14話「萌え袖ジャージ」

「高校になっても、身体測定の時って体操服とか着るんだな」


 長袖のジャージを身にまとった蓮人が、そんなことをポツリと口にした。

 確かに、何故に身体測定をするときなどは体操着に着替えるのだろうか。

 6時間目に予定されている身体測定に向けて体操服へ着替えている最中である。


「何か制服でも出来そうだけどな」

「だろ? この後、また制服に着なおさないといけないし。何度も着替えるの、面倒なんだよなぁ」

「まぁいいじゃねぇか。お前みたいなスポーツマンが着ると、ジャージが喜んでるのが分かる」

「よ、よくわからんが、ありがとう」


 蓮人的には、体育でもないのに体操服に着替えて、また制服に戻るという手間が多いのが気に入らないらしい。

 ただ、運動量の多いサッカーを毎日している蓮人の引き締まった体には、ジャージがよく似合っている。

 普通に、体操服販売時のモデル写真に使った方がいいと思うぐらいだ。


「将暉、ジャージは?」

「持ってきたけど暑いし、要らないかなって思って」

「部活してないくせに、元気だなー」

「くせにとはなんだ、くせにとは!」

「いやいや、これは失言」


 しょうもない話をしているが、周りを見てみるとジャージ派と半袖の体操服派に分かれている。

 男子では、俺のように半袖の体操服姿の方が多いが、女子はジャージ姿の方が多い。


「持ってきたジャージ、使わねぇからロッカーにしまって来るわ~」

「あいよ」


 うちの高校では教室前の廊下に、荷物をしまう用のロッカーが一人ずつ用意されている。

 そこに、教材やこういった体操服、カバンなどをしまっている。

 そんな自分のロッカーに、ジャージを戻そうと教室から出ようとした時だった。


「あ、奥寺君……」

「あ、姫野さん」


 教室の出入り口ドアのところで、ばったりと姫野さんに遭遇した。

 姫野さんは半袖の体操服姿なのだが、表情も硬いし、ちょっとそわそわしている。


「どうかした?」


 他の人に聞かれないように、そっと小声で落ち着きがない理由を聞いてみた。


「長袖のジャージ持ってくて着るつもりだったのに、おっちょこちょいな妹が、間違って持って行っちゃって……」


 理由は、理不尽なものだった。

 これ、妹さん帰ったらこっぴどく怒られるんだろうな。


「ジャージ無いと、寒かったりする?」

「無くてどうにもならないってわけじゃないけど、無いのは辛いかなって感じだね」


 そこまで気温が低くないが、女子からしたら寒いのかもしれない。

 それにこの落ち着かない感じは、本来長袖を着る想定をしていたのに、半袖でいざるを得ないという状態だからなのかもしれない。

 うちのクラスの身体測定が始まるまで、まだ時間がある。


「姫野さん、ちょっといい?」

「うん? そんなに時間をとらないのなら」

「大丈夫」


 小声で話しているとはいえ、立ち止まっていつまでも二人でそこに居たら、さすがに気が付く人も出てくると思ったので、少し人気のない場所に移動した。


「これ俺のジャージだけど、暑くて使わないからしまおうとしていたところだったから、良かったら使って」

「え、そんなに気にしなくても……」

「周りには気が付かれないかもしれないけど、長袖着てないの、相当気にしてるでしょ? すごいソワソワしてるなって思った」

「……分かるんだ」

「分かりますとも。伊達に毎日会って話してるわけじゃないよ?」

「うーん、これは一本取られたなぁ」


 姫野さんが少し苦笑いをしている。珍しい光景かもしれない。


「この高校のジャージは名前の刺繡とかもないから、誤魔化しも利きやすいから」

「ありがとう。でも、悪いよ……」

「そんなソワソワしてたら、こっちが不安になるんですけど?」

「うぐっ……。発熱の時に言った言葉、返されてしまったかぁ。……じゃあ、借りてもいい?」

「もちろん。ちゃんと綺麗にしてありますんで」


 そう言って姫野さんに長袖のジャージを手渡すと、早速姫野さんは俺のジャージに袖を通した。

 ……まぁ分かっていたことだが、俺のサイズのジャージでは、姫野さんからすればダボダボになってしまう。

 身丈や肩幅、袖の長さなどが全く違う。

 袖から手が出てきておらず、勝手に萌え袖状態になっている。


「やっぱり大きいね」


 長すぎる袖を口元に持って行きながら、姫野さんはそう口にした。

 その姿が可愛らしすぎて、今度はこちらが落ち着かなくなってきた。

 萌え袖が可愛いと言われたり、彼ジャージと言うものが存在する理由が分かってしまったかもしれない。

 あと何より、女子が自分の服を着ていると状態に、何かいけないことをしているような気持ちにもなる。


「さ、さすがにこれは不審がられるか……?」

「まぁ誰から見ても、本人の物じゃないって分かっちゃうね」

「あ、あれだ! 妹に自分のを持って行かれたっていう事実は使いつつ、架空の兄の物ですってことにしておこう!」

「あ、いいねそれ! ……なんか無駄に説得感ある。そういう誤魔化すための嘘、よくつくの?」

「……過去にそんなこともあったかな?」


 親に怒られるのが嫌で、誤魔化せそうなそれっぽい嘘のつき方を覚えてしまった、良くない人の例である。


「ま、これでとりあえず何とかなるでしょ」

「うん。ありがと」

「じゃ、そろそろ戻ろっか」


 それぞれ何事もなかったように、教室に時間差で戻った。


「ロッカーにジャージ返すだけなのに、遅かったな」

「わり、ついでにトイレにも行っていたわ」


 蓮人にもさらっと嘘をついた。

 ……確かに自分でも、こんなに自然と嘘がつけるのは人としてまずいような気がする。


 その後身体測定が始まって、男子女子それぞれ離れた場所で身体検査やら視力、歯科検診などを受ける。

 一足先に戻った男子組は、教室で着替えるのだが、そこで話題になったネタが一つあった。


「姫野さんのジャージ、すごくデカくなかった?」

「それな。ブカブカだった」


 ……やっぱり不自然すぎるか。

 流石に誰もが気が付いていたらしい。


「あれ本人のじゃないだろ。まさか彼氏の?」

「え、もう彼氏いるのかよ。だとしたら、ショックなんだが」

「いや、分からんけど……」

「居たとしても、そんな匂わせしそうな子に見えないけどなぁ……」

「おい、誰か真相を尋ねて来いよ」

「誰もそのことを確認するためだけに、行けるわけねーだろ」


 高校生活にも慣れてきて、みんな色恋沙汰に敏感になっている。

 当然、姫野さんに対する男子陣の関心は非常に高い。

 でも、姫野さんが成績優秀で学級委員長もしている。

 俺にはタメ口だが、高校でほかの人と話すときは基本的に敬語なので、硬派なイメージも付いている。

 気軽に話しかけられる相手ではない、とみんな思っている。


 あの姫野さんのジャージ事象を知っているのは、俺だけ。

 しかもあれ、俺の物と言う事実。


 別に彼氏でもないのにこの状況を見て、変な優越感がある。

 そんなことを言ったら、姫野さんに嫌われそうだが。


 付き合っているカップルがこういうことをしている、と言う都市伝説は聞いたことがあったが、確かにあるのかもしれないと思った。


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