもルーンって確か、B級冒険者ギルド『翡翠ひすい明星みょうじょう』に所属していたよな?」


 それなのに魔術士協会の特使……?

 これはいったいどういうことなんだろうか。


「翡翠の明星は、魔術師のみで構成されたとても珍しいギルドでして……。冒険者ギルドと魔術協会――両方にせきを置く人が、けっこう多いんですよ」


「へぇ、そうなのか」


 疑問が解消されたところで――ルーンがキラキラと目を輝かせながら、こちらへグッと顔を近付けてきた。


「でも、さすがはアルトさんですね! もう『S級冒険者』になっちゃっていただなんて……凄過ぎます!」


「……え?」


「……え?」


 お互いに小首を傾げ合う。


「俺、まだD級冒険者だぞ……?」


 その証拠とばかりに、懐からD級冒険者カードを取り出す。


「えっ、あれ……? …………うそ。でもこのクエストは、『S級冒険者専用』の『超々高難易度クエスト』として発注したって、魔術協会の本部長さんが言っていたんですが……」


 S級冒険者専用・・・・・・・超々高難易度クエスト・・・・・・・・・・、か……。


(ふぅー……あの爺……ッ)


 またやった。

 またやりやがった。


(くそ、やっぱり俺の目は間違っていなかったんだ……っ)


 あのとき――執務室でクエストの詳細を語るマッドさんは、どこか様子がおかしかった。


 奥歯に物が挟まったような口ぶり、なんとも煮え切らない態度……。

 おそらくは相談役である校長先生から命令され、立場上逆らうこともできず、良心の呵責かしゃくに苦しんでいたのだろう。


「あの、アルトさん……?」


 状況が理解できず、不思議そうなルーンへ、簡単に事情を説明する。


「な、なるほど……。確かにあの校長先生ならば、やりかねませんね……」


 ルーンはどこか呆れた様子で、苦笑いを浮かべる。


「……こういう場合、どうするべきなんだろうな?」


「うーん……そう、ね……。S級専用のクエストは、いくらなんでもちょっと厳しいと思うわ……」


「やっぱり、そうだよな」


 俺とステラの意見は、ほとんど一致していた。

 S級冒険者専用の超々高難易度クエスト――わざわざ危険な橋を渡る必要はない。


「で、でも……! アルトさんなら、なんの問題もありません! というか、これ以上ないぐらい『適任』だと思います! 原住民の方々も、きっと温かく受け入れてくれますよ!」


 ルーンが強く断言した後、ステラがうなり声をあげる。


「うーん、カルナ島の原住民って……『ラココ族』よね? 確かあの人たちは、排他的はいたてきでバリバリの権威主義だったはず……。多分だけど、S級冒険者以外は、受け入れてもらえないんじゃないかしら?」


「そ、それは……その……っ。確かに原住民の方々――ラココ族の人たちは、『冒険者ランク』をかなり気になさるようです……」


「そうなのか」


 つまり、俺のようなD級冒険者は、お呼びじゃないというわけだ。

 まぁ……S級冒険者を要請して、D級冒険者が派遣されてきたら、誰だって嫌な顔をするだろう。


「そういうことなら、やっぱり一度帰った方がよさそうだな」


「えぇ、それがいいと思うわ」


 俺とステラが意見をまとめたところ、意外にもルーンが食い下がってきた。


「あ、あの……っ」


「どうした?」


 先ほどから、彼女の顔には焦りのようなものが見える。


「……すみません、もしアルトさんさえよろしければ、このクエストを引き受けていただけませんか?」


「どういうことだ?」


「……これからするお話は、絶対に他言無用でお願いします」


 ルーンはそう前置きした後、その重たい口を開いた。


氷極殿ひょうごくでんの封印術式は、中心からられた『五重封印』。おそらくは、世界で最も強固な封印の一つだと思います。ただ……封印対象である『神代の魔女』もまた規格外。彼女は既に覚醒しており、封印を破壊しようと大暴れ……。その結果、第一術式から第三術式までが崩壊。残す第四・第五術式が破られるのも時間の問題です。魔術協会の見立てでは、おそらく明日にも神代の魔女が完全復活を果たし――カルナ島は壊滅します」


