第十二話「毒物混入」
僕は自室で憔悴しきっていた。
当然だ。
自分の身代わりとして部下が死んだのだから。
「『未来の帝をお守りできたことは私の誇りです』か……」
侍従の最期の言葉だと伝えられたものを呟く。
理解はできる。
僕は帝になるかもしれない帝子で、重要人物だ。
護衛は自分の命を放り出してまで僕を守らないといけない。
だが、目の前で人が死ぬのは初めて見た。
その動揺は理解を大きく上回っていた。
それに追い打ちをかけたのがさっき呟いた言葉だ。
「まるで僕が帝になると予言するような──いや、帝にならないといけないと言われた気分だ」
未来の帝。死んだ侍従はそう言い切ったという。
この言葉がどれほど僕を縛るものか彼は分かっていたのだろうか?
この言葉を聞いて、他の部下たちは絶対にこの帝位争いから僕を守り抜いて見せると意気込んでいた。
僕に帝にならないと死んだ彼に申し訳が立たないと思わせるだけでなく、同僚の士気を高めて帝にならないと言わせない空気を作るとは、よほど策士だったのかもしれない。
「帝をやるのも案外面白そうかもと思った矢先にこれだよ……」
なんでこのタイミングなのだろうと思う。
タイミングと言えば、狙撃自体もそうだ。
なんでもっと早い時期──僕が寝込んでいた間とかに襲ってこなかったんだろうか?
正直今更感がすごい。
「それで成果が侍従の首一つなのは、余計にお粗末に感じてしまうんだけど」
こっちのメンタルは削られたものの、言ってしまえばそれだけだ。
殺された侍従は特別重要な役割を与えられていたわけでは無いし、ただ単にこっちの警戒を強めただけだ。
だからこそ余計に無駄に殺されたことが腹立たしいのだが。
そうやって撃たれた状況を思い返していると、少し不自然な点に気がついた。
「なんで僕は死ななかったんだろう?」
あの時僕は座ってお茶を飲んでいた。
狙撃されたのは座ってすぐじゃない。
つまり十分に狙いをつける時間があったはずだ。
それでティーカップで偶然防いだなんてことがあり得るのだろうか?
「いや仮に狙いが合ってたんなら、ティーカップを砕いて僕にまで銃弾は届いてたんじゃないか?」
いくら何でもティーカップが間に入って逸れるほどの弾速じゃなかっただろう。
この僕が転生した世界が中世ならそれもあり得たかもしれないけど、ここは産業革命が終わりかけの時代。
銃も既に何世紀もの改良を重ねられてきている。
つまりここから分かることは、僕に狙いが合ってなかったということになる。
「そんな下手な狙撃手を雇うものなんだろうか?」
仮にも帝位争いだ。
どの陣営にも十分な資金があるはずだし、暗殺のプロだって余裕で雇えるだろう。
長い時間座っている標的に当てることができない者を雇うことがあるようには思えなかった。
「だとすると何が目的なんだろう?」
考えられるのは、一つはわざと外して僕のメンタルにダメージを与え、自ら争いから辞退させようとするというもの。もう一つは、下手な狙撃手しか雇えない陣営──具体的に言うと捨て駒の貧乏貴族などが苦し紛れの打開策として単純に暗殺しようとしたというもの。
他には思いつかなかった。
「メンタルブレイクを狙ったと言われる方がしっくりくるかな……」
だとしたら大成功だろう。
既に嫌気がさしている。
たった一人と思うかもしれないが、それでも目の前で人が死んだというのはあまりにもでかかった。
そしてもっと嫌なのは、相手がたった一人殺しただけで満足したとは思えないことだ。
「次はどんな手で来るんだろう……」
狙撃はもう使えないだろう。
こうなった以上しばらくは外に出ない上に、狙撃できそうな場所も警戒を強化している。
他に考えられるとすれば、夜間の侵入、毒殺……。
そこで、ふと気づく。
「もうすぐ夕飯の時間だな」
嫌な予感しかない。
それを裏付けるかのようにこちらに走ってくる足音が聞こえてきた。
「ニコラ様! 毒見役が倒れました!」
やっぱりと歯噛みしつつ、セーラと共に食堂へと向かう。
既に遅く、毒見役は息を引き取っていた。
「どういう状況?」
「食べた直後は問題ありませんでしたが、殿下の分を食卓へ並べようとした際にいきなり倒れ、すぐに衰弱して先ほど死亡を確認いたしました」
「そうか……」
