15話「匂わせ」

 身体測定が終わると、そのまま放課後を迎えた。

 市街地のバス停でバスを待っていると、綺麗に折り畳んだジャージを抱えた姫野さんがやって来た。


「ジャージ、本当にありがとう」

「いやいや、どっちにしても、どうせ着なかったから、大丈夫よ」

「洗って返すから、もうちょっとだけ持っておくね」

「別にちょっと着てただけだし、運動もしてないから、特に汚れてもないでしょ。わざわざ洗濯までしなくていいよ」

「いやいや! ちゃんときれいして返さないと……!」


 姫野さんとしては、着てそのまま返すということはしたくない様子。

 確かに、俺が蓮人と違うクラスだったとして、体操服を借りたとするなら、どんな状況であれど必ず洗って返す。

 なので、気持ちはよく分かるのだが……。


「誰のかも分からない、大きな体操服を洗濯してるところを家族に見られたら、絶対に面倒なことになると思うけど」

「うっ……。確かに」


 姫野さんの性格上、丁寧に洗って返そうとするに違いない。

 そんな様子を親御さんが見たら、一体何があったのかと思ってしまうに違いない。


「どうせ毎日洗濯機回してるから、そこに一緒に放り込むだけだから」

「うう……。じゃあこのままでもいい?」

「もちろんいいですとも。寒かったり、落ち着かない気持ちが和らいだなら、それでいいよ」

「うん。よく一緒に話してる友達、みんな長袖だったから、一人だけ半袖なの落ち着かなくって」

「あー、女子は気になるよな。男子は気にしてないやつ多いけど」

「そのほうが楽なんだけどねー……。ご迷惑おかけしました」


 ペコリと頭をこちらに下げてきた姫野さん。

 謝らないで欲しいと思ったが、俺も何かあると散々謝っていたので、言えるような口ではない。


「気にしないで。むしろ、男子が姫野さんのジャージ姿を見て、ざわついてたのを聞いてて楽しかったし」

「え、どんな話してたの?」

「あんな大きさのジャージ、絶対に他人のだろって。彼氏のかもしれないって悶々としてた」

「何それ。でも、友達にもしっかり聞かれたなぁ。『彼氏のジャージ着てるの?』って」

「その考えに辿り着くのは、男女同じか」


 予め予想していたことだったが、やっぱり考えるところはみんな同じらしい。

 そのために考えた個人的にもうまいと思った口実、あれが思いついて本当に良かった。


「まぁそのために、いい感じの口実を考えておいたわけだからね。それ聞いたら、みんな納得したでしょ?」

「あー、それなんだけどね」

「ん?」

「その口実、全然信じてくれなかった。結局、『さぁ、どうでしょうか?』って言うしかなかった」

「……嘘でしょ?」

「いや、聞き入れてくれなかった……。『またまたぁ』みたいなこと言われちゃって」

「俺の口実が、通用しなかったか……」

 嘘をついて誤魔化せても、若干複雑な気持ちになるが、誤魔化せなくてもそれはそれでショックだった。


「んー、おそらくは『こうであって欲しい!』みたいな願望に近いものなのかな……。あんまり信じる、信じないとかいう感じでもなかったかな〜」

「みんな恋愛脳過ぎるのでは……」

「まぁ、これでも良かったかもしれないけどね」

「え、何で?」

「だって彼氏いるっぽい雰囲気を匂わせておけば、よく分からない人から告白とか、されにくくなりそうだし」

「確かに、ちょっとは効果ありそうだな」


 おそらく、今回みんなが姫野さんのジャージについては気がついたり、話を聞いたりしている。

 そこから、姫野さんが質問への回答をぼやかしたこと話だけが一人歩きして、匂わせになりそうだ。


「まぁちゃんとした具体的な存在が居れば、もっと効果あるのにね?」

「何で俺の方を見て、笑いながら言うの……?」

「え? やっぱり名前の刺繍入りだったら、最強だったかなーって」


 笑いながら、普通に姫野さんが恐ろしいことを言っている。

 そこまで行くと、匂わせという単語を使うべきではないレベルになりそうだ。


「それだと、回答のぼやかしにすらならないけどね!」

「効果は絶大だと思う!」

「俺の身に対する危険性も絶大よ?」

「またまたぁ?」

「今日苦しめられた言葉で、俺を苦しめようとするの、止めてください……」


 そう言うと、姫野さんはすごく楽しそうに笑う。

 話をしていて波長が合っているのだと思うが、姫野さんは結構Sっ気があると思う。


「次の定期試験で『条件』達成したら、私の彼氏のフリをする、なんてよさそう……じゃない!?」

「攻めた交渉してきますな……。というか、これまでは純粋に、仲を深める素敵なお願い事ばっかりだったのに……。変わっちまったよ」

「こういうのもアリかなって。まぁでも、流石に厳しいね」

「いや、別にいいけど」

「え、いいの!?」

「要するに、負けなきゃいいんですよ。その程度の前フリにビビるとでも?」


 内心、勝てるとは思っていない。

 これまで2戦2敗。どう考えても負ける確率が高い。

 それにも関わらず、見栄を張って偉そうな事を口にしている。


「言ったね? 後悔しても知らないよ?」

「男に二言はない」


 姫野さんが情けをかけてくれたのに、それを突っぱねてしまった。

 次の定期テストを基にして、『条件』が達成された場合。


 俺は姫野さんの彼氏のフリをして、他の男子からのアプローチ回避の盾にする。


 俺は今回の話を一通り聞いた上で、姫野さんが本当に「彼氏のフリ」をする存在が欲しいのであれば、ここで受けても良いと思った。

 だがそんな事、とても言えずにいつも通り試験の勝負と、姫野さんの可愛らしい笑顔に挑む事になる。


「彼氏のフリ」という、面倒くさいことに巻き込まれやすい立場になるのは、間違いない。

 それでも、受けても良いと思っている時点で、もう姫野さんの笑顔に勝てるわけなどないのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る