「あ、明日って……!?」


「そんな危険な状態なの!?」


「はい……。このままではあまりにも危険と判断した魔術協会は、恥を忍んで・・・・・、冒険者ギルドに応援を求めました」


 あまり詳しいことは知らないけれど、冒険者ギルドと魔術協会が『犬猿の仲』というのは、とても有名な話だ。


「しかし、冒険者ギルドの反応は冷たく……。『S級冒険者はダンジョン攻略に当たっており、彼らを派遣することはできない。それに万が一、手に空きがあったとしても、お前らに貸し出すことは絶対にない』――そんな紙切れが、転送魔術で送られてきたきりでした」


 S級冒険者がダンジョン攻略で忙しいというのは、おそらく本当のことだろうけど……最後の挑発的な一文は、完全に余計だ。


「冒険者ギルドも魔術協会うちも、常に戦力不足であえいでいるのは同じ……仕方がないといえば、仕方がないことなんですけどね……。そうして完全に八方塞がりになったとき、突如として校長先生が魔術協会へやってきました」


「先生が……?」


「はい。私はたまたまそのとき、協会にいなかったんですが……。『儂の可愛い教え子――ルーンのやつが、えらく困っていると聞いてのぅ。どれ、S級・・クラス・・・冒険者・・・を派遣してやろう。アレがいれば、なんの心配もいらぬ』――そう言ってくださったと聞いています」


 ……なるほどな。

 今回の裏には、そういう事情があったのか。


 なんというかまぁ……こちらの都合も顧みず、勝手な約束を取り付けてくれたものだ。


「私は自分が生まれ育ったこのカルナ島を――お母さんとの楽しい思い出がいっぱい詰まったこの場所を、どうしても守りたいんです……! だから、どうか……どうかお願いします。アルトさんの持つ『無尽蔵の魔力』を貸してください……っ」


 ルーンはそう言って、深く深く頭を下げてきた。


(…………困ったな)


 大切な友達からここまで頼み込まれたら、たとえそれがどれだけ難しいことであろうと、断ることなんてできない。


「――わかった。どこまで力になれるかはわからないけど、俺なんかでよければ協力させてくれ」


「あ、ありがとうございます……!」


 ルーンは目尻に涙を浮かべながら、俺の両手をギュッと握り締めた。


「それで……ステラはどうする? 今回のクエストは、かなりヤバそうだ。なんだったら、王都へ戻ってくれても構わないぞ」


「私たち三人は、冒険者学院の頃から、ずっと一緒に頑張ってきたトリオ! アルトとルーンが戦うっていうのに、私だけ指をくわえてみているわけにはいかないでしょ?」


「あぁ、そうだな(……レックスもいるんだよなぁ……)」


「ステラさん、ありがとうございます!(あれ、レックスさんは……?)」


 完全に存在を忘れられたレックス、彼のことは一旦置いておくとして……とにもかくにも、こうして俺たちは、『氷極殿ひょうごくでんの封印補助』にのぞむことを決めたのだった。



「それで、これからどうするんだ?」


 俺の問い掛けに対し、ルーンは懐から書類を取り出す。


「えっと……夕方の四時にラココ族の村へ現着げんちゃく、今夜の『封印決戦』に備えて族長と会談、その後は現場の流れに任せて――という感じですね。今はまだ午前十時なので……後六時間ほど、特にすることがありません。当初の予定ではこの空き時間を使って、派遣されてきたS級冒険者の方と話し合い、お互いの魔術や簡単な連携などを共有するつもりだったのですが……」


 ルーンは苦笑いを浮かべながら、ポリポリと頬をく。


「まぁ俺もステラもルーンも、それぞれの術式はほとんど知り尽くしているからな」


「連携だって、冒険者学院時代のものが丸々使えるしね」


「えぇ、そうなんですよ」


 俺たちは冒険者学院の三年間、互いに切磋琢磨せっさたくましながら魔術の研鑽けんさんを積んできた。

 今更になってわざわざ術式を開示する必要もなければ、急ごしらえの連携を作る必要もない。


「さて、これからどうするか……。六時間って結構長いからなぁ」


「先にラココ族の村へ行っちゃうのは、駄目なのかしら?」


「一応、先方からは、『きちんと時間通りに来るように』と言われています。どうやら今夜の封印に備え、朝早くから夕方ごろまで、伝統の舞踊ぶよう祈祷きとうを行うらしく……。その途中で来られても、迷惑なんだそうです」


