第十四話「生への執着」
セーラが僕を庇った。
僕の身分を考えれば、それは当然のことだった。
狙撃から庇った侍従のように、毒見をした侍従のように。
だが、それを簡単に受け入れられるわけがなかった。
「どうして……」
絶望に打ちひしがれそうになる。
皮肉にもそこから救ったのは、敵の言葉だった。
「「『汝、小氷槍を我が求むるところへ与え、とく放ち給え。ランス・オブ・アイス』」」
敵の詠唱に顔を上げ、氷槍が作り上げられる過程を見つめる。
靄が集まっていき、僕への道筋を作り出す。
次の瞬間槍が放たれ、僕は反射的にその道筋から飛びのいていた。
「「は?」」
敵2人がそろって声を上げる。
なぜ避けられたのかと互いに顔を見合わせるのを眺めながら、僕は今起きたことを思い返していた。
魔法を避けれた。
靄の動きを見て、避けることができたのだ。
僕と敵を結ぶ道ができたのは一瞬だったが、それでも直感的にどこにいつ逃げるべきか判断することができた。
もしかしなくてもすごいことなんじゃないだろうか?
焦りと共に次々と放ってくる敵の魔法を避けながらそんなことを考える。
「バカな……。魔法を防ぐことはあっても避けるなどという話はほとんど聞いたことが無いぞ」
敵の唖然とした呟きが聞こえてくる。
その通り、何も根拠もなくすごいことだと考えたわけでは無い。
相手の放つタイミングや速度、方向を類推して避けるのは至難の技なのだ。
早く動きすぎても照準を合わされてしまうし、遅いと当然当てられる。
人によって発動の癖も変わってくるし、失敗できない以上、何度も当てられて避けられるタイミングを計るということなどできるわけがない。
そんなことを考えるより相手の魔法を防ぎきるか先制攻撃を行うかを考えて行動した方がよほど現実的なのだ。
「クソ、こうなったらなりふり構ってられないな」
「避けられないような魔法を使えばいいだけのこと」
もちろん、避けることが魔力の消費を抑えられるとはいえ、体力的な消耗は激しい。
そして何より敵が言ったように、範囲攻撃のできる魔法を使われるとどうしようも無いという問題点があった。
さて、どうしたものか……。
ここで僕がやるべきことは援軍を待つことだろう。
自分で魔法を使えない以上、倒しきることは難しい。
一刻も早くセーラを医者に診せたいが、残念ながら今の僕にはどうしようもない。
騒ぎに気付いた衛兵が駆けつけてくれるのを祈りながら凌ぎ切るしか術は無いのだ。
問題はどうやって凌ぐかだが……。
敵の詠唱を聞きながら、靄の動きをよく観察する。
手から空気中に靄が分散し、それぞれから部屋中に道筋が作られる。
二人分の魔法なだけに、ほとんど逃げ場は無い。
「「『汝、無数の小霰弾を我が求むるところへ与え、とく放ち給え。バレッツ・オブ・ヘイル』」」
無数の氷弾が殺到する。
咄嗟に少ない場所へと逃れるが、それでもいくつかは被弾してしまった。
「クソッ──あれ?」
全然痛くない?
よく見ると氷弾は僕にコツンと当たって落ち、そのまま消えていった。
どういうこと?
敵も同じく、またも唖然としている。
「効いていないだと?」
「どうして威力が弱まってるんだ?」
周囲を見渡す。
室内は見事に破壊されており、そこらに調度品の破片が散らばっている。
つまり魔法自体の威力が低いわけじゃないみたいだ。
ということは僕の方に何か原因があるということだ。
魔力視?
いや、見えたところで魔法の威力には関係ないだろう。
避けることには役立ったが、当たってまで関係する能力ではないはずだ。
じゃあ、何が──
「『汝、小氷槍を我が求むるところへ与え──』」
氷槍を生み出す詠唱に思考を中断される。
相手の手から中空へと、そして僕に靄が動いていく。
魔力が集まっていくその光景を見ながら、ふと思いつく。
魔力をぶつけたらどうなるんだろうか?
「『ランス・オブ・アイス』」
敵の詠唱終了と共に、僕へと向かう靄に自分の魔力をぶつける。
靄が散っていく。
しかしそれは一瞬のことであり、靄がすぐに僕への道を修復し、予定通り氷槍が向かってきた。
上手くいったと思っただけに油断し、避けきれずに肩口を掠める。
「『ランス・オブ・アイス』なら上手くいくみたいだな。衛兵が嗅ぎ付けてくるまでに決着させるぞ」
これならダメージを与えられると判断した敵が相方に声をかける。
僕はその言葉聞きつつ、熱を肩に感じながら今のことを思い出していた。
確かに靄は僕の胸辺りに繋がっていたはずだ。
避けきれなかった僕は確実に死んだと思った。
だが、結果を見たら肩口を掠める程度だった。
上手く避けれたということなのだろうか?
勢いづいた敵の攻撃を躱しながら考える。
同時にさっきやった魔力をぶつけることも試していた。
上手くいきそうな気配があるが、どうしても靄が戻ってしまう。
タイミングが大事なのだろうか?
「ちょこまかと。だが、そこまで動き続けていると体力もなくなってきているはずだ」
躱し続ける僕に敵の焦りが伝わってくる。
だが、その指摘は正しいと言わざるを得ない。
今の僕は永遠と反復横跳びをさせられているようなものだ。
いくら毎日運動しているとはいえ、その程度では限界がある。
だからこそ、魔力で妨害する方法や魔法が効かなかったり逸れたりしたように見えた現象を理解する必要が生じていた。
考えろ。
最適のタイミングを探せ。
自分に叱咤激励し、身体を自動化して観察と思考を続ける。
氷槍が形成された瞬間を狙って魔力を道にぶつける。
動体視力はそこまで良くない。
何度も失敗する。
室温も低下し、どんどん動きが鈍くなる。
何度も掠めるようになり、僕から血液と体温を奪っていく。
「決着は見えましたな。殿下お覚悟を」
動けなくなった僕を見て笑顔を浮かべた敵が笑い、詠唱を始める。
ここで終わる?
死を急速に実感し始める。
また死ぬのか?
あの時僕はなんて言った?
「これが自由な人生なものか……!」
帝の争いに巻き込まれて死んでいく、そんなものがどうして自由と言えるのだろうか?
「僕はまだ何も成していない」
せっかく夢中になれた魔法について僕はまだ何もできていない。
魔法を研究し、極めることこそが僕の自由じゃないのか?
なら、僕はまだ自由のスタートラインにも立てていない。
「こんなところで死ねない!」
見極めろ。
何のための眼だ。
考えろ。
何のための記憶だ。
恵まれた才能を持ちながら犬死にする物語なんていらない。
「『ランス・オブ・アイス』」
今まさに放たれようとする氷槍に魔力をぶつける。
道を失った槍が地面へと落ちた。
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