第十三話「夜襲」

 結局のところ、毒を盛った犯人を特定することはできなかった。

 だが食材の搬入経路から、どうやら第二帝子の手の者が怪しいということまでは掴むことができた。

 第二帝子が直接絡んでいるのかは分からないが、殺伐とした姉弟争いとなったのは間違いなさそうだ。


「第二帝子か……」


 第二帝子は僕と一個違いの異母姉だ。

 兄弟五人全員がちょうど年齢1つずつ違うが、母が同じなのは長男の第一帝子と次女の第四帝子のみだ。

 本来教会は重婚を禁じているが、王候貴族にとって重婚を禁じられることは家の断絶に直結しかねない。

 前世のように医療技術が発達していたなら別だが、産業革命直後のこの世界であっても、子供と産後の母親の死亡率は依然高いままであり、家督相続が上手くいかなくなる可能性が高かった。

 そのため、王侯貴族は愛人を囲うことが当然のこととなり、正妻が子供を産まなければ、愛人の産んだ子供の内、長子が相続するということが帝国内の暗黙の了解となっていた。


 しかし、ここでややこしい問題が発生する。

 正妻が子供を産んで死んだ後、長子を産んだ愛人が正妻となった場合、どちらの子供が家督を相続するのかということが多々起こった。

 あまりに頻発したものの、このことについて帝国法では厳密に定められておらず、そのツケが今の帝子争いを生み出していた。

 僕らの父親の帝弟も既に亡くなり、兄弟姉妹の母親の内、生きているのは末弟の第五帝子の母親のみとなってしまっている。

 こうなってしまうと長子相続が一番分かりやすいということになるが、肝心の第一帝子の評判が悪く、それが原因で帝も悩んでいるようだということが貴族たちの専らの噂となっていた。


「殺し合いしてる場合でもないと思うけどなあ……」


 残念ながら議会の勢力も増してきている状況下、帝位争いで殺し合いをしている余裕は無いんじゃないかと思う。

 災いの元になる帝なんていらないなんて言う勢力が必ず現れるからだ。


「まあ言っても仕方のないことか」


 帝が指名しない以上、最終的に生き残った者が次の帝位に就くというのが分かりやすいのだ。

 ライバルになりそうな候補は先に潰しておくに限る、そんな考えが手に取るように伝わってきていた。


「しばらくここもピリピリしていそうだな」


 今このセント・アンドリュー宮殿は厳戒態勢に入っていた。

 狙撃が起こり、毒殺が起きていることを考えると当然のことだろう。

 僕以外の他の帝子が狙われるかもしれないということもあり、宮殿の至る所で衛兵が巡回していた。


「お茶をお持ち致しました」


 セーラが入室してくる。

 そのまま淹れる準備をし出した。


「本日は色々ありましたので、よくお眠りになられるよう、ハーブティーをご用意致しました」


 確かに二度も侍従の死を見て、少し気が立っていた。

 セーラの気遣いに感謝しつつ、ハーブティーを飲む。


「これだけじゃ終わらないんだろうね」


 ハーブティーの鎮静効果を実感し、息を吐きながらセーラに零す。

 セーラは神妙な顔をして頷いた。


「かなり警戒が厳重になっていますが、どんな手を使ってくるのか想像できないので油断もできません」

「犯人の特定もあんまり期待できそうにもないもんねえ」


 捜査が上手くいっていないということは、少なくとも宮殿内に共犯者がいるということなんだろう。

 証拠の隠滅や下手人の手引きといったものは、内部の共犯者がいることによってバレるリスクを大幅に軽減することができる。

 じゃあ内部の共犯者を特定できないのかということになってくるが、何せ雇っている数が多い。

 帝子が5人いる分当然のことではあるのだが、とても絞り切れるような状況ではなかった。


「アイリーン様がしっかりされていることが、せめてもの救いでしょうか……」


 アイリーンとは、第五帝子レインの母親だ。

 争い事が嫌いで、僕たち兄弟に対して平等に接してくれている。

 その分策謀には向いていないが、それでも殺し合いなど血なまぐさいことが起きると、鎮めようと奔走するような人だ。

 そんな性格だからこそ、宮殿で働いている者たちからの信頼は厚い。


「おかげで宮殿内もまとまっているもんね」


 こんな異常事態だからこそ、規律が守られていることが何よりも重要となってくる。

 アイリーンの努力は、例え犯人の特定にはつながらなくても、次に備える態勢を整えることには大きく貢献していた。


「……ッ!」


 突然部屋の外から大きな声が聞こえ、僕とセーラは身体を強張らせる。

 何やら言い争いのような雰囲気が感じられ、セーラが扉の外の様子を探ろうとしたところ、悲鳴が聞こえ、扉が勢いよく開けられた。


 武装していない衛兵2人が押し入ってくる。

 僕を視界に入れた途端、魔法を詠唱してきた。


「「『汝、小氷槍を我が求むるところへ与え、とく放ち給え。ランス・オブ・アイス』」」


 2本の氷槍が僕をめがけて放たれる。

 しかし、それが僕に届くことは無かった。


「セーラ……?」


 僕を庇う様にして手を大きく広げたセーラの背中には、2つの氷の先端が顔を覗かせていた。

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