 なるほど……。

 独自の文化や伝統なんかは、ちゃんと尊重する必要がある。


「ということは現状――」


「――完全に手持てもち無沙汰ぶさたってこと?」


「すみません、そうなっちゃいますね」


 わずかな沈黙の後、ステラがポンと手を打った。


「そうだ! せっかくカルナ島まで来たんだし、どうせなら遊んでいきましょう!」


「あっ。それ、名案です!」


 その提案に、ルーンはすぐさま飛び乗った。


「えっ、いやでも……これは仕事だし……」


「大丈夫、大丈夫! 自由時間にリラックスするのも、仕事の一つよ!」


「行きましょう、アルトさん!」


「えっ、あっ、ちょ……ステラ、ルーン!?」


 俺は二人に手を取られ、美しいエメラルドグリーンの海へ連れて行かれたのだった。


 三十分後――俺は白い砂浜にパラソルを突き立て、下に敷いたレジャーシートに座っていた。

 ステラとルーンが更衣室で着替えている間、『荷物の番』をしているのだ。


(しかし、高くついたなぁ……)


 今回俺たちは氷極殿ひょうごくでんの封印を補助するため、カルナ島を来たのであって、決して観光目的で足を運んだわけではない。

 当然ながら、持ってきた荷物の中に水着はなく……必然的に現地調達することになったのだ。


 ただまぁ、観光地価格というやつなのだろうか。

 極々ごくごく普通の水着が、通常の三倍以上の価格で売られていた。


これ・・で五千ゴルド、か……)


 俺が今穿いているのは、店の中で一番安かった水着だ。


(まぁ黒の無地だし、今後も使えると思えばギリギリ……アウトかなぁ……)


 高いものは高い。


(……働こう)


 身を粉にして、限界ギリギリまで働こう。


 そうして勤労意欲をメラメラ燃やしていると、後ろの方からステラとルーンの声が聞こえてきた。


「アルトー!」


「アルトさーん、お待たせしましたー!」


「あぁ、ステラ、ルーン……っ」


 振り向くとそこには、水着姿の絶世ぜっせいの美少女が二人。


「え、えっと……どう、かな……?」


「に、似合ってますかね……?」


 ステラとルーンは頬を赤らめ、恥ずかしそうにしながら、感想を求めてきた。


 ステラの水着は、可愛らしいビキニ。

 白い布地に赤のライン、腰回りには白のパレオを巻いており、彼女の亜麻色あまいろの髪と健康的な肌にとてもマッチしていた。


 ルーンの水着は、黒いホルターネック。

 飾り気のないシンプルなもので、彼女の透き通るような銀髪と大人びた黒のコントラストが非常に美しく、思わず見惚れてしまいそうになった。


 二人の豊かな胸と健康的な柔肌やわはだが、視界を埋める。


「あ、あぁ……二人とも、とてもよく似合っていると思うぞ」


 あまりにも刺激が強過ぎたため、視線を逸らしながら返答する。


「そ、そっか……っ。……ありがと」


「えへへ、嬉しいです」


 ステラは亜麻色あまいろの髪を指でシュルシュルといじりながら、ルーンは恥ずかしそうに頬を掻きながら、天使のように微笑んだ。


「……(これは、目のやり場に困るぞ……っ)」


「……(や、やった……! アルトが似合っているって、とても可愛いらしいって、好きかもしれないって言ってくれた……!)」


「……(黒の水着はちょっと恥ずかしかったですけど……。アルトさん、気に入ってくれたみたいでよかった……っ)」


 なんとも言えない沈黙が降りる中、


「そ、それじゃ張り切って遊ぼうか!」


「え、えぇ! せっかくの海だもんね!」


「はい、全力で楽しみましょう!」


 俺たちは妙なハイテンションに身を任せ、海へ向かってひた走るのだった。


 その後、みんなで一緒に白波に揉まれたり、レンタルしたビーチボールで遊んだり、スイカ割り大会に参加したり――カルナ島の海を満喫。

 お昼は近くの出店で、カレーライス・焼きそば・イカ焼きなんかを適当に頼み、みんなで取り分けておいしく食べた。


 そうして思いっ切り遊んだ後は、観光名所の一つ『ラコルタ博物館』へ足を運ぶ。


(これはまた、凄い資料の数だな……っ)


 歴史的な価値のある魔具・ラココ族の民族衣装・威風堂々とした古い石像――広大な博物館の中には、様々な展示物が所狭ところせましと飾られていた。


 カルナ島で育ったルーンは、何度もここへ通ったことがあるのだろう。

 俺とステラが気になった展示物なんかをわかりやすく説明してくれた。

 彼女の柔らかい口調でつむがれる話は、合間に豆知識や小話なんかも入れてくれているため、とても面白くて楽しかった。


「――ねぇルーン、これはなんの絵なの?」


 ステラがふと足を止め、『名称不明』という立て札の掛けられた、大きな壁画を指さした。

 そこに描かれているのは、青白く描かれた女性・中空に浮かぶ大きな結晶・必死に逃げ惑う人々――おそらく相当古いものなのだろう、非常に抽象的な描き方だ。


「こちらの壁画は今から千年以上も昔、神代の魔女がカルナ島に降り立ったとき、ラココ族の画家が描いたものだと言われています。彼女は恐ろしい『氷の魔法』を振るい、ありとあらゆるものを氷漬けにしたとか……」


「その恐ろしい化物が、氷極殿の最下層に封印されているのよね……?」


「はい、大暴れしているようです」


 千年前の魔女、か……。

 本当にスケールの大きな話だ。


 それからしばらくの間、博物館の中を歩き回っていると――非常によく目立つ、とても大きな立方体が目に入った。


(これは……石碑?)


 よくよく見れば、その表面には、文字らしきものが薄っすらと刻まれている。


(……古代文字っぽいな……)


 ほとんど消えているため、これではちょっと読めない。


「なぁルーン。この石碑について、教えてくれないか?」


「はい。その大きな立方体は、『ラココの真碑しんひ』。ラココ族に古くから伝わる、不思議な石碑です。ちなみに……目の前のそれは、複製魔術で生み出された、とても精巧な複製レプリカなんです」


「なるほど……。表面に薄っすらと文字が刻まれているんだけど、これはなんて書かれているんだ?」


「確か……著名な考古学者が調べたところ、『万象を従えし救世きゅうせい、外界よりあらわるるとき、天地鳴動てんちめいどうす。天は鳴き、地は割け、歓喜の雷が振り落ちるだろう』だったと思います」


「その伝承、ラココ族はみんな信じているのか?」


真碑しんひ原典オリジナルは、村のほこらで大事に保管してあるそうなので……。おそらくですが、みなさん信じていらっしゃると思いますよ」


「そうか、ありがとう」


 これは中々、面白い話が聞くことができた。


 天地鳴動――この伝承は、召喚のストックに加えさせてもらおう。


 伝承召喚は、その起源が古ければ古いほど、人々がそれを信仰していれば信仰しているほど、より強い効果を発揮する。


(あまり戦闘向けじゃなさそうだけれど、いつかどこかで使えるときが来るかもしれない)


 手札は一枚でも多い方がいいしな。



 ラコルタ博物館を十分に満喫したところで――時刻は午後三時三十分。

 そろそろいい時間になってきたため、ラココ族の村へ向かうことにした。


「えっと……こっちの道を左ですね」


 現地の詳細な地図を片手に、ルーンが道案内をしてくれる。


 活気に溢れた中心部から離れ、鬱蒼うっそうしげった森をしばらく進んで行くと――ラココ族の村が見えてきた。


 おそらく総人口は百人にも満たないであろう、とても小さな村だ。

 周囲には高い木の柵が建てられており、さらにそれを取り囲むようにして、深い堀が張り巡らされている。

 そして――前方に見える大きな門には、衛兵と思われる二人の村人が立っていた。


(ふぅー……)


 カルナ島の観光はもう終わり、ここから先はS級冒険者専用の超々高難易度クエストだ。


 俺が気を引き締め直していると、


「私、ちょっと行ってきますね。魔術協会から発行された『入村許可証』があるんです」


 ルーンはそう言って、正面の門を守る二人のもとへ向かい――村へ入る許可をもらった。


「魔術協会の特使様とS級冒険者様ですね。どうぞこちらへ――」


 門を守っていた一人が、恭しく頭を下げ、村の中へ入っていく。


(大変申し訳ないんだけど、S級冒険者じゃないんだよなぁ……っ)


 俺たちは彼の後に続き、ラココ村へ足を踏み入れた。


「……見られているな」


 周囲には、まったく人影がないけれど……。

 よくよく意識を払えば、すぐにわかった。


 みんな家の中に引き籠り、窓越しにジッとこちらを見つめているのだ。


「まぁ余所者よそものだからね」


「こんなに注目されると、なんだか心臓がバクバクしちゃいます……っ」


 村民にジロジロと見られながら、中央の一際大きな建物に入る。


 それは巨木を繰り抜いて作った独特な家屋。

 どうやらここが、族長の家らしい。


 客室のような場所へ通され、長椅子に座りながら待つこと数分――奥の扉が勢いよく開かれた。


 先頭を歩むのは屈強な大男、それに付き従うのは三人の村民。

 おそらくあの男性が、ラココ族の長だろう。


「――ラココ族の長ディバラ・マスティフだ」


 ディバラ・マスティフ。

 身長は190センチほど、年齢おそらく四十代半ば。

 大きくいかめしい目・ひたいに走った古い傷痕・小麦色に焼けた肌、中々に密度の高い人だ。


 自らの名を名乗った彼は、品定めするような目をこちらへ向けてくる。


「ディバラさん、お初に御目にかかります。私は魔術協会の特使ルーン・ファーミです。そしてこちらが――」


「冒険者ギルドより派遣されてきました、D級冒険者アルト・レイスです。よろしくお願いします」


「同じく、冒険者ギルドより派遣されてきました、B級冒険者ステラ・グローシアです」


 俺たちが自己紹介した直後、


「――帰れ」


 まさに開口一番、短く、容赦なく、はっきりとした拒絶を告げられてしまった。


「あ、あの……せめてお話だけでも――」


「儂は『S級』を要請したはずだ。貴様等のようなどこの馬の骨とも知れぬ三流冒険者では、戦力の足しにもならぬ! く、せるがいい!」


 やっぱりというかなんというか……まったく歓迎されなかった。


「ち、父上……っ。せっかく冒険者の方が来てくださったというのに、そんな言い方はないんじゃないですか……?」


 ラココ族の若い女性が、たしなめるように言った。

 父上という呼び方からして、ディバラさんの娘なのだろう。


「やかましい! そもそも儂は、冒険者ギルドや魔術協会のような余所者よそものに頼るつもりなどなかったのだ! それを貴様、勝手に外部と連絡を取りおって……! ラココの誇りを忘れたのか!?」


「し、しかし……! 私たちの力だけでは、もはや封印を維持できません! このままでは神代の魔女が復活を果たし、カルナ島が滅んでしまいます……!」


「それを阻止するのが、我らラココの『至上の使命』だろうが!」


「その通りでございます! 封印の維持こそが、我らの至上の使命! これを全うするためならば、たとえ部族の矜持きょうじに合わぬ方法でも、迷わずに選択するべきではないでしょうか!? 外部の者の力を借りてでも、神代の魔女を封印し続ける――これこそが、祖霊それいの願いではないのでしょうか!?」


「ぐっ……こ、の、馬鹿娘が……っ。くだらぬ屁理屈を並べおって……!」


 ディバラさんは大きく手を振りかぶり、女性はキュッと目をつむった。


(……ラココ族の問題に首を突っ込むつもりはないけど……)


 さすがにこれは見逃せないな。


(――簡易召喚・スライム)


 かかとをタンと打ち、召喚術式を刻む。


「ぴゅ……いぃ!?」


 ディバラさんの平手打ちは、スライムに直撃。


「ぬっ!?」


「え?」


 しかし、スライム種に打撃は無効。


「ぴゅいー!」


 見事にクッションの役割を果たしたスライムは、俺の肩にぴょんと飛び乗った。


「……小僧。なんのつもりだ?」


「いや、すみません。うちの子、元気いっぱいなものでして……時々ひょっこり飛び出しちゃうんですよ」


 あくまで今のは『事故だ』とすっとぼける。


 緊迫した空気が流れる中、ルーンが頑張って声をあげた。


「あ、あの……! こちらのアルト・レイスは、確かにS級ではありませんが……。実は、冒険者ギルドにおける『秘密兵器的な存在』なんです! だから、なんというかその……彼の大魔術を見れば、みなさんにもきっと納得していただけると思います!」


 必死に説得を試みる彼女に対し、


「はぁ……」


 ディバラさんは大きなため息をつく。


「そこまで言うのならば……一度だけチャンスをくれてやろう。もしもこのD級が、儂を納得させるほどの大魔術を披露したならば、S級クラスの冒険者と認めてやる。ただし――儂の貴重な時間を使うのだ。もしも失敗すれば、それ相応の代償は覚悟してもらうぞ……?」


 彼は完全にこちらを見下しきった目で、そんな脅し文句を突き付けてきた。


「えぇ、わかりました(はぁ……。どうしてこう最近、トラブル続きなんだろうか……)」


 俺は心の中で小さなため息をつきながら、ディバラさんからの提案を引き受けた。


「……アルトさん、すみません……。私が我がままを言ったばかりに、いろいろとご迷惑をお掛けしてしまい……っ」


 ルーンはとても申し訳なさそうに、訥々とつとつと謝罪の言葉をつむぐ。


「いや、気にするな。君のせいじゃないよ」


 彼女は何も悪くない。

 生まれ育った故郷を守りたいという思い、お母さんとの思い出の場所を大事にしたいという気持ち――この優しい心は間違いなく、ルーンの美点びてんだ。


「ねぇ、アルト……。このディバラとかいう族長、なんかちょっとムカつくわ。とっっっても強力な召喚魔術で、ぶっ飛ばしちゃいましょう!」


 昔から血の気の多いステラは、小声でとんでもない提案を口にした。


「さ、さすがにそれは……っ」


 そんなことをしたら、ラココ族との関係は修復不可能。

 下手をすれば、その場で全面戦争になってしまう。


 そうなれば当然、封印の補強・修繕しゅうぜんもままならず……明日にも神代の魔女が復活し、カルナ島が壊滅する。


(つまり、今求められているのは……ラココ族に迷惑を掛けず、ディバラさんが腰を抜かすような大魔術か)


 そう言えば一つ、ちょうどいいものがあったな。


「ディバラさん、ここでは少しわかりにくい・・・・・・と思うので、外に出てもらってもよろしいでしょうか?」


「わかりにくい? ……まぁいいだろう。D級冒険者様がいったいどんな大魔術を見せてくれるのか、ある意味で楽しみだ」


 それから俺たちは、村の中央部へ移動。


(……よしよし、みんなちゃんとこっちを見てくれているな)


 ラココ族の村人たちは、依然として家の中に引き籠りながら、ジッとこちらを注視していた。


「――さて、『冒険者ギルドの秘密兵器』とやらのお手並み、そろそろ拝見させてもらおうではないか」


 ディバラさんはそう言って、底意地の悪い笑みを浮かべた。


「それでは――伝承召喚・天地鳴動てんちめいどう


 俺が『空』の手印を結んだ次の瞬間、


「ぬぉ……!?」


 天は甲高い鳴き声をあげ、地は激しく割り裂け、神々しい迅雷じんらいが降り注ぐ。


(……思ったよりも強力だな)


 ラココ族の村で、大勢のラココ族に囲まれながら、ラココ族の伝承を召喚すれば、ちょうどいい大魔術になるかと思ったんだけれど……これはちょっと想像以上の出来だな。


 俺がそんなことを考えていると――ラココ族の村人たちが、一斉に家から飛び出してきた。


「い、今のは……ラココの真碑しんひに刻まれた『天地鳴動』!?」


「もしやあの御方、言い伝えにあった『救世主』様なのでは……!?」


「あぁ、間違いない! 我らの舞踊と祈祷きとうが、天に届いたのだ!」


 驚愕に目を見開く者・歓喜に打ち震える者・祖霊に祈りを捧げる者――彼らはみんな両手を組み、俺の前に平伏へいふくしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る