当たってほしく無い予想が現実のものとなってしまった。
また一人、僕のために犠牲が出てしまった。
こみあげてくる吐き気を我慢しつつ、部下たちに指示を出す。
ただ悲しんでいるだけではいられない。
「すぐに僕の分に何が入っているか確認して。あとそれぞれの食材の調達経路も洗って」
殺された部下たちの仇はなんとしても取らなければならない。
帝を目指そうかなという気持ちが大分薄れつつあるが、その期待を裏切るとしてもせめてそれくらいはしないといけないだろう。
悲しみを怒りに無理矢理変換する。
そうでなければどうにかなってしまいそうだった。
「そういえば、何か言い残してたことはあった?」
家族への配慮だとかそういった頼みを残していたのなら報いてやらなければならない。
頼まれなくとも遺族へ慰謝料は支払うのだが、何か他にしてほしいことを言われていないか気になった。
「はい。自分が助からないと分かったのか、倒れてすぐに殿下に伝言をと頼まれております」
「なんて言ってた?」
「『私は務めを果たせたことを誇りに思います。どうか、立派な帝になってください』とのことでした」
言葉が詰まる。
震えが止まらず、膝をついてしまう。
セーラがすぐに駆け寄り、そのまま倒れこみそうになる僕を支えてくれた。
「どうして……」
「ニコラ様……」
「どうしてみんな自分の死を受け入れられるんだ?」
絶対におかしいと思う。
どうして死に際にそんな言葉が出てくるのか。
なぜ自分が死ぬことを受け入れて、家族への心配ではなく、僕への期待を口にするのか。
そんなに僕は良くしてやれたんだろうか?
そんなことは無いと思う。
給料をホイホイ上げるなんてこともせず、福利厚生なんか最初からそれなりにきっちりとしていたし、せいぜい手間をそこまでかけさせないというくらいだろう。
「どうして僕にそこまで帝になる期待をかけられるんだ?」
12歳にしては少し頭の回る少年なのはそうだろう。
でも元々の中身だって所詮高校生だ。
結局のところいい気になってたガキでしかなかったということを、この件で散々思い知らされた。
頭が多少回ったところで、自分の部下を守ることができない。
「こんなことになってまで帝位なんか欲しくない……」
当然のようにそんな言葉が口をついて出た。
途端、セーラが抱きしめてくる。
ひとしきり撫でた後、僕に向かって口を開いた。
「それでも、人の心が分かる人だからこそ、ニコラ様は帝位に付くべきです」
「分からない……」
人の心なんか分かるわけないじゃないか。
今だってそれが分からないからこそ悩んでいるのだ。
「どうしてセーラはそこまで言うの?」
この地獄のような道を歩めと言うのはなぜなのか。
問いかけられたセーラはきょとんとした表情を浮かべ、すぐに微笑んだ。
「ニコラ様。昔ニコラ様が怪我をして、私が父から叱られたことを覚えていますか?」
首肯する。
うろ覚えだが、確かにメルバン伯がセーラを叱っていたことがあった。
どうしてお前が付いていながら殿下に怪我をさせたという理不尽なことを言っていた記憶がある。
「あのときニコラ様は私の前に立って、怪我をしたのは自分の責任だと庇ってくださいましたよね」
まあ当然だろう。
いくら自分が帝子だからとはいえ、子供に怪我をさせるななんてのは、あまりに無茶な要求だ。
子供ながらにそれでセーラが怒られるのは納得がいかなかった。
でもセーラはそこから何を言いたいんだろう。
セーラを見るが、一向に喋る気配が無い。
「え? それだけ?」
もしかしてそれが全てだとでも言うのだろうか?
「はい、それだけです」
……どうやらそうらしい。
セーラは伝わらなかったと理解してくれたのか、説明を続けてくれた。
「たったそれだけで分かるものなのです。部下の名誉を守ろうとする、それこそ人の心を理解しないとできないことです。ニコラ様は今までずっと変わらずにおられました」
だからこそ帝に付くべきなのですとセーラは続ける。
たしかに、部下の名誉は大事だと思う。
でもずっと変わってなかったわけじゃないと思う。
前世の記憶を手に入れたことで少し変わったのは確かなのだから。
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