第十六話「魔力計」
セーラが死んだ。
ひたすらに泣いた。
次の日もその次の日も、ふとした瞬間に涙が零れてきた。
もちろん侍従がいなくなったわけでは無い。
ただ、一番身近にいた人の死に目に遭うというのはどうしても辛いものだった。
「はあ……」
ため息を吐きながら、自分の魔力を制御できるよう練習する。
セーラの死は辛いが、僕を庇って死んだ3人の言葉を裏切りたくは無かった。
そのため、最低限自分の身を守れるように身体を鍛え、襲撃犯から凌ぎ切れた理由である魔力操作を鍛えようと考えたのだ。
あの時、もっと早くから魔力を制御できるようになっていればという後悔がずっと残っていた。
もう二度と同じ目に遭いたくない。
その一心でひたすらに魔力を動かし続けた。
セーラのことはメルバン伯に謝りに行った。
自分を庇って死なせてしまったのだ。
補償もしたが、それだけでは気が済まなかった。
メルバン伯はショックを隠しきれていなかったが、やがて落ち着くと、セーラを僕に仕えさせた理由を教えてくれた。
どうやら僕に嫁がせたかったらしい。
この国は宗教上の問題で側室を持てないが、正妻が無理だったとしても愛人にでもして子供を産んでもらおうという考えだったのだろう。
幼少期から一緒に居させることによって刷り込みを狙っていたのかもしれない。
セーラは知っていたのだろうか?
きっと知っていたんだとは思う。
だが媚びを売るのでもなく、姉や母のように接してくれていた。
メルバン伯の意図を知って、ますますセーラが普通に接してくれたことのありがたさを知った。
「殿下。気持ちはよくわかりますが、あと数日で陛下の召集と夜会があります。どうか外ではそのような振る舞いをなされませぬようお願いいたします」
落ち込み続ける僕の姿に見かねたのか、寝室官のジェームズが諫言してくる。
分かってはいるんだけどね……。
そう、セーラの役目をただのメイドに与えるわけにはいかないので、ジェームズが務めることになった。
寝室官は雑用を行う執事とは違い、王族への取次ぎをする役目を持つ。
主な話相手がこの寝室官となるため、普通は高い身分や教養を持つ人物が選ばれる。
恋愛関係に発展すると面倒だったため、基本的に主人と同性の人物が選ばれるが、セーラはあくまで家庭教師という身分であり、例外だったのだろう。
今考えると、よっぽどメルバン伯は上手く立ち回ったのだろうなと思う。
そのジェームズだが、寝室官の例外に漏れず、凄い出自と経歴の持ち主だ。
アミルトン公爵家の嫡男であり、現在はアミルトン伯爵と名乗っている。
コーフォード大学で法学修士号を取得した後、司法官や外交官を経験しているエリートだ。
いずれは公爵となる人物であるがゆえに、僕への忠言も気兼ねなく言えるのだろう。
そして、ジェームズが言った通り、もうすぐ帝の召集と夜会がある。
内容は次期帝位についてというものだった。
夜会はそれを公式に発表する場ということなのだろう。
元々第5帝子の10歳祝いで夜会が準備されており、準備期間自体は問題無い。
中身が少し変わるだけだ。
「行かないとなあ」
微妙なモチベ―ションだ。
セーラを失って何もしたくないと言う気持ち、部下を失ってまで帝になりたくないという気持ち、死んだセーラ達の期待に応えたい気持ちそれぞれが綯(な)い交(ま)ぜになっている。
でも何もしないわけにはいかないだろう。
部下を守るためには、結局力をつけて帝になるのが一番だ。
帝にならないと宣言しても僕のことを勝手に担ぐ人もいれば、信用できないと勝手に敵視する人もいる。
帝を目指さなければならないということは頭では理解していた。
今は気持ちが追い付いていないが、その内割り切れることに期待するしかない。
魔力操作に集中していたところ、ジェームズがまた声をかけてきた。
「フラマー子爵がお越しです」
ヴィクター?
今日は授業でもないのにどうしたんだろう。
とりあえず通してと伝える。
ヴィクターは興奮を隠せない顔で部屋に入り、口を開いた。
「殿下、魔力計ができましたぞ!」
「え、もう?」
魔力計ができると言う話はたった数週間前にしたばかりだ。
かなりかかると思っていたが……。
「正確には、魔力の計測方法が分かったという程度ですがな。普及させるには規模がでかすぎるので」
「どういうこと?」
「以前殿下とはポーションの噴水実験をしたかと思います。あれを人の魔力に置き換えるには、同じ量の魔力を含んだ異なる容積の水か異なる量の魔力を含んだ同じ容積の水を用意せねばなりません」
まあ、比較実験を行うには当然の話だ。
だけどそれをどう取り出すかが分からないということだったはずだ。
「そこで思いついたのは、殿下には少々汚い話で申し訳ありませぬが、男女で契りを交わすと女性の魔力が回復でき、男性の魔力が減るという話でした」
なんか生々しい話になったな……。
そんな話は初めて聞いたけど、女性の肌が艶々するとか男性がげっそりしているからそう感じたとかいう話じゃないよな……?
さすがに比較実験とか行っているのだろう。
「ここで私が思ったのは、人間の体液には魔力が含まれているのではないかと思ったことでした。唾液なら十分にポーションの代用になるだろうと考えたわけです」
なるほど、同じ量の唾液に含まれる魔力量が違えば、噴水実験で消費される水の量も違うだろうと言う話か。
「結果は成功でした。減った水の量を測定して、そのまま数値化できそうだという結論が出ましたぞ」
「おお……!」
温度計みたいなのを想像していたけど、さすがにそこまで簡単な作りにはできないか。
それでも人の魔力を数値化できるというのはかなりでかい。
「数値は唾液と消費した水の量の比率をそのまま用いることにしました。基準となる1は唾液100mlに対して水100ml消費したということを示しています」
「みんなはどれくらいだったの?」
「優秀だと言われていた魔法師は大体50前後でした。特に魔法を修行してこなかった使用人は軒並み1を切り、0.5周辺だったかと思います」
ほうほう、優秀なものとそうでないもので大体100倍くらい差が付くということか。
でもここまで顕著に分かれるということは、そこそこ信用できる数値が取れているということの裏付けにもなりそうだ。
「殿下も測定されますか?」
ヴィクターが聞いてくる。
答えはもちろんイエスだ。
落ち込んでいた心が久しぶりに動いた気がする。
期待を込めて装置の用意された部屋に行き、唾液を用意して測定を開始する。
かなりの量が入るフラスコが一瞬で埋まった。
魔法帝国君主論 桜月詩星 @Sakurazuki_4